2-1 新天地の軌跡-新兵ミヤマフウゴについて-
#17 クロナギ中隊の採用会議/オシムラマンジュウ
日本旅団・作戦本部・第3特対群・第1機動中隊、通称クロナギ中隊。
霊人解放同盟や霊管軍からの離反者など、ゴスキル使いとの戦闘を主眼とする3特対において、戦地に急行しての制圧を担う中隊の一つである。
そのクロナギ中隊は現在、岩手県某所の廃校を拠点としている。かつて教室だった部屋に呼び出されたオシムラは、待ち合わせ5分前に到着して机に腰掛けていた。生域から投影されている椅子は引けないため、このマナーの悪そうな座り方が通例となっているのだ。ゴスジェの椅子も部屋によってはあるが「プロジェに座れるならええやん」という方針で大半の教室には置かれていない。
ほどなくして会議相手、1人目。
「よっ」
「おつです」
オシムラの属するトワール分隊の隊長、ヒデレッド。日常的に顔を合わせる直属の上司、まあ慣れている。
気楽に雑談に興じているところに、2人目。
「はいお疲れ」
「お疲れ様です」
そのトワール分隊の属する
ほどなくして3人目。
「お、来てるね~」
「お疲れ様です!」
起立して敬礼する一同に手を振る彼女は、同小隊の属するクロナギ中隊の隊長、ドクタークミホ。約100名の隊員を預かり、敵も味方も曲者揃いな作戦を仕切る、日本旅団きってのエリート指揮官である。
「はい座って、みんな時間作ってくれてありがとね」
そんな大幹部でありながらも――という逆接が適切かはともかく、極めて癒やし系の美人である。享年は20代前半、清楚で華奢な出で立ちからふんわり滲む母性、オシムラにも一時期ガチ恋しかけていた苦い記憶がある。指揮下で働くと仕事ぶりに対する尊敬へと変わったが。
「じゃあ早速、マンジュウくんから報告をお願いね」
――けど今も、対面すると結構嬉しい。声めっちゃ綺麗なんだよな。
「かしこまりました、それではミヤマフウゴの状況について説明いたします」
しかし今は部下として、しっかり働かねば。
「彼が転現し3ヶ月ほど。私が何度か面会したときの印象や、彼と接したスタッフからのヒアリングを踏まえますと……霊管の一員としての育ちぶりは非常に順調、というのが率直な感想です」
ミヤマがこの中隊の未来のチームメイトとして相応しいか検討せよと、オシムラはこの上官たちから指示されていたのだ。トワは感傷的すぎるしキヨノエルは経験が浅く、ヒデレッドは霊管理験が長すぎて生域らしい感覚に乏しい。立場や経験を考えるとオシムラが適任だった。
「アケビモエカ追討作戦や、ヤナギンガ研究員とのゴスキル実験でもみられたように、霊胞の運用能力は初期段階から高水準でした。その後の教育段階においても、フィジカル系の課題はほとんど初見で突破したそうです」
他の転現者のやる気に響くので途中から隔離したと、担当教官は呆れ顔で話していた。
「対する座学も優秀だったそうです。高校卒業前ということで一般常識にはやや疎かったですが、霊域にまつわる知識の吸収は非常に早く、質問も積極的だったとのこと」
「そう、知識欲の旺盛な子でした」
ヒデレッドからも補足、クミホ中隊長も「いいじゃん」と楽しげだ。
「そうした適性や本人の意向も踏まえ、軍の戦闘部門への配属はスムーズに決まりました。今は第5警備連隊、仙台の拠点で遊撃やってます。こちらでの働きも高評価、クロナギとの自主練にも積極的に――こちらが心配になるほど積極的で、能力の伸びは目覚ましいです。ただ、」
資料を切り替える、本題はここからだ。
「ただ問題は情操面ですね、あまりにも利口すぎて本心が見えてこない。ため込んでいるはずの不満や悲しみがどこへ向かおうとするのか分からない……という声はいくらか聞こえました」
普通の転現者は、自分が死んで元の世界に帰れないことを嘆き、霊域というフィールドにもストレスを感じる。それは自己の人生を尊ぶ感情の裏返しなのだ。
その点、風護は霊域への適応がスムーズすぎる。あるべき感情が見えてこないと違和感を抱くのも無理はない。
「闘病が苦しかったとか、苦悩に耐えかねて自死した転現者にはみられる傾向だけど……他殺による急死でこれってのは、確かに不自然か」
モリノブ小隊長もしゃがれ声で同意、それに頷きつつクミホ中隊長はオシムラを見る。
「マンジュウくんからしたら、ちょっと思うところがあるんじゃない?」
――やっぱりこう来るよな。それなりに忙しい中隊長が、わざわざ対面の会議をセッティングした理由。
「正直に言って非常にシンパシーですよ。死んだ後になっても死に場所を探していた昔の俺を思い出します」
「だよね、つまりは」
「強い愛情や執着を捨てきれず、それが叶わないために自己否定に走る。自分の感情に尊ばれる価値はなく、ゆえに自分の意味は他者に必要とされることであると思い込む」
「それが煮詰まると、自己犠牲を緊急手段ではなく目的として意識してしまう」
「ええ。そしてそうした心理は利他的な結果を生まない、むしろ仲間を危険に晒します」
特対群に入る前、オシムラとクミホはゴスラボで出会った。壁役としての戦術を検討する中で「ミスっても俺が死ぬだけなんで」が口癖になっていたオシムラを、クミホは根気強く叱ってくれたのだ。
みんなで生きて帰ろうと願うチームを、あなたを死なせまいと励む仲間を、簡単に侮辱するなと。
「あなたが叱ってくれた俺の悪癖です、ミホ姉」
あえてプライベート寄りの呼び方にしてみると、彼女は柔らかな微笑を浮かべる。
「今度は君が導いてあげる番だからね、マンジュウくん」
「励みます、ただ……」
オシムラは資料を切り替える、ミヤマが生域で死亡した事件について。
「こんな目に遭ったら、自分の感情を値下げするしかないって思っちゃいますよ」
ミヤマは誘拐されかけている女性を助け、その犯人グループに殺された――という本人の証言がほとんど事実であることは、霊管側でも確認している。霊管には霊人の記憶にアクセスする機能があり、必要と判断されれば本人に伏せたまま実行できるのだ。
しかし逮捕された男3人はミヤマによる痴漢行為が発端だと主張。同行していた女もそう訴える動画を投稿。加えて、ミヤマが助けた女性も警察に連絡を取っていないため、ミヤマの死は自業自得であるという印象が少なからず拡散されてしまった――というのが、ミヤマの知っている事件の展開だ。
「あの女、確かに迫真の演技だし、何も知らずに見たらそうかもって私も思いそうだけどさ……」
クミホには珍しい、嫌悪感を隠さない口調。
「殺された未成年に対する、なんの検証もされていない告発だよ? あんな勢いで広まっちゃうの、令和のネットユーザーのリテラシ-どうなってるの?」
上官の疑問を受けて、モリノブ小隊長がオシムラに問う。
「オシムラなら分かるかな、この感覚」
「そうですね……特に性被害が絡んだ場合、女性の主張を疑うのは悪である、みたいな空気は強かったように感じます」
俺に関しては何もせずとも、同じ空間に居るだけで非難されていましたが――とか言い出すと長くなるので割愛。
「私だってすぐ信じてもらえなかったときは悲しかったけどさ、」
クミホは生前、新入社員だった頃にセクハラを受けており。
「こんな、騙した者勝ちみたいな空気になったらさ。助けようって関わることすらリスクになるでしょう。それが正しい訳はないよ」
そのときに解決に協力してくれた先輩社員と結婚した――という話はなんとなく聞いている。そうした経験からは他人事と思えないのだろう、そもそもがロジックを重視する人でもある。
「そう思った人間があちらにも居たようで……ここからはトワが
オシムラは資料のページを進める。
「学友――退学前に通っていた学校の友人たちが、目撃者を探すビラを配り出しました。その甲斐あってか、攫われかけていた女性が名乗り出ました。結果、ミヤマの名誉は回復され、虚偽の主張をした女も告訴中だそうです。
ただミヤマは『生域の自分について、一切の情報を知らせないでほしい』と要望していたので、この話も届けられず行き詰まりです」
「……まあ、生域の自分を切り離して、霊域でゼロからやり直したいって気持ちは分かりますよ」
モリノブ小隊長のコメント。彼の生前は聞かされていないが、あまり幸福ではなかったらしい。
「まずは警備連隊での活躍を見守りつつ、折をみて生前にも向き合うよう促す、という流れで良いのではないでしょうか。トワール分隊に入れるか検討するにも、ある程度の実績は必要ではないかと」
レアなゴスキルを持った人材は、重要な部隊へ回されるまでのペースが格段に早い。それを踏まえても、今から当然視するのは早すぎないか……とモリノブ小隊長は言いたいのだろう。
「基本的にはモリノブさんの言う通りです。ただ、ミヤマくんについてはもっと特別扱いする必要があってね」
クミホの声色が変わる。優しく面倒見のいいリーダーから、ゴスキル専門家としてのドライさが覗いてくる。
「つい昨日、エスペルくんがまとめてくれた調査結果です。簡単に言うと、解放同盟の干渉パターンが変わってきたため、トモエトワールの制御が乱れるリスクが上がりました」
霊域では汗は流れない、しかしオシムラの背には冷や汗が伝ったように思えた。
「その措置として、ミヤマフウゴをトモエトワール制御要員として育てておきたいのです。彼のゴスキル『
日本の霊管に革命を起こした異才の推察、それには相応の意味がある。
「ミヤマは『絶断』の移植先候補として、充分に検討に値します」
――おいミヤマ氏、とんでもない注目浴びちゃってるよお前。
クミホ中隊長の資料を無言で睨みつつ、オシムラは緊張と昂揚に震えそうだった。
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