#34 和を希う人/深山風護

「ドクター、レビュー頼みます」

「はいありがとう~」

 エスペル主席たち研究員が風護の霊核を鑑定した結果を、クミホ中隊長――ここではクミホ顧問、が確認している。時間ができたようなので、風護は気になったことを聞いてみた。


「エスペルさん、一つ伺って良いですか?」

「どうぞ」

「お名前の由来です、日本語ではなさそうですが」

「ああ……ミヤマくん、エスペラントって言語はご存知です?」

「人工言語でしたよね、賢治のイーハトーブの元ネタ」

「それです。エスペラントで〈希望〉と〈平和〉を意味する単語を組み合わせて、後は人名っぽく」

「つまり、平和への希望、みたいな意味合いですか」

「そんな感じです。軍事部門が自称するのは些か皮肉ですが」

「いいじゃないですか、パラベラムみたいで」

 平和を欲するなら戦いに備えよ――風護の引用に、エスペルは吹き出す。

「そこで9ミリを持ってくるのシンパシーだよ。ミヤマくん、生域だと高校生?」

「退学食らいましたけど高2です。エスペルさんも?」

「大学入ったばっかり、体感はほぼ高校生かな」


 エスペルは風護に興味を持ってくれたらしく、しばらく雑談が盛り上がる。多少のジェネギャこそあれ、部活の先輩と駄弁るような気安さがあった。

「えっマギスクまだ続いてるの? 僕が読んでたの10年くらい前だけど、もう卒業で完結って雰囲気だったよ?」

「それから大学編を8巻くらいやって、いま社会人編やりつつ新婚編です」

「えっと……ちゃんとバトルしてるのそれ。バトルラノベ名乗ってたけど」

「最近ベッドシーンが増えて古参読者が困惑しています」

「なんで公式が二次に寄ってくるのよ……」


「はい、歓談中失礼~」

 クミホさんが声をかけてきた。

「ああドクター、まとまりました?」

「私も同じ解釈だね。リファインされてきたんじゃない?」

「ありがとうございます。じゃあミヤマくん、結果をお知らせします」

「はい、お願いします」


 いいリフレッシュになった、意識を切り替えよう。

「まずは気になっていた、君が亡くなった事件と逆遷の関係について」

「はい」

「関与している可能性が高い、という結論です」

 重く響く宣告。この霊域は、自分の死に関わっていた。

「はい……もう少し具体的に分かったことがあればお願いします」


「まずは心理的な話から、犯人たちの視点に立ってみよう。ターゲットにしていた女性の誘拐には失敗した、警察にはもう通報されている。妨害してきた男子が目の前にいて、仲間は逃走の準備をしている。普通、次の手は?」

「一刻も早く逃げます。邪魔者を殺したら時間ロスにもなるし証拠も増える、捕まったときの罪状だって増すでしょう……それに口封じするにも、目撃者の一人はもう逃げているんです」

「その通り。けど犯人の一人は、リスクばかり増やすにも関わらず、君を殺すことを選んだ。冷静な判断を衝動が上回る、逆遷による凶性霊核干渉の典型的な例だね」

「……それは、犯人たちも慌てていた、パニック気味だった、とかも考えられそうですが」

「その通り。ただ、そうした恐慌状態にも霊核干渉が関与している、あるいは両者が相乗的であるという可能性もあって……けどこの辺はこれ以上は深掘りできません。

 だから次は、僕のゴスキルから話を進めます」


 霊胞の設計図、あるいは魂の記録を、読み解き書き換えるEXランクのゴスキル。

「ミヤマくん、高校の試験で出るような英語の文章だったら読解はできる人?」

「ええ、人並みくらいには」

「僕はゴスコードを、英語くらいの感覚で読める、ただそれを客観的に説明するのが難しい、と考えてください」

 今の霊管の技術で、ゴスコードを文字列に起こすことは可能である。ただそれは量も膨大で文法も極めて複雑な、人が直接読み解くのは困難な代物である。


「つまりエスペルさんは、コードを主観的に解釈できる?」

「そう。まずは映像的にその人の記憶を辿って、そこに字幕みたいにコードが付いてきて、それらを組み合わせて解釈していく……みたいなイメージかな。ともかく僕はその方法で、君の霊核を通して君の最期を観測しました。

 結果、君を襲った男たちに、逆遷したヴァイマン由来の霊核が干渉していることが分かりました。ミホ姉をはじめとする同僚も、この結論を支持しています」


 エスペルは椅子から立ち上がる。クミホや他の研究員たちも彼に並ぶ。

「君が、」

 言いかけたエスペルを、クミホが手を挙げて制止。そして彼女が姿勢を正して告げる。

「ミヤマフウゴさん。あなたがこんなに早く亡くなったのは、私たち霊管の至らなさ故です。心から、お詫び申し上げます」

 一斉に頭を下げる先輩たちに、風護も立ち上がる。

「いやそんな、」

 あなたたちが謝ることではない――と言いかけて。その言葉をかけてしまうことこそ、彼らの守り手としての自負を傷つけてしまうことになると思い直す。


 だから風護も、同じように頭を下げた。

「ありがとうございます、お気持ちは確かに受け取りました」

 そして、風護の名誉を取り戻すべく奮闘していた実風みか牟礼野むれのの姿を思い出す。

「だから俺を育ててください、先輩方」


「うん、任せなさい!」

 一転して朗らかに答えたクミホを合図に、謝罪の儀式は幕を閉じた。研究員たちはそれぞれの作業に戻っていく。その様子を横目に、風護はどうしても気になっていた問題に触れる。


「質問いいですか、エスペルさん」

「どうぞ」

「逆遷の影響で人を傷つけた加害者は。逆遷を理由に、罪が軽くなると思いますか?」

「うん、そこが気になるよね」

 エスペルにはすぐに意図が伝わったようだ。


「ミヤマくんが念頭に置いているのは、自分を殺したあいつらのこと?」

「まずはそうです」

「彼らに関する話なら、霊域からの影響を理由に擁護する余地はないってのが僕の見解です。そもそも見知らぬ女性を誘拐しようとしていた集団だ、君が介入する前から立派な凶悪犯だよ。そして多くの霊核干渉性犯罪は、元から凶行に及びやすい人間が加害者となる。

 ……ああ、補足が必要だね。霊核干渉によって誘導されるのは、突発的・衝動的な行動だ。つまりああいう計画的・組織的な犯罪には関係ないと思ってくれていい」


 ここまで説明されると風護も安心できた。霊域の専門家に「犯罪者に見える彼らも被害者で~」とか言い出されたらどうしようかと思っていた。

 これで心置きなく、恨める。怒りの矛先を、下ろさずにいられる。


「そう言ってもらって良かったです……まあ生域からしたら分かりようがないですし、あんまり大事な話じゃないかもですが」

「生域でどう裁かれるかと、霊域でどう解釈するかは別の軸だし、どちらも大事だと僕は思ってるよ。それに、生域で暮らす大半の人にとって一番重要なのは、凶悪犯がどう裁かれるかじゃなく、凶悪犯罪が起きないことでしょう?」

「ですね、だからその原因は潰していくと」

「そういうこと。悲劇に、凶行に至る因子はいくつもあるんだ。一つを潰したからって全部が救われはしないけど、その一つを見過ごすことはできない」


 一つに過ぎないのだから、霊人を犠牲にしてまで対処する必要はない――というのが解放同盟側のスタンスだったはずだ。温厚に見えるエスペルも、生域を守るために手段を尽くすという信念は固いようだ。


「じゃあそのための戦い方の話をしましょう、ミヤマくんのゴスキルのグレードアップについてです」

「待ってました」

 経緯はどうあれ、持ち技の強化と聞くと踊る心だ。 

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