#21 裏切り者を討つ、その役目を/深山風護

「そう、風護くんの言う通り。私みたいな仲間のことも、裏切ったとあれば本気で止める、場合によっては殺す。そういう覚悟をじっくり育ててもらうために、早い段階からこういう訓練を始めているんだ」

 震えを押し殺すような斗和の声に、風護の身も一層引き締まる。

「それにね、君を巻き込んだあいつもそうだけど、3特対が追うような離反者には女性も多いんだ。なんなら、解放同盟からの精神誘導は女の方が効きやすいって噂もあるくらいだし……とにかく、生域での性別の常識は通じないんだ」


 風護も理屈は聞いている。霊域での身体能力は生域のそれとは一致しないことも多く、大の男より少女の方が力持ちである可能性もある。実際、見かけは小柄な少女である斗和の全力は、風護のそれより明らかに高い。また、そうした霊人としての個人差が意味をなさないほど、ゴスキルによる戦力は強大だ。

「頭では分かっていますし、警備連隊の訓練でも女性の教官との格闘は経験してるんですよ。ヴァイマン相手でも、顔は見えないけど女性だったんだろなってときはあります。ただ、」

 ひときわ魅力的に感じている異性相手にはどうしても――という本音は、どう考えても不適切なので。


「大切だから、でしょうか」

 決して嘘ではない、本心の半分。

「俺が【打壊棍だかいこん】でシェルを破ろうとしない限り、殴ろうと蹴ろうと斗和さんの霊胞に傷をつけることはできないってのは、霊域の理屈としては知っています。けど俺はついこの間まで、殴られた人は傷つくって常識で生きていました。だから土壇場で心配になっちゃうんですよ、ここで思い切り蹴ったら怪我しちゃうんじゃないか、とか」

「そっか……霊域に来てまだ3ヶ月とかだもんね、無理もないよ。けどやっぱり、ずっとそのままじゃ3特対は厳しいよ。勿論、働き先は他にいっぱいあるから、無理して3特対に来なくてもいいんだよ」


 3特対に、トワール分隊に、こだわることはないと。稽古の合間に、風護は何度も言われてきた。

「私たちにお世話になったからとか、そういう義理はいいから。本気で3特対に入りたいのか、よく考えてみて」

「斗和さんは、」

 考えるよりも前に、その名前が口から飛び出してしまう。

「うん?」

「……斗和さんは俺に、トワール分隊に入ってほしいって、今も思ってくれているんですよね?」

「そうだけど、義理とかはいったん忘れてって」

「すみません、ただ」


〈横から失礼しますが〉

 ヤナギンガさんだ、ぴしっと右手を挙げている。

〈ミヤマさんはこうした配属や進路に関わる選択において、特定の他者からの期待、あるいは仲間になる人のことを、判断の軸として重視するタイプなのでは〉

「そうですね。何をしたいかってより、誰としたいかってのを強く気にする節はあります」

「そっかあ……」


 斗和はしばらく腕組みで考え込んでから。

「こう言うとプレッシャーになっちゃいそうだけど、入ってほしいよ。風護くんは、暴力の重さを知った上で、暴力の最前線を選べる人だから」

 風護の肩に体重を預けながら、斗和は語る。その近さからは、斗和の抱える寂しさが伝わる気がした。

「風護くんは……人に殺されてしまった人、だから。暴力を振るわれる痛みや怒りをよく知っている。それに、自分が振るう側になった重みも、ちゃんと覚えている」

 痛まないように、そっと。風護の傷の形を、彼女はなぞる。

「そのうえで、人を守るために。暴力で暴力に立ち向かう役割を、引き受けることができる。怖さを知らないで戦力だけを持った人間よりも、特対群に相応しい資質なんだって、私は思うの」


 斗和の言葉を反芻しながら。風護もまた、彼女の戦いへの向き合い方を知りたくなった。


「斗和さんはどうして、3特対に入ろうって思ったんですか?」

「そもそものきっかけはミホさん……中隊長にスカウトされたからで、一緒に働く仲間を守りたいってシンプルな理由で引き受けたの。解放同盟なんて、あの頃はよく知らない敵組織でしかなかったから」

 素直で純粋な志を、曇らせたものは。

「けどね、裏切った仲間と戦ううちに、別の意味が分かったの。ゴスキルという強大すぎる暴力は、軍の管理下に置かれなきゃいけない、勝手に使われるようになっちゃいけない。

 風護くんも現場に出ていれば分かるでしょ? 私が使うような攻撃類ゴスキルは、生域の武器よりもずっと簡単に、魂を刈り取ることができる」


 ゴスキルを持たない霊人でも、攻撃用デバイスを用いて時間をかければ霊人を殺すことはできる。生域の素人だって、それなりの凶器があれば人を殺せる。

 しかし、それらにかかる時間や手間に比べ、斗和の【絶断】はあまりにも鮮やかすぎるのだ。ただの一振りで、血飛沫も悲鳴もなく、存在ごと消し去る。

 味方ならどこまでも心強いが。敵であったなら、どれほど恐ろしいだろう。


「そういう力を持った隊員が敵に回ると大勢に危険が及ぶから、私たちは絶対にそれを止めなきゃいけない。だからね、暴力と命の重みを知っている人にこそ、特対群の戦いの意味は分かると思うし、担うに相応しいと思うんだ」

「……はい、ありがとうございます」

「うん、聞いてくれてありがとう。それともう一つね」


 ことん、と。斗和の頭が風護の肩に乗る。

「辛い仕事は、信頼できる人と一緒だから乗り越えられるの。だから君と一緒がいいな、ってのが一番の本音」

 預けられた頭に触れようとする右手を、左手で掴む。仮に、仮に斗和が風護を好ましく想ってくれたとしても、今の風護じゃ到底釣り合わない。


「ありがとうございます、すごく元気出ました。同じ場所で働けるように、必死で頑張ります」

「よく言った、それじゃあ特訓再開」


 斗和と一緒に立ち上がる、会話を見守っていたヤナギンガは〈お、顔つき変わってきましたよ〉とガッツポーズ。

「さあ風護くん、課題変更です」

「はい、トワ先生」

「私が脱走中のゴスキル使いだと思って、逃がさず一撃を入れなさい」

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