#27 精鋭という宿命/深山風護

 防御ができないならせめて避けようと、攻撃を見切るべく風護が睨みつける先。


「――チッ」

 風護を仕留めようとしていたザッキは、視線を上げてから大きくバックステップ。彼女が立っていた位置に、見覚えのある赤い閃光が降り注ぎ。

 次いで舞い下りた黒い影がザッキへと襲いかかるが。


 ガキン、という衝突音。

 ザッキの前に立ちはだかったのは、最初に現れた空手ボーイ。彼が両腕で受け止めたのは、降下の勢いを乗せた斗和の一撃。斗和は空手ボーイを蹴りつけて距離を取る。


「風護くん生きてる!?」

 刀を構え直しながら、振り向くことなく斗和が叫んだ。

「はい、生きて」

 答えかけた風護の目の前にオシムラが飛び降りてきた、彼は「待たせた!」と怒鳴ってから斗和と共に突撃していく。次いでヒデレッド隊長とキヨノエルも着地――ああ、斗和たちが来たなら大丈夫だ。足から力が抜ける。


「フウゴ!」

 ウシゴエモン先輩たちが駆け寄ってくる、手を挙げて応える。

「トワさんたちが来た、もう大丈夫だ」

「ええ……すみません、俺は限界です」

「もういい、ってか無茶しすぎだ!」

 分隊員たちに守られつつ、カロリロードを受け取って吸い込む――後一歩で幽霊としても死ぬところだった、生の実感が湧き上がる。同時に、冷静さも戻ってきたので。

「……すみません、勝手なことして」

「ああ、けど独りにした俺らも悪い……なんにせよクロナギ相手だ、同盟もすぐ諦めるだろ」


 続いて分隊長から指示。

「我々じゃ足手まといになるからここで待機、流れ弾や奇襲に備えて警戒だけは継続だ」

「はい!」

「よし……それとミヤマ」

「はい」

「クロナギを目指しているなら、彼らの実戦はよく見ておけ」

「……はい、ありがとうございます!」


 さっきまで風護を追い詰めていたザッキを、今度はオシムラが追い立てている。オシムラは斬撃を受け止めつつ、掴みや足払いを執拗に狙いザッキにプレッシャーを掛けていた。ただガードするだけではない攻めのディフェンダー、ザッキは相当にやりづらそうだった。


 一方の斗和を相手取るのは空手ボーイ。

 さきほど斗和の急降下斬撃を受け止めていたあたり、オシムラに似た耐久強化型かと思われたのだが。彼は斗和の体ではなく刀への打撃を狙っているようだ。今も、空手ボーイが放った回し蹴りに対し、斗和は斬らずに刀を逃がしていた。


「ミヤマ、あの道着の男子だが」

「ええ」

「名前はマサモリト、元霊管だ。手足の先端部に耐久性がついてるのに加え、突きや蹴りが反傷性に特化している。それで攻撃類ゴスキルへのカウンターを狙う……いわゆるアームブレイク戦術のエキスパートだよ。つまりミヤマが目指す姿の一つともいえる」


 分隊長の言葉を反芻しつつ、風護は空手ボーイ――マサモリトと斗和の戦いを見つめる。

 必殺を帯びた刀と、必殺を破る体術。虚実を織り交ぜた神速の攻防は、ゴスキル性能だけでない高度な技術の結晶。命の奪い合いであるが、あるいはだからこそ、凄絶な美しさが咲き誇るようだった。


 しかしここは一対一のリングではない、他の敵も味方も入り乱れる戦場である。

 斗和とオシムラには、キヨノエルのバックアップがついている。霊熱の消耗も被弾によるダメージも、彼女が回復させてくれる。

 そしてヒデレッド隊長の射撃が、ザッキとマサモリトを追い込みつつ、二人を援護しようとする他戦闘員を妨害している。さらにクロナギの他分隊が展開しており、同盟の勢力は分断されていった。


 ザッキとマサモリトは奮戦を続けていたが、不利は覆せなかったようで。距離が空いた隙に煙幕が二人を包み、それが晴れた頃に二人は消えていた。

「……逃げられました?」

「いや、撤退に追い込んだって見方が正しい」


 ザッキとマサモリトの離脱が契機となったのか、解放同盟は作戦継続を断念したようだ。レントくんと父親ヴァイマンを置いて、散り散りに戦域から逃げていく。

「……ごめん、剣姫けんき様」

 隣のウシゴエモンが、苦々しく呟いた。


 なおも父親ヴァイマンに駆け寄ろうとするレントくんを、オシムラが抱え上げる。斗和は父親ヴァイマンへと一直線。

 そして彼女の刀が父親ヴァイマンに届くと同時に、ヒデレッドがレントへと駆け寄り。パパ、という幼い絶叫が不自然に途切れた。

「あの子、」

「眠らせたんだよ。ヒデさんのゴスキル技の一つだ」

 風護の動揺を読んだように、ウシゴエモンが答えた。

「霊管で保護できれば、今の記憶は消せる。それでも……後で忘れるとしても、もう人間じゃないとしても。子供の前で親を殺すのは、誰だって平気じゃないだろ」

 ここからは斗和の顔は見えない。けど、その悲痛さは察するに余りあった。



 斗和たちは逃走した解放同盟たちの追跡に移っていた。彼らを敬礼で見送った風護たちへ、中隊本部より連絡。

〈ヴァイマン撃滅で、ネガ・ゲート発生まで猶予ができました。安全なルートを伝えるので、戦闘は避けて拠点まで戻ってください〉

 眠るレントくんと共に戻る道中、もう戦闘は発生しなかった。


 到着した転移拠点。先ほどの転現者たちの姿は見えない、転送が終わったようだ。

「みんな、よく無事に戻ってくれた」

 そして中隊長自ら、先頭で出迎えてくれた。

「危険な目に遭わせてすまない……詳細はデブリーフィングで話す」

 慌ててこちらも頭を下げつつ。謝罪が来るということは指令に反省点があったのだろう、というところまで察した。


 間もなく後続部隊も到着する、まずは大量発生中のヴァイマンを殲滅する掃討群から派遣されたチーム。ブルーチェリー隊、という名前が聞こえた。

「え、来てるのクロナギさん? ヒデくんに良いとこ見せれるじゃん!」

 中心らしいのは、魔法少女チックな青いドレスが眩しい小学生の女の子。ヒデくんといえばヒデレッドだろうか、知り合いなのかもしれない。

 

 そして拠点防衛任務を引き継ぐ別の警備中隊が到着、やっと風護たちの任務が終わる。



「はいお疲れ……よく全員無事だったよ、特にミヤマ」

「ほんとすみませんでした……」

「まあ……お前が無理したのは確かなんだけどさ」

 分隊長は少し迷ってから。

「ザッキリーナ……あの二刀流が俺たちに当たっていたら、クロナギが来る前にあの子供は連れ去られていたかもしれない。その点、お前がザッキリーナを引きつけていたことに意味はあった、という見方はできるかもな」

「……そう、ですか」

 認められた――と解釈してしまうのは自己中すぎるだろうか、それでも。


 転移装置のカプセルに入れられるレントくんを見ながら、思う。

 きっと、斗和がこの子を斬らなきゃいけなくなる日は、来ない。

 それだけは、何にも替え難い成果だった。


「そうだ、ゴエ先輩」

「どしたフウゴ」

「レントくんはなぜ、あのヴァイマンのことパパだって思ったんでしょう? 服装が同じだったとしても、顔にあんな派手なノイズあれば違うって思いません?」

「ああ……たまにあるんだよ。ヴァイマンの素顔が見えちゃうこと」

 ヴァイマン特有のノイズ。彼らを同族だと思わずに済む、最大の特徴。

「初耳ですが……嫌すぎませんか、それ」

「めちゃくちゃ辛いぞ。理由は謎だけど、生前に知っている人間同士だとそうなりやすいって噂は聞いたことあるし……実際そうだった」


 ウシゴエモン先輩の口ぶりからするに、彼も経験しているらしかった。そして恐らく、知人だったヴァイマンの駆除を止めない選択をしたのだろう。それ以上はとても聞けなかった。



 その後のデブリーフィングでの振り返り。

 まず、風護が敵のゴスキル使いに単独で挑んだことは厳しく叱られた。最低でも2人でヴァイマンに当たるようにするのが警備連隊の基本である、ましてやゴスキル使い相手には無謀が過ぎる。

 しかし、それ以前の部隊の動かし方に問題があった……というのが士幹たちの反省らしい。風護たちの分隊に子供の保護とヴァイマン追跡の両方を任せたのはキャパオーバーであり、そう判断してしまうまでの過程を振り返ると複数の反省点が浮かび上がっていく、というサイクル。

 正直、風護に全ては理解できなかった。ただ、隊員の殉職も生域の犠牲も出さないよう意見をぶつけ合う大人たちの姿は、どこか眩しかった。


 そうして終わった解放同盟との初交戦を境に、風護を取り巻く環境が動き出していたと分かるのは、翌週のこと。

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