#23 力の根源/深山風護

 廃校の屋上には夕日が射す。霊域の眼が認識する茜色は、やはり生域よりはくすんでしまう。

「じゃ、再開しよう」

「はい、斗和先生」


 先ほどの風護はパニック気味だったがもう落ち着いていた、気を取り直して反省会へ。

「さっきの組み手での目標は、風護くんがレグマンを相手に、フィジカルとゴスキルを併用した戦い方で制圧できること。もっと言うと、殴ったり蹴ったりするには心理的なハードルが高い相手に、そうした攻撃を実行できることです。達成できたって自分で思うかな?」

「ノーですね。蹴りで隙を作ってトンファーを入れられたとしても、その直後にパニックになってるようじゃ実戦的とは言えないです」


 風護は正直に自己分析したつもりだったが、斗和は困ったように眉を寄せた。

「う~ん……その通りなんだけどね。風護くんは今まで出来なかったことを、やると決心して達成してみせた。それだけで十分な成果だって私は思うよ」

「……確かに、目標自体はクリア、ですね」

「そもそも現状はガチの実戦レベルじゃないからね」

「すみません、気が早すぎました」

「早いのは熱心で良いんだけどね。それに実戦だとしたら、風護くんはむしろもっとパワー出るんじゃない? 今までも土壇場になるほどポテンシャル出てたでしょ?」

「火事場ブーストは自覚あるんですが、それを前提にするのも違うかなと」

「それはそう、ともかく私は今日の風護くんの成長に満足してます! よくできました!」

 ダメ押しのように拍手する斗和、勢いに押されて笑ってしまう。

「ありがとうございます、じゃあ俺もそう思うことにしますね」


〈心理的な面だけでなく技術的な面でも、良い一戦でしたよ〉

 ヤナギンガさんからも高評価。

〈ミヤマくんには①体術 ②エアギス ③トンファー本体、という3つの応戦手段があり、それらを意識的に使い分けられていたように見えました〉

「なら良かったです、皆さん俺に合ったスタイルを提案してくれましたから」

 ゴスキルの特性は個人差が大きいため、戦術はオーダーメイドになりやすい。風護はトワール分隊以外からも、多くの先輩たちにアドバイスをもらってきた。


〈エアギスを『敵を追い払う』以外の用途で使えるようになってきたのも前進ですよ、むしろ距離を詰める布石に使ったり〉

「さっきのは俺から攻めるべき状況だと思ったので……エアギスを撃ってもあまり消耗しなくなった、ってのも大きいですね」

〈格ゲーでもよく見る連係ですし〉

「そういえば……だから思いついたのか俺?」

 ちなみに霊域では、知覚ツールを応用したVR的なゲームも親しまれている。遊んでみたら大迫力でビックリしたが、それ以上に疲れた。やはりコントローラーとモニターの方が性に合う。


「けど今日のトワさん、動きがやたらトリッキーでしたよね。あえて隙作ろう、みたいなのありました?」

「うん。だって本気の私だったら風護くん触れないし」

「ですよね」

 普段の斗和も回転や跳躍は織り交ぜるものの、逆立ちほどの大ぶりな動きは選ばない。

「ただ私も、意表をつけるようなアクロバティックな攻め方を手札にしたいんだよね。その練習も兼ねてたんだ、まだまだだね」

 最強との呼び声高い斗和ですら、その立場に甘えず成長を模索しているのだ。風護も到底満足していられない。



 ――そうして、一通り振り返りが済んだところで。

「そういえばこの前、警備の先輩に聞いたんですけど」

 ゴスキルの専門家であるヤナギンガに、風護から聞いておきたいことがあった。

「使えるゴスキルを持っている霊人は、死亡時に逆遷の影響を受けていることが多い……って噂、どうなんですか」

「あれねえ……」

 耳にした斗和は渋い顔、ヤナギンガからの応答も間が空いた。

〈まだ科学的な結論が出ていないうえにセンシティブなテーマですので、できれば私からは触れたくないのですが……聞いてしまった以上「ただの噂だから気にしないで」で片付けるわけにもいきませんからね〉


「はい、分かっている範囲でお願いします」

 専門家だからこその口の重さ、その口ぶりをよく覚えておこう。

〈まず前提として、生域の人間への逆遷の影響を観測する手段は確立されていません。私たちのラボでも実証の段階です。

 霊域でネガゲートが開いて霊核が逆遷したこと、それと連動したと思しき時間・場所で生域での凶行が起きたこと。この相関までは分かっても、因果関係を証明するには至っていません」

「その事件は本当に逆遷によって引き起こされたのか、確かめることはできないって話ですよね」


〈ええ、あくまでも推定にしかすぎず、それをどれだけ信じるかはラボ内でも立場が分かれています。これは学術的な対立というより心理的な方向性の差です〉

「ヤナギンガさんはどう考えているんですか?」

〈因果関係が解明されるということは、責任の所在も明確になるということです。ラボの報告が霊管スタッフの心理に当たる影響は、慎重に見極めるべきかと〉

 確かに、霊域の現象と生域の死亡事件の因果関係が完全に解明されてしまったら「この任務の失敗でこの人が亡くなった」という解釈もできてしまうだろう。それは現場の人間にとって、なかなか恐ろしい。


〈そのうえで分かっていること、ですが。ゴスキル発現者とノンゴスで死因を比較した場合、前者には他殺や自殺が多い傾向にあります。こうした事案は、逆遷によって誘導されている可能性が考えられますね〉

「ああ……逆遷で殺人や自殺が増える、そうやって死んだ人はゴスキルが出やすい、だからゴスキルは逆遷に誘導されてるっていう三段論法ですか?」

〈そうです。さらに発展させて、ゆえにゴスキル使いは逆遷の原因となるヴァイマンへの復讐心が強いんだって見方もあります〉

「警備の先輩から言われたのもそういうことでした。俺は生前の事件についてこれ以上知りたくないので、確かめる気もないですが……」


 斗和とヤナギンガはしばらく顔を見合わせる。何かを察し合ったか、風護に見えないところでチャットを交わした後に。


〈いずれにせよ確証を持つことはできないので、そのスタンスでも良いかと思われます。ただもう一つ、そろそろミヤマさんにも知ってほしいことがあります〉

「ええ、聞かせてください」

〈まずは一つ、考えてみてください。霊域において、攻撃類ゴスキルを持たないのに霊人を殺傷できる存在といえば、何が思いつきますか?〉

「ゴスキルがなくても攻撃用デバイスを持った隊員なら可能ですし、」

 ヤナギンガの言い方に引っかかったので、もう少し考えて。

「――ああ、ヴァイマンもそうですね」

 頷くヤナギンガ。よっしゃ当てた、という喜びから一拍遅れて。


「え、それってつまり……ヴァイマンと攻撃系ゴスキルには共通点が、みたいな話ですか?」

〈方向性としては、ですね。ミヤマさん、ヴァイマンの霊核がなぜ生域の人間を狂わせるかはご存知ですか?〉

「研修でちょっとだけ習いましたね。ヴァイマンの霊核には『V因子』と呼ばれる配列があって、それが暴力性や衝動性を刺激するんだ、という」

〈ええ。そのV因子はヴァイマンの持つ傷害性にも関わっていると考えられています。そして、それと似た配列が、攻撃類ゴスキルを使うレグマンの霊核にも確認されています〉

「つまりヴァイマンの攻撃も攻撃類ゴスキルも、原理的には似ているってことですか?」

〈という見方もできるということです〉


 しばらく考える。ヴァイマンには警備任務で何度か遭遇しているが、まさに暴力性の塊といった印象である。それと自分たちの技能が似通っている、と聞かされると。


「あんまりいい気持ちにはならないですが……例えば生域でも、銃の原理って基本は同じで、誰が扱うかによって意味が違うじゃないですか。けど、犯罪にも使われるからって一緒くたに取り上げたら、警察も自衛隊も猟師も仕事できないですし」

〈だから気にすることはない、と?〉

 反射で答えようとして、もう一度よく考えながら斗和を見る。暴力に向き合う姿勢を語ってくれた彼女なら、どう思うだろうか。

「気にしないってのは違いますね。力の意味をより重く考えて、より責任ある使い手になりたい……というのが正解だと思います。俺もはっきり気持ちが整理できてはいませんが、そう思えるようになりたいです」


「うん、そう言ってくれて良かった」

 斗和は安堵してくれたようだ。

〈ええ。それが模範的だと私も感じます。ただ、素直な直感をあまり封じ込めないことも意識してください。怖いも辛いも、抑える感情ではなく付き合っていく感情です。無理に抑えて自他を巻き込んでしまうケースも、少なからずあります〉

 声にはならなくても、ヤナギンガの表情からは生々しい痛みが伝わってきた。

「そうだぞ風護くん、ちゃんと私たちを思い出すこと」

「はい、頼りにしてますね」

 爽やかに笑う斗和を見て。以前も浮かんだ疑問を、また思い出す。


 斗和のゴスキルの源とは。あるいは、斗和が亡くなった経緯とは。

 しかしこの話の流れでは、より聞きづらくなってしまった訳で。


 などと迷っている風護に、斗和はぐっと顔を近づける。

「あの、斗和さん?」

「風護くん、私がどんな人生だったか、気になってるでしょ」

 ……読まれるような表情、してたんだろな。

「ゴスキルと生前の関係をこんなに語られると……ですね。勿論、無理に聞こうとかではないですが」

「じゃあ言える範囲で、なんだけど。私、自分がなんで死んじゃったのか知らないんだよね」


 思わぬ回答に、風護は記憶を探る。霊人が生前の記憶を失っている例は、あまり聞いたことがない。

「あるんですね、覚えてないってことも」

「いや、死ぬ直前の記憶だけ消してもらったんだ。覚えていると辛すぎるからって」

「……それは、」

 さすがに言葉が続かなかった。けどよく考えたら当たり前だ、


「ああ、反応しなくてもいいの。ただ、気になるから伝えたってだけ」

「でしたか、ありがとうございます」

「私も考えないようにしてるから。風護くんはただ、ここで出会った私のことだけ覚えててよ」


 いつもと変わらぬ彼女の笑顔に、できるだけ自然なスマイルを返そうと意識しつつも。

 その綺麗な顔が、生前の最期にどれだけ苦しく歪んでいたか、考えずにはいられなかった。

「あの、斗和さん」

「うん?」

「あなたが守りたいって願うモノ、俺も一緒に守れるように頑張るので。斗和さんも、抱え込みすぎないでください」

 言うねえ後輩、と肩をはたかれる直前。

 紅く染まっていた彼女の頬は、やっぱり、たまらなく、眩しかった。 

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