2-5 誓いの戦旗-個別霊核鑑定-

#33 人生を読み返す場所/深山風護

 日本旅団・技術研究本部・ゴスキル開発研究室、通称ゴスラボ。その日彼らは、風護が護風棍の発現実験を行った長野県某所の医薬品工場で活動していた。

「はい、起きて名乗って手を挙げて」

「みんなただいま、クミホだよ!」

「おかえりなさいドクター!」

 風護と同時に転移してきたクミホさんは、かつての同僚たちから熱い歓迎を受けている。

「ミヤマフウゴです」

「よろしくお願いします~」


 クミホさんについて工場屋上を歩き出しながら、風護は周囲を見回す。

制式容装スタゴス、白衣なんですね?」

「そう、薬品使うとかじゃないから完全に気分なんだけどね」

「そして眼鏡率の高さ」

「それは決まりとかじゃないんだけど、なんかそうなっちゃうんだよね」


 通常の転移拠点の設備の他、目立つ実験装置があるとかではない。情報の処理はCIPSで行えてしまうので、霊域での事務仕事は殺風景になりがちだ。研究員たちは屋上の縁に腰掛けて考え込んでいたり、周辺の駐車場を歩きながら話していたりと、はたから見るとどう働いているのかよく分からない。


「ここは二重の意味で古巣でね」

 案内してくれるクミホさん。

「私は3特対に入る前はここの研究員だったし、生前……20年くらい前は、この工場に勤めてたの」

「じゃあ、お知り合いもまだ働いていたり?」

「そうそう。夜が明けたら、旦那も親友も出勤してくるはずだよ」


 屋上から飛び降りる。駐車場を歩きつつ、クミホさんは懐かしそうに周りを眺めていた。

「周り街明かりも何もないの凄いでしょ、このへん工場と田んぼばっかりでね」

「空気良さそうじゃないですか……もしかして、ラボをここに置こうって決めたのもクミホさんですか?」

「拠点の一つとして推薦したのは色々な条件が良かったからだよ。近くには広い空き地もあるから実演もしやすいし」

「しかしこんな丸見えだと解放同盟に狙わせません?」

「おっよく聞いたね」


 クミホさんは楽しげに解説を始める。 

「まず、市街地や山林よりも見晴らしが良いから奇襲には向かない。よって正面から攻めて来れば可能性はあるけど、それを踏まえた編成の部隊が守ってるし、研究員が逃げられる手はずは整えているの。プロジェに細工して、工場内に逃げられるようにしてね」

「ああ……生前に縁のある場所は加工しやすい、みたいなのありましたね」

「そうそう、ダンジョンとか忍者屋敷みたいになってるよ」

「面白工作ですね……けどだったら、元から見つかりにくい場所にすれば」

「厳密に言うと、研究員が安全な場所から戦闘を観察できる態勢を構築してあります」

「……つまり、敵に戦わせるためにあえて、ということですか?」

「そうと。引っ張り出して倒せれば最上、倒せなくても情報収集ができれば上出来、こっちがやられないよう策は尽くす。そして平時はゴスキルという武器の可能性を開拓する――そういう最前線だよ、このゴスラボは」

「思っていたよりも武闘派な……」

「まあ、こことは別に敵が見つけられないような拠点もあるんだ。上手く使い分けようって狙いです……はい、ここ」


 トラックヤードで待っていたのはヤナギンガさんをはじめとする研究員たち、うち一人の男子が歩いてくる。

「やっほーペルくん」

「お疲れ様です、ドクター。彼が?」

 風護とほぼ同年代くらいの学ラン姿、細身で眼鏡の見るからに文化系。オリコスということはゴスキル使いだろうか。

「ミヤマフウゴです、よろしくお願いします」

「ここの研究員のエスペルです、よろしく」


 まずプロフィールを確認。

〈エスペル/1等特士/技術研究本部・ゴスキル開発研究室・主席研究員〉

 保有するライセンスは学術系が多数、そしてゴスキルが。

〈補助類・分析群/生産類・ゴスキル強化群 ゴスコード編集・EXランク【ソウル・リライター】〉


「コード編集それ自体がゴスキル、ということですか」

「そう。その名の通り、霊素指定配列を調べたうえで書き換えることで、ゴスキルを改良しようって技能です」

 霊素指定配列ゴスコード、いわば霊胞のDNA。霊人の操る力、その全ての源である。それ自体を加工できる手段は、風護の知る限り他にない。

「改めて目の前にすると感慨がすごいですよ、EXも納得です」

 ゴスキル評価の最高ランクはS+だが、それとは別に希少性が高いものはEXと付けられている。風護も話には聞いていたが、保有者に会うのは初めてだった。

「まあ、イメージされるほど万能でもチートでもないので……とりあえずそこに掛けてください」


 勧められた椅子に座り、エスペルから改めて説明を受ける。

「ミヤマくんの希望は鑑定プラス強化誘導、で合っていますね。副作用の説明は覚えていますか?」

「はい。生前の記憶が呼び起こされ、本人も覚えていないトラウマ等が刺激される可能性があること。その記憶は施術する皆さんにも共有されること」

 自分だけでなく他人のプライバシーも覗かれてしまうのには、風護もまだ抵抗を感じるが。霊域で強くなるために、割り切ると決めた。

「また、コード編集によって今の自分の感覚が変化する可能性があること、です。それを承知で実施を希望します」

 当初の予定だった霊核の鑑定に加え、潜在的な可能性を伸ばす操作も受けることにしたのだ。クミホさんだけでなく、所属するアオバ52中隊からも後押しがあった。


「理解できてますね、良かった。もしフラッシュバックに激しい苦痛を感じるようなら中断します、そこは安心してください。さて、こっちの皆さんご準備は?」

「ええで」

「いけます」

「スタンバッチリ!」

 仲の良さそうなチームだな、と思っていると。


「じゃあ始めましょう。ミヤマくん、握手する感じで右手を出して、目を閉じて」

 言われた通りにすると、エスペルは包むように風護の手を握り。


「さあ――君の人生を、読ませてください」


 エスペルの言葉をトリガーに、風護の脳裏をいくつもの記憶が駆け巡る。



「風護とね。付き合うことに、なったの」

 両親へと報告する実風みかは珍しく照れていて、それが途方もなく可愛くて。

「やっとか~、お母さん見守った甲斐があったよ!」

「頼んだからな風護、ほらお義父とうさんって呼んでみ!」

 賑やかな祝福を受けつつ、この大人たちと家族になる未来を強く願った。


「ああ~ダメだ、あと風護やって」

「残機ラス1で!?」

「空気読んでくれない牟礼野むれのくんが悪い」

 牟礼野を交えて3人で遊ぶこともあった、実風はゲームはどうにも下手だった。

「だって梓さん手加減とか嫌いそうじゃん……うわミヤ、即死コンボはねーだろ!」

「後悔させてやるよレノ」

「あはは、ほらいけいけ風護!」

 ずっと仲が良いと思っていた、引き裂かれるなんて思いもしなかった。


「お、深山ナイス!」

 中学のドッジボール、球を腹で受け止める。

「そっち!」

 外野へパスしようと山なりに放ったボールを、コートのギリギリで待ち構えていた飛宮ひみやがジャンプしてキャッチ。

「お、」

 しかし彼は着地時にラインを踏んでいた。

「はいアウト!」

「いや出てないからセーフっしょ」

「踏んだらダメなんだよ、ほらあっちにボール!」

 飛宮はブーブー言いながらボールを転がしてきた、風護は笑いながらそれを受け取った。将来対立するなんて思いもしなかった、ただ素直に笑い合う仲だった。


「ほんとミヤ化学嫌いすぎだろ、なんで理系来たよ?」

 風護がクシャクシャにした小テストをお手玉しつつ、牟礼野は呆れていた。

「ほら、稼げる仕事考えるとさ……」

「文系だって色々ありそうじゃん、そりゃお前営業とかは向かなそうだけど……えっもしかして、結婚とか意識して?」

「……まあ」

あずささんの方が稼げそうやん」

「それは良いんだけど、実風ばっかりだと抱え込みそうだし」

「ああ……もうなんでもいいから復習すっぞ、せっかくのテスト用紙グシャりやがって」

「投げて遊んでただろレノも」

 勉強の苦労は年々増えていた、それでも将来のためと思えば頑張ろうと思えた。


「――以上で発表を終わります、ご清聴ありがとうございました」

 体育館のステージで生徒会活動の報告を終えた実風に、大きな拍手。スピーチの上手さは生徒の中でも図抜けていた。

「格好いいよな、梓さん」

 牟礼野が呟く。その形容を選ぶ友人も、その形容が似合う彼女も、どちらも風護には誇らしかった。


「ごめんね、ここまで来て」

「いいんだよ。実風の気持ちが一番大事だから」

 いざ初体験、と意気込んだものの。する直前になって、実風は風護を拒んでいた。

「風護が嫌なんじゃないの。ただ……もし何かあったら、さ」

 もし避妊に失敗したら、あるいは性病に罹ったら、学校生活に支障が出る。実風はそうしたリスクに、きっと人よりも敏感だった。

「大丈夫、分かってるから……ただ、これだけ言わせて」

「うん」

「とても綺麗だよ、実風」

 自分よりもずっと細く、柔らかい裸身を。痛くないようにそっと、伝わるようにぎゅっと、抱きしめると。

「ありがとう……綺麗なまま、守ってね」

 自分の欲が満たされることより、実風が信じてくれることの方が、ずっと大切だと思えた。


 

 やがて、信じ合った日々が終わる。

 一緒に過ごす時間が減っていった日々。

 飛宮を突き飛ばしたあの瞬間。

 母親と共に呼び出された学校、風護を責める飛宮の関係者たち。

 風護に全く覚えのない、他の大人全てを信じさせた、実風の証言。

 諦めてしまった自己弁護。居られなくなった学校。

 乗れなくなった電車、飛び込むまいと踏ん張ったホーム。

 閉じこもった部屋に届いた退学通知。描けなくなった将来。

 

 そして、最期の日。



 意識が霊域に戻る。

「はい、お疲れ様でした。聞こえますか?」

「……ええ、OKです。立ってもいいですか?」

「どうぞ」

 椅子から立ち上がって、しばらく体を動かす。心の整理をつけてから、エスペルに言う。


「記憶を辿ってみて、思い出しました」

「何をです?」

「俺には昔、生きていたい理由がたくさんありました」

 エスペルは静かに頷いて、労るように風護の肩をたたいた。

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