#29 命のあと/深山風護

「さてさて」

 生徒のケンカを仲裁するような口調のクミホさん。

「私はトワちゃんから、自分では聞きづらいから代わりに聞いてほしい……という風に頼まれていたよね」

「はい、そう頼みました」

「じゃあなんで今の会話、聞いてたの?」


「俺が流していました」

 手を上げたのはオシムラ。

「トワが本人の声を聞きたがってうるさかったので、ヒデ隊長に指示されて中継していました」

「……うん、いまヒデくんからも連絡が来たよ。全くもう」

「すみません、騙すような真似で」

「まあ私は仲介人だから良いんだけど。ミヤマくん困ってるでしょ?」


 話を振られ、風護は嘆息しつつ回答。

「困ってますよ。俺はさっきの話、斗和さんが聞いてない前提で話しましたから」

「私が聞いたら怒るって思ったから?」

「斗和さんを傷つけるって思ったからです」

「それが分かってるならさ……」


 俯く斗和の背をクミホさんがはたく。

「もう飛び出してきちゃったんだから、腹割って話すしかないでしょ!」

 風護もオシムラに背中を押される。

「ってことだすまん、本音トークしてくれ」

「ええ……」


 斗和と向き合う、先に切り出したのは彼女だった。

「確かに私は、小さい子を斬らなきゃいけない任務とか、すごくすごく苦しいよ。だから、そうならないように頑張ってくれた仲間に、ほんとは感謝しなくちゃいけないんだよ。

 けど、それよりもずっとね。君が自分を危険に晒そうって思ったことが怖いし、私がそう思わせたって考えると、苦しい」


 簡単な答えじゃ斗和は納得してくれないだろう。自分でも深く整理できていなかった感情を、ゆっくり言葉にしていく。

「斗和さんも、オシムラさんも、他の霊管の皆さんも。俺のこと、もったいないくらいに評価してくれてると思うんです。だから働きで応えたいし……早く力を示したいって気持ちはあります」

「だからこそ、死んだら全部意味ないじゃん。私たちが君に力つけてほしい一番の理由は、誰かに打ち勝つためじゃない、生き残るためなんだよ」

 諭す斗和の背後、頷くオシムラ。


「そう願われてるってことは分かるんです。ただ……それ以上に俺は、自分がそう願われることが正しいんだって、自分で確かめたいんです」

「正しいって……私たちが君の無事を祈っていることに、正しいも間違ってるもないじゃん!」

「そうなんです、けど……」


 自分でもまとめきれず、ゆえに伝わらないもどかしさに俯く風護に。


「ミヤマくんは、さ」

 助け船を出したのはクミホさんだった。

「板挟みになってるんだよ。承認されたいって欲求の強さと、それが裏切られる恐怖の」

 それが正しいことはすぐに分かった。ただ、頷くにはそれ以上の時間が必要だった。

「……多分そうですね。誰かに認められるのに飢えているのと、どうせ最後には否定されるんだって諦めと。そういうのがごっちゃになって、自分でも制御できてないんだと思います」


「私は、」

 斗和の問いが、零れる。

「いつか君を裏切るように、見えるのかな」


「斗和さんのせいじゃないです、俺は誰に対してもそう……そう考えちゃうような、人生を送ってきましたから。だから俺の問題です、だから」

「だから気にしないでくれ……って言うのは。それこそ、君を導いてきたこの子たちへの裏切りにならないかな」

 穏やかに、しかし容赦なく。クミホさんは、風護の矛盾を突く。


「そうかもしれません……けど、だったら俺はどうすればいいんです?」

「簡単だよ。君の生域での終わりを、もう一度」

「それは嫌です!!」

 それが言及されることは風護も予感していた、だから全力で拒んだ。

「あの事件についてまた触れるのは、それだけは耐えられないです」


 命懸けで救ったあの女性は、名乗り出ることなく。

 犯人グループは風護に痴漢の汚名を着せ、自分たちこそが被害者だと喧伝し。

 それを信じ込んで得意気に正義面する文字列が、あんなにも。


「自分の死体に、令和の日本で一番汚い泥が塗られているのは。

 俺にとっては、殺されたこと以上の悲劇なんです。だから勘弁してください」


 風護の懇願に、3人は顔を見合わせてから。

 斗和がゆっくりと歩み出て、風護の手を取る。

「だから知ってほしいんだよ、」

「やめ、」


「君の友達が。君の無念を晴らすために、必死に戦ったんだよ」


「……え?」

 予想外の回答に、顔が上がる。

「ほら、これ見て」

 斗和がCIPSで共有したのは映像ファイル。

「生域調査局が、風護くんの周辺をずっと追っていたの」

 日本旅団ではなく日本支部の一部門だ、霊域に関わる生域の事象を調査・記録するのが目的。風護がどんな人間だったかを確かめるために、事件の推移を調べていたとは聞いていたが。

「俺の事件、犯人も捕まったし調査終了……だと思っていました」

「本来はそうだよ。だから私が個人的に依頼したの」

「依頼って……あの、有償のやつですか?」

「そ、実は私の稼ぎは破格でね。霊管通貨ゴルは持て余してるんだ」


 研修のときに話だけは聞いたことがある。霊管の活動に必須ではない事項も、お金さえ積めば調べてもらえると。ただその費用は、並の隊員からすると相当に高い。遺族の姿を一目見たいとかなら、自分で見に行った方が安上がりである。


「なんで、斗和さんがそこまで」

「風護くんの人生の終わりがそれじゃあ、あまりにも悲しいからさ。何か励ますこと見つからないかなって可能性に賭けたんだよ。ほら、見てみて」



 映像の再生を始める。事件現場のすぐ近く、建物の屋上から見下ろす画角。記録日時は、犯人が捕まってから数日後。通行人に声をかけて何かを配っているのは、風護のよく知る二人。

実風みか……レノも」

 幼馴染みで元カノで、風護が退学するきっかけにもなった実風。

 そして風護とは中学時代から仲の良かった男子、牟礼野むれの


 立ち止まった通行人に、実風が説明している。

「この辺りで男子高校生が殺されちゃった事件で、目撃者を探しているんです」

「あれ……犯人は捕まったんですよね、その男子が先に絡んできたって聞いてますけど」

「犯人はそう言ってますけど、そんなはずじゃないんです。見知らぬ女性を襲うような人じゃないんです。絶対、何か理由があったんです。知ってる人を探しているんです」

 実風は淀みなく語る。自分の見ていない光景を、確信しているかのように。

「そうですか……私は知らないですが、知り合いにも見せてみます」

「ご協力お願いします、ありがとうございました!」

 去っていく背中に深く頭を下げる実風は。どうしようもなく、風護の愛した実風だった。


 シーンが切り替わる。ここも風護の近所、より人通りの多いエリア。やはり実風と牟礼野、そしてかつての級友たちがあちこちでビラ配りに励んでいた。

 また別の日。実風とゆたかおじさん――彼女の父親が、夜の飲み屋街で声かけを行っていた。そして。


飛宮ひみや……?」

 風護がケガを負わせた本人である飛宮すら、ビラ配りに参加していた。

 誰もが、風護の味方を辞めたはずなのに。風護を加害者として学校から追い出すことに、誰もが納得したはずなのに。



 そうした彼らの努力は、ついに実を結び。

〈先月川越市で発生した、男子高校生の殺人・死体遺棄事件に新たな展開です〉

 ニュース番組や新聞記事での報道によると。風護が助けた女性が、警察に名乗り出て以下の証言を行った。

 最初に犯人グループの女に助けを求められ、話を聞くうちに男たちに囲まれて脅されたこと。連れ去りの直前に、風護に助けられたこと。それからコンビニに逃げ込んだ際、それ以上事件に関わるのが怖くなって、無関係な目撃者として店員に通報を求め、そのまま立ち去ったこと。風護が死亡したことが分かると、すぐ通報しなかったのを責められるのが怖くて警察に連絡できなかったこと。


〈それからずっと黙っていたんですけど、久しぶりに現場の近くに行ってみたら、深山さんの友達が一生懸命に聞き込みをしていて。それを見たら、私は絶対に言わなきゃいけないんだって思ったんです〉

 顔を隠して声を加工しながらも、彼女はテレビ局の取材に答えていた。

〈油断した私のために深山みやまさんは巻き込まれて、私が黙っていたせいで汚名を着せられてしまった。命の恩人にそんな仕打ちをしてしまったこと、本当に申し訳ないです。

 だから、私にこんなことを言う資格があるのかは分かりませんが。助けてくれて本当にありがとうという気持ちが、どこかで彼に届いてほしいです〉


 これを受けて、風護からの痴漢が原因だと主張した犯人グループの男女に対し、風護の母は名誉毀損罪で刑事告訴を起こした。母は取材に対し「本人たちだけでなく、投稿を拡散した人たちも強く反省してほしい。殺された息子が侮辱までされた怒りは、一生忘れることができない」とコメントを出していた。



「分かったでしょ、風護くん」

 斗和に語りかられる、その声の眩しさが痛い。

「君の家族も、友達も、君の名誉を取り戻すために必死に戦ったんだよ」

 嬉しいですね、斗和さんも調べてくれてありがとうございます――と言うのが正しいんだろうと、辛うじて理解はできたけれど。


 答えようと開いた口が、出力したのは。

「ふざけんじゃねえよ今更!!」

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