#16 ゴスキル・レビュー/深山風護

 一息ついた後、風護は先ほどの訓練について説明を受けていた。

「じゃあなんですか、俺は先輩方のドッキリにまんまと引っかかったってことですか」

 棘を隠せなかった風護の問いに。


「心理的な負荷をかけるのはゴスキル開発の基本だからね」

 ヒデレッド隊長は淡々と説明。

「ガチで痛くさせたり触ったりとかはしないってのは決めてたで」

 オシムラは手を合わせつつ補足。

「だからっていきなりこれはハードすぎたよ、風護くんほんとに、ほんっとにお疲れ様」

 斗和はじっくり労ってくれた。

「はあ……すき……」

 キヨノエルはコアラの如く、斗和の背中に抱きついて充電している。すり合わせ済みとはいえ、気の乗らない役回りだったらしい。


 CIPS上の風護に見えないチャンネルで、彼らはずっとチャットを交わしていた。風護に本気でオシムラを止めねばと思わせるため、オシムラがキヨノエルへのセクハラを狙っているよう演出されていたのだ。オシムラの下品な言動は演技だし、キヨノエルはわざと下手に逃げていた。そもそも彼女は反撃や応戦が不得手なぶん、敵前から高速で離脱する技術には磨きをかけているという。


「しかしミヤマ氏、動けるだけじゃなく戦闘の勘も働く子よね。咎めてほしい隙をちゃんと咎めに来る」

 オシムラに褒められ、風護は先ほどの組手を思い返す。

「隙……あの安易なジャンプとかですか」

「そ、ああいうの派手だけど実戦じゃリスキーすぎるからね。あえて撃たせるために見せつけることはあるけど」

「じゃあ、ひたすら突進を繰り返してきたのも誘導ですか」

「そう、君の全力が俺に当たることが大事だったからね。ゲームでもいるでしょ、バトルの基本を教えてくれる序盤の中ボス」

「なるほど……気持ち悪さも含めてその辺のキャラですよね」

「あ? よく覚えとけよ新入り」


 二人の言い合いに、斗和はクスクスと笑っている。

「良かったねマンジュウ、話合うでしょ風護くんと」

「まあオタク同士だからね」

「……フォカヌポウ」

 それから何度も話すうち、生前のオシムラが遊んでいたゲームの続編に風護も馴染んでいた、という例がいくつも見つかった。結構羨ましがられた。


〈はい、ひとまず解析まとまりました〉

 実験をモニタリングしていたヤナギンガ研究員が、CIPSで資料を共有してくれる。白衣姿でいちいち眼鏡をクイっとさせるあたり、そういうキャラ付けを楽しんでいるのだろう。

〈まずは先日の転現直後にもみられた、突風の発生。見立て通り、トンファーの回転に伴って発生していますし、シェル傷害性はありませんでした。補助類・妨害系・フィジカル干渉群・風圧発生、といったところかな〉

「あの、質問いいですか」

〈はいミヤマくんどうぞ〉

「俺の風圧で人の体……霊胞に干渉できるなら、ゴスキルによる攻撃を逸らしたりもできるんですか?」

〈いい質問ですねえ! しかし真面目に答えるには専門知識と長い尺が必要なので、できるかもだからまた実験しましょうってとこです。ここで無理させるのも違いますからね〉


 飛び道具への迎撃に使えれば相当に有用だろう、ひとまず今後に期待。ヤナギンガの報告は続く。


〈次に今回初めて確認された打撃について。ミヤマくんがオシムラさんの脇腹にトンファーを当てたとき、確かにシェル傷害性が検出されました。攻撃類と判断していいでしょう〉

 どよめく一同、結構驚いているらしい。

「あの攻撃類って、ヒデレッド隊長と斗和さんが持ってるのと同じですよね?」

 風護の確認に、オシムラが答える。

「攻撃類ってのは本来レア枠なのよ。そもそも少ないゴスキル持ちの中でもさらに限られてるから珍重される、半分もいるこの分隊が特殊すぎるのよ」


 ヒデレッド隊長が話を引き継ぐ。

「そして他の類とセットなのはさらに珍しいね。僕は後からの訓練で妨害系も使えるけど、最初からハイブリッドってのは国内で数年ぶりとかじゃないかな。燃費を考えると実戦的かは微妙だけど」

「ですね、あれ打ったときめちゃくちゃ疲れました。斗和さんみたいには無理そうです」

「トワちゃんみたいにとか気安く言わないで」

「あっはい」

 キヨノエルは斗和の話になるとすぐに割り込んでくる、推しをパブサしまくるオタ垢かよ。


 加えてヤナギンガは、別のデータを見せながら語る。日本旅団所属の攻撃類ゴスキルのランク表だ。

「むしろトワさんと張れるアタッカーを探す方が難しいですよ、見てくださいこのぶっちぎりトップな火力。『絶断ぜつだん剣姫けんき』の名は伊達じゃありません」 

「むう、恥ずかしい二つ名を……」

 斗和の不満顔に、風護は思わず大声。

「いやめっちゃ格好いい名前じゃないですか!」

 

 途端、盛大に笑われてしまう。

「やっぱ根っこがオタクっしょミヤマ氏!」

「そのままお返ししますオシムラさん」

「というか厨二だよ」

「言い返せませんが隊長もそうでは?」

「私としてはトワすなわち永遠というワードを入れ込むべきとファンクラブを通して何度も」

「ノエルさん分かった、分かったから」

 

 一通りわちゃついた後、先ほどの訓練の流れについて風護から質問。

「ところで隊長、俺が攻撃類を出せるって見込みがあったんですか? それ見越してオシムラさんに突進を続けさせたのかと」

「攻撃類かは分からないけど、形状が鈍器なら打撃にも意味があるんじゃって勘はあったね。後はデータ取ってたヤナギさんも似た印象だったし……けどまさか1回で成功させるとは思わなかったよ」

「え、何回ぶつかり稽古させる気だったんです?」

「言っても2、3回くらいかな、あんまり時間かけても蛇足だし。けどトライさせるならメンタル追い込んだ方が効率いいでしょ」

「効率……」


 この隊長、可愛い小学生の見た目して考えることがシビアというか……

「ねえヒデくん、そろそろ風護くんにも引かれるよ」

「そんなことないですって斗和さん、サイコっぽいとか全然」

「言ってるじゃん」

「まあ無理もない、霊管に適応するってのはこんな感じだよ」

 涼しげに言う隊長。生域よりも霊域で過ごした時間の方が長いからか、人を兵器とみなす感覚が根付いているのかもしれない。


「けど格好いいなあ~風護くん。やるときキッチリやれる男の子、お姉さんますますキュンと来ちゃったよ」

 やはり直球で褒めてくれる斗和。その背後からキヨノエルが睨んでくるが、とりあえずスルーしつつ。

「ありがとうございます、斗和さんが生前の話聞いてくれたおかげですよ」

「うん……やっぱり、学校でのこと思い出すの辛かったかな」

「まあ、多少は」

「だよね、よく頑張ったね……その、部外者がこんなこと言っていいかは分からないけど」

「聞かせてください」

「うん。あの痛みがこの力になってみんなを守ってるんだって、いつか前向きに思い出せたらいいなって、私は願ってます」

 いま斗和さんが褒めてくれるだけで十分です――という本心を言うと、確実に気持ち悪いので。


「そう誇れるように頑張ります、それまで応援してもらえたら」

「任せなさい、スパーリングも歓迎だよ!」

 そう晴れ晴れと笑う彼女を見つつ、ふと疑問に思う。


 ゴスキルが経験や人格を反映する技能であるならば。

 絶大な威力の刀剣という、殺傷に特化したゴスキルにつながったのは。

 斗和の人生の、どんな痛みなのだろう。



 その翌日、新規転現者たちの共通導入教育に入ろうとしていた風護に届いたニュース。

 生域で風護の殺害・死体遺棄に関与したとして、3人の男が逮捕された。彼らは警察に対して「その少年は連れの女に突然抱きついてきた。逃げるところを取り押さえようとしたとき、転ばせてしまい死んでしまった」と証言。

 同日、その女が涙ながらに証言する動画がネットに公開され、SNSを中心に大きな反響を呼んでいた。


 これを機に風護は、生域での自分に関わる情報の一切を知らされないよう、総務局に要望を出した。自分の居場所は霊域だけだと心に決めた。

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