2-4 未来への追憶-クミホ中隊長カウンセリング-

#28 「憧れ」の指揮官

 その日、任務ローテから外れていた風護は、第3特対群・第1機動クロナギ中隊の拠点である岩手の廃校を訪れていた。

「お、来たな」

「お疲れ様です」

 転移してきた風護を迎えてくれたのはオシムラだ。

「先日は危ないところを助かりました」

「いいってことよ、仕事だしな」

「いや本当に、こうして喋れているのもトワール分隊のおかげですし……ところで、分隊の他の皆さんは?」

「別件で忙しくてな」

「ですよね。あれから会えてなくて、ちゃんとお礼言いたいんですが」


 案内するオシムラの歩調は、普段より心なしか速い気がした。気にはなったが、今日はそれよりも。

「俺と話したい人がいる、ってお話でしたよね?」

「そうそう、正式な面談とかじゃないから気楽に構えてていいぞ」

 それって本当は気楽じゃいけないフラグだよな、と思いつつ。音楽室だったらしい部屋に近づく。


 聞こえてきたのは女性の歌声、澄んだソプラノが心地いい。霊人の声はあまり繊細な表現には向かない、つまりは霊域でも相当に練習したのだろう。

「この歌っている人ですか?」

「ああ、入るぞ」

 ドアを抜けて入ると、窓辺で歌っていた女性が振り返る。

「お、来たね」

 透き通った歌声の通り――というか、20代前半くらいのお淑やかな雰囲気の人だ。花柄のワンピースがよく似合っている。

「ミホねえ、この子です」

「はじめまして、ミヤマフウゴです」

「はい、ドクタークミホっていいます。ミホさん、とか呼んでくれたら嬉しいな」


 挨拶しつつ、初対面の癖でプロフィールを確認すると。

〈ドクタークミホ/3等士幹/日本旅団・作戦本部・第3特対群・第1機動中隊長〉という並びに、思わず背筋を伸ばして敬礼。

「中隊長様、でしたか」

 それも3幹、風護(5等特士)からすると7つも上の指揮等級である。サシで話すなんてまずない。


 クミホ中隊長は敬礼を返してから、ふふっと笑う。

「そうなんだけど、今日はプライベート寄りってことで。リラックスしてくれないかな、バイトの先輩くらいに思って」

「そうだぞフウゴ、ミホ姉は堅苦しいの好きじゃないから」

 中隊の一兵卒であるオシムラがそう言うなら、風護も倣うことにしよう。

「……分かりました、ミホさん」

「うん、よろしくね。ほらこっち来て話そう、乙な雪景色だよ」


 窓の外、もう生徒のいないグラウンドには穏やかに粉雪が舞っている。懐かしそうに目を細めるクミホさんは、そこにどんな思い出を重ねているのだろうか。


「さて。私はミヤマくんについて、君が霊域に来た日から印象に残っていました」

「いきなりゴスキルを使い始めたから、ですか?」

「うん。それにそもそも、アケビモエカを追う作戦には私も関わっていたからね」

 あのとき助けに来たトワール分隊、ひいては第1強襲小隊を動かしていたのがクミホさんんなのだろう。

「お世話になりました、後……ひっかき回してすみませんでした」

「いいのいいの。あれくらいのイレギュラーにも対応できるような隊員たちだって、私はよく知ってるから」

 部下を信頼して伸ばすリーダー、慕われそうである。実際、オシムラの頬はちょっと緩んでいた。


「けどそれ以上に、作戦後のデブリーフィングが終わった後にね。斗和ちゃんが私に駆け寄ってきて言ったの。あの男の子を絶対に仲間にしたいですって、すごい真剣な顔で」

「そんなすぐに、ですか」

「最初は私も、女の子らしいロマンが爆発してるな~くらいに思ってたの。けど君の話を何度か聞くにつれて、確かにこの部隊に欲しい人材だなって思うことが増えてるの。マンジュウくんも気に入ってるんだよね?」

「ええ、実力はめきめき伸びてますし、真剣ですし。単に俺が、年の近い同性だと過ごしやすいってのもありますが」

「そういうパーソナルな感情も大事なんだよ、霊管のやりがいって仲間との連帯に依存しがちだし……だから私は、部下たちの推しメンとしても君に注目しています。ゴスキル的に面白いってのも勿論ね」

「ありがとうございます。俺も、トワール分隊の皆さんには本当に感謝していますし、いずれ仲間入りできたらとは考えています。まだ先は長そうですが」


 中隊長を相手に目標を宣言するのは、今までとは重みが違ったが。だからこそ、風護はここで言い切りたかった。


「そっか、聞けて良かった」

 クミホさんは微笑みながら頷く――ちょっと心の琴線に来る笑顔だった、生前も今も求心力は相当なんじゃないだろうか。

「けど本当の意思決定は、正式な採用活動に移ってから改めてね……そのうえで、私の見立てを聞いてほしいんだ」

 わざわざ中隊長本人が時間を取った理由は、ここからの話題にあるのだろう。


「先週の仙台での解放同盟との戦闘記録、見させてもらってね。

 個人技能の面では、遠からず特対群に見合うレベルに達するでしょう。

 けどチームワークの面では問題があって、その原因は心理面にあると思っています。

 ……というふうに聞いて、ミヤマくんはどう思った?」


「前半は意外でした、技術のレベルは全然足りてないって思ってたので。

 後半は……ほんとにその通りです。前の作戦の後も、かなり厳しく叱られたので」

「じゃあ、まずは技術の話から。君が戦える隊員だってのはいろんな人から言われていると思うけど、この前のザッキリーナ……あのサーベル二刀流との戦闘は図抜けて異例です」

 CIPSには主観映像を記録する機能もついており、戦闘時のデータは提出する決まりになっている。それをクミホさんも見たのだろう。


「ザッキリーナは元霊管、それも特対群から離反した人でね。私もゴスラボ……ゴスキル開発研究室にいたときに見ていたから、実力はよく知っています。

 ランクでいえばA+、あれから上達していればSにも行ってるかな。トワちゃんは異次元としても、近接戦闘での攻撃性は日本旅団でも指折りの手練れだった。

 つまりね、並の警士がタイマン張ろうとしても、5秒も経たずにやられちゃうような強さなの。防御に向いたゴスキル持ってても、30秒保つかなってくらい」


 防衛小隊の検討でも触れられた脅威だ、想定以上にシールドの消耗が早かったと。


「そいつ相手に。ミヤマくんは1分近く粘って、しかもアームブレイクで有効な反撃を与えてもいる。霊管1年目でそれができるってのは相当です。

 そして君は、まだまだ急成長の途上にある。その根拠を説明するのは難しいんだけど、ゴスキル専門家としての知見だって信じてくれていいです」

 オシムラから補足情報。

「ちなみにこの方はゴスラボの技術顧問も務めてらっしゃる、ゴスキルの知見なら日本でも指折りと思っていい」


 ゴスキルの理論的な部分は、風護はほとんど把握できていない。ひとまず、クミホさんの言葉を信じることにしよう。


「ありがとうございます、励みになります」

「頑張ってね、それでチームワークの方なんだけど……ミヤマくん、デブリ-フィングでどんなこと言われたかな?」


「仲間とすぐに連携できないときは自己判断が必要だけど、あくまでも連携を回復するのが重要である。今回の俺は単独行動を決め込んだので、周囲からのフォローが遅れる原因になるのが問題。

 ただ、部隊が分断されたことがそもそもの問題なので、全体の戦術レベルの判断が見直されるべき……という話でした」

 

 ウシゴエモン先輩に「いやほんと、無茶させたのは俺らなのよ」と平謝りされ、風護も戸惑ってしまった。


 クミホさんは納得した様子。

「うん、いい反省会になったんじゃないかな。

 さてミヤマくん、君は自分がチームプレイに向いてないって思う?」

「……向いてはないと思います、実際にああいう突出をやらかしているので」

「そうなんだけど、本来のレベルは低くないはずなんだよ。訓練でも任務でも、周囲を見ながら適切な判断ができているようだし、それは部隊の方針にも適っている。新人は判断に迷って行動が遅れがちなんだけど、それもクリアできているみたいだしね。

 けどある要因が絡むと、君は途端に無謀に走るようになる。そのファクターに自覚はあるかな?」

 

 やっぱりこの話になるよな、という後ろ向きな納得感。

「絶対に達成したい目標があるとき、自分の安全を二の次に考えてしまうことです。自身の危険が増大するルートに、自分から飛び込んでしまうことです」

「その通り。君が亡くなった経緯やアケビモエカを巡る行動から、そうした思考は顕著に出ていました。けど今回はそれらとはちょっと毛色が違うと思うんだよ」

 クミホさんの眼差し。柔らかいけど、鋭い。

「ミヤマくんがあの男の子の確保にこだわった理由。それはあの子を敵勢力から助けたいって強く思った、だけかな?」


 少し迷ったが、本人がいないなら言っていいだろう。

「あの子は霊人としてのスペックは相当に高かった、だから解放同盟の手に落ちたら戦闘員として育てられるんじゃと思ったんです。そうなればいずれ霊管の、それも3特対の敵になるはずで……そうなれば、斗和さんが斬らなきゃいけなくなる思ったんです。それが、どうしても嫌で」

「それを避けるためには、命を賭けてもいいって?」

「……リスクを冒す価値はあると思えました。ただ、それで死ぬかどうかって意識はあんまりしなかった、ですね」

「怖くはなかった?」

「多少は。ただ、途中まではいけるんじゃって思ってたんですよ。斗和さんとの稽古に比べれば、相手の動きも遅かったですし。増援までの時間稼ぎにはなるだろうし、」

 興奮状態にあった当時を、言語化しようと努める。

「それで死んじゃったとしても……俺が重ねてきた努力で敵を足止めできて、それであの男の子が助けられるなら」

「無意味じゃないだろうって、思った?」

「はい」

 クミホは首を傾げ、オシムラは「あちゃー」という顔をしている。次の瞬間。


 ドタドタした足音に音楽室の入り口を振り向くと。

「この、」

 ドアを通り抜けてきた斗和が、風護へズンズンと歩み寄ってきていた。

「えっと」

「バカ!!」

 手を振りかぶった斗和の前に、クミホさんが立ち塞がる。


「はいストップ。それはダメだよトワちゃん」

「……ごめんなさい、ミホ姉。風護くんも」

「ああ、はい」


 とりあえず。斗和がめちゃくちゃ怒っていることは、分かった。

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