#18 青葉の街にて/深山風護

 霊管軍の基本的な目的は、転現したレグマンを保護し、危険なヴァイマンを駆除することである。そのために必要な戦闘を大別すると、以下の3種。

 転現者やヴァイマンを探索する巡視任務。

 活動に不可欠な転移拠点を守る防衛任務。

 その2つを補助するべく、必要に応じて移動し戦闘を行う遊撃任務。

 これらを総合して「霊域通常警備」といい、各地の警備連隊が担当する。


 対になるのが「緊急戦力出動」で、大量発生したヴァイマンを殲滅するための掃討任務や、特殊ヴァイマン・敵性レグマンに対応する特対任務などがある。斗和たちが担当するのもこちらで、通常警備よりも専門色が強い。


 よって霊管軍の実戦要員としてデビューした隊員は、概ね警備連隊に配属される。風護は諸々の適性を踏まえ、接近戦の増える遊撃任務に従事することが決められた。

 日本旅団作戦本部・第5警備連隊・第2警備中隊・遊撃小隊。宮城県は仙台市を中心とする区域を担う、「アオバ52ごふた」と称される部隊が、今の風護の職場だった。



 仙台国際会館。

 川と丘に挟まれた自然豊かなロケーションと、中心市街とのアクセスの両立。「杜の都」という形容が似合う好立地の、ホールや展示場を備えた催事場。

 その屋上に、アオバ52中隊の管轄する転移拠点が設けられている。平坦で生者が立ち寄らず見晴らしがいいという条件から、大きな建物の屋上は転移拠点に適しているのだ。


 その国際会館の付近を巡回しつつ指示に備えるのが、風護たち遊撃小隊の待機態勢。バイマンが寄ってこないうちは、生域の人間を避けることだけ気をつければいいので。

「しかし寒そうですね、生きてる皆さん」

「師走の夜だからなあ」

 目線だけは分散させたまま、同僚と雑談することが多くなったりする。


 霊管4年目のウシゴエモン先輩。実戦任務が初の風護にとって、バディ兼トレーナーに当たる人だ。20代半ばくらいのがっしりした男性、褒めるも叱るも素直なので接しやすい。

「ゴエさんの地元この辺じゃないですか、あっちの大通りでやってるイルミネーションとか見に行ったりしたんですか?」

「言い忘れたがその話はやめといて、クラスメイトへの淡い恋心が破れた思い出の場所なんだ」

「あっすみません」

「ってか変な話でさ、めっちゃ親切な女の子なのにクラスで一番ヤンチャってかガサツな男になぜか」

「やめろって言ったのゴエさんですよね?」


 こうした現場任務では、活動区域に希望を出すことができる。ウシゴエモン先輩は愛着のある地元を選び、風護は地元から離れた場所を望んだ。自分の事情はさておき、地元愛の強い人は割と好きだ。

「まあ、世話焼きタイプは真逆の人に惹かれがちって言うじゃないですか」

「やっぱ母性的なアレなのかもね……ってかお前こそ、あの剣姫けんき様にずっと気に入られてるじゃんかよ」

「斗和さん個人というか、斗和さんたちのいる部隊からですよ」

「けどマンツーで稽古してもらってんだろ? そりゃ使えるゴスキル持ってるから別枠ってのは分かるけどよ、ぶっちゃけクソ羨ましいぞ……一回でいいから隣で話してえよ俺」

 第3特対群を離れた他部隊で過ごすと分かる、斗和の人気は絶大だ。教育期間でもヒロイックな紹介をされていた辺り、運営推しと言ってもいいだろう。

「確かに何度会っても見惚れそうですけど、もうガチめなトレーニングしてるのでそうも言って、」


 喋りながら動かした視線の先、捉えた違和感。

「ゴエさん、あそこ」

 50メートルほど先、道路の真ん中に佇む、生域の人間とは明らかに違う存在感。

「だな、スポットいけるか」

「やります――はい」

 CIPSを介した情報共有は任務中も有用だ。風護が見つけた個体の位置や外見が、分隊員の間で共有される。拠点で待機している小隊長から、すぐに通信が入った。

〈危険性は低そうだ、接近してラコれ〉

「了解です」


 小隊長の指示を受け、先輩が判断。

「フウゴ、お前が先行してラコってみろ。襲ってきたとき用に俺が構えてる。いけるか?」

「はい!」

 風護に実践の機会を与えてくれるのだろう、張り切って承諾。


 怪しい個体を注視しつつ、並足で接近。先輩は2メートルほど空けて、斜め後ろを同じ速度で進む。距離が近づくと、顔面に特有のノイズが走っているのが確認できた。服装は男性用スーツ、デザインは古め。さらに進んでも、そのヴァイマンはゆらゆらと動いたままこちらに反応しない。

 そのまま5メートルまで詰まった、RaCoReSラコレスの射程範囲内だ。音声コマンドで実行に移る。

「RaCoReS、起動」


 霊素配列高速読み取りシステム(Rapid Code Reading System)、略してRaCoReS。CIPSと同じく知覚を補助する汎用ツールで、霊人の状態を素早く分析できる。

 

 2秒間、視線をリーマン風ヴァイマンに固定。ここで読み取った情報が別拠点の担当者へと送信され、思考加速を用いて高速で分析と判定が行われ、現場に返ってくるまで約3秒。

 およそ5秒のうちに、その霊人のステータスが判明した。


「安全ですね、シェアします」

〈危険性:C/制御性:C/回復可能性:C/安定性:C〉というのが総合判定。つまり暴れる心配はなく、かといってレグマン並の思考はできず、手を施してもそれは改善しない。そして不安定ゆえに、そこに留まる時間も短く、逆遷のリスクも低い。

〈確認した、放置して巡回に戻れ〉

「了解です」

 こうした個体は放置する。元人間である以上、危険でもないのに手にかける必要はない。かといって戦力にできそうもないから、助けて帰る必要もない。


「フウゴ、もうRaCoReSはスムーズに使えるな」

「止まってる相手でしたからね、動いてるの相手だとキツそうです」

「視線が外れてもいいのよ、ラボに必要なデータが届くまでフォーカス続ければOK」

 前向きなアドバイスをもらいつつ、しかしこのツールに違和感は拭えない。


「しかし……やっぱり簡単すぎる気がするんですよRaCoReS、仮にも元人間の処遇を決める作業として」


「原理は習ったっしょ? ラボの専門チームが、思考を100倍とか200倍とかに加速して検討してから現場に答えてるんだって」

 思考加速、訓練を積んだうえで特定の設備があれば可能らしい。なおその疲労感は解除後に一気に来るという、つまり100倍速をこなせるのは異常な頭脳の持ち主たちだ。

「それは本当に凄いとは思いますよ。ただ、元も人格に戻せるかもしれない霊人を置いていくのって気が引けるんですよ」

「気分は分かるけど、俺らの目的は人助けじゃないのよ。生域の治安を守る、そのための人手を確保するのが目的。隊員の安全性が高まるような手段は全部取り入れた方がいいじゃん」

 実際、RaCoReSを導入することで警備任務での殉職リスクは大幅に減ったという。「駆除か保護か保留」という判断は危険を伴いやすいのだ。

「それにフウゴこそ、暴れなくてもヴァイマンは全部処分すべしってなるもんじゃないの?」

「俺こそ……えっと、なんでです?」

「いやだって、」


 そこで小隊長から通信。

〈巡回中の分隊、西Bへ集合!〉

「行くぞ」

「はい!」

 気になったが話は後だ、指示のポイントへ駆け足。

〈要救助者を連れた巡視を群れが追ってる、迎え行くぞ〉


 巡視小隊が転現者を発見し、転移拠点まで連れていくところで、ヴァイマンの集団に襲われた。よって遊撃小隊は彼らと合流し、ヴァイマンを食い止めつつ転現者を拠点へと連れていくのだ。急ぐ風護へ、小隊長から指示が飛ぶ。

〈フウゴ、ゴスキル用意。バテない程度にガンガン撃ってけ〉

「はい!」

 熟練者は、自らのゴスキルを瞬時に発動することができる。しかし多くのゴスキル使いには、ある種のルーティーンによる誘導が必要だ。そして、風護が見つけた誘導方法は。


「護れ、風護!」


 自分自身を鼓舞する叫び、である。普通に考えれば恥ずかしいのだが、これが一番合ってしまうのだから恥ずかしがってもいられない。実際、これを見て笑う人もいないのだ。

 ――ともかく、その気合いがトリガーとなって、右手にトンファーが呼び出される。自ら【護風棍】と名付けた、この戦場での相棒だ。


「フウゴ、スポット見えるな」

「いけます!」

 オシゴエモン先輩の選んだターゲットが、CIPSを介して共有される。転現者を背に庇う巡視隊員へ、同時に迫る二体のヴァイマン。先輩は左の敵を盾で突き飛ばす、風護は右のをゴスキルで吹き飛ばす。その敵へ、後続の隊員が射撃デバイス・マルガンで攻撃する流れだ。


「吹け、」

 射程、タイミング、ともに良し。気合いを込めて、敵だと決めた元人間へと狙い定め。

「エアギス!!」

 回転する棍から巻き起こった突風が、やけに小柄な人型を転倒させた。

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