#15 まだ息絶えない暴力の根拠/深山風護
「嫌なんだよ、あの人」
中三の帰り道。風護と仲の良かった男子について、
「あいつ……この前に一緒に遊んだとき、結構いい感じじゃなかった?」
「あのときはね。けどそれで勝手に仲いい判定されたのかな、風護のいないときにもやたら絡んでし。胸ばっかじろじろ見てくるし」
「……マジか、クソ」
風護からすると特に悪いところの思いつかない、陽気な彼を思い出す。実風への態度はムカつく、かといってすぐに距離を置けるほど薄い関係性ではない。
「まあ、風護が一緒に過ごすのは別にいいけどさ。私は今後は一緒に会ったりしないってのと、他の女子にもそういうことしてたら注意してあげなよ」
「分かった、その方があいつの為だしな……後ごめん、この前は誘って」
「それはいいよ、こっちの女子も乗り気だったし。風護の友達と仲良くできたら良いとは、私も思う。ただね、」
幼い頃から変わらず。風護の世界に誰よりも深く太い線を引く、彼女の声。
「どんな仲良くなっても、素敵な人でも、触れたり見つめたりしてくる男は嫌だよ。風護だけだよ、それを許してる男はさ」
その言葉を愚直に信じて。
他人の分際で実風の肩を抱いた同級生を、この手で押しのけて、風護は人生を壊した。
だからきっと、守らねばという衝動的な使命感は、賢明なものではない。
よりスマートに、理性的に、支持され得る手段で以て、為されるべき善行なのだろう。
それを痛いほど思い知ったからこそ。
この魂は、傷つけずに止める力を望んだのだろう。
あるいは。傷つけてでも守らねばと思い切れてしまうのが、風護の魂の形なのだろうか。
*
「こいつ、」
逃げるキヨノエルと、追うオシムラを前に。
確かな予感を以て、風護はイメージを練り上げる。
「止ま、」
突き出した手に、確かに硬い感触。
「れっ!!」
オシムラの脇腹に、トンファーの先端が直撃。彼は衝撃に押されるように――いや、受け流すように奥へステップ。効いている気配、無し。
「やるやん」
オシムラは楽しげに飛び跳ねてから、再び駆け出す。やはり打撃じゃ無理だ、あの風を――そうだ、トンファーだから。
「回せ!」
ヒデレッド隊長の指示、風護の思考と同着。トンファーの真価は、突き出た柄で殴るときではなく、回転の勢いを長い柄に乗せたときにこそ発揮される。そのためには必要なのは、握りを調整するタイミング。武術を学んでいても難しいと聞く、生前の風護にできるはずはない。
しかし、霊域の風護なら。
「「行けっ!!」」
自分と全く同時に響いた誰かの――きっと斗和の、叫びに後押しされて。右手はフック気味に打ち出され、緩められたトンファーの柄は大きな弧を描き。
「――そこ」
その軌道に煽られたようグリーンの靄が噴出、突風となってオシムラへ直撃。
「おっ」
オシムラは踏ん張りつつ、それでも2メートルほどズルズルと後退。効いた、確かに。
「やり、」
ましたよ――と隊長たちへ叫ぼうとしたが。
「まだっ!」
オシムラは跳躍して迫ってきた、いきなりで面食らった。しかしそれは愚策だとすぐに気づく。
「墜ち、」
安易なジャンプ攻撃は対空の餌食、格ゲーの黄金則である。そもそも風護の武器は風圧、バランスの不安定な空中こそ弱点だろう。
「ろっ!」
予感通り、オシムラは体勢を崩して落下。これは確実に一本取っただろうと、ヒデレッド隊長たちに手を挙げると。
〈実戦形式だ〉
その隊長からチャットで指示。
〈どっちかが倒れるまで続けろ〉
「……は?」
呆然とする風護の背後。
「最悪……」
キヨノエルも呻いている。
「いいことを教えてあげよう、少年」
立ち直ったオシムラが、傲然と語りかける。
「ゴスキルってのはRPGの魔法、格ゲーでいうゲージ消費技でね。バカスカ撃ってると消耗すんのよ」
知ってる、だって今そうなってるし――と返す余裕もない。たったの2発で、風護は明らかな疲労を覚えている。
「そしてMPの削り合いになればレベル差が効いてくる、だったら新人に勝ち目はないわな」
勝利を確信したような笑みで、オシムラはまたもや突進の構え。
「調子に乗った新入りへの罰よ。寝取られ気分、しっかり味わいたまえ」
「待って、やめて!!」
キヨノエルの悲鳴も虚しくオシムラは動き出す、風護の中で何かが弾ける――もう、傷つけずにとか、気にしてる余裕じゃない。
妨害だけじゃ足りない、攻撃を。ここが異能力者たちの軍隊なら、そして相手が耐久特化型なら、それくらい許される――むしろそれくらいが丁度いいだろう。
握りを緩めてトンファーを回転させつつ、インパクト直前に締める、そのリズムを脳内で刻みつつ。
突っ込んでくるオシムラに対し正面から脇腹を打つ、だとタイミングが難しいか。剣道の抜き胴の要領で、すれ違いざまに前側を狙おう。風護はさっきから左回転の打撃を続けていた、なら最後は右回転で。
敵を見据える。まだ早い、もう一歩――ここ、右に避けつつ腰を左に捻る。
「終わ、」
体を戻しつつ右手を打ち出す、得物の描く弧をオシムラの脇腹に重ねる。
「れっ!」
直撃。さっきとは全く違う異質な手応え。尊ばれるべき何かを削り取る、嫌な感触。
反動。風を撃ったときの比ではない、猛烈な疲労感。これ以上はとても無理だ、と膝をついた瞬間。
「――ヒット、
打たれたオシムラが挙手しつつ宣言。
〈そこまで〉
隊長からチャット。
「……えっと?」
唐突な幕切れに戸惑う風護に、背中からキヨノエルが触れる。
「じっとしてて、応急処置です」
「あ、はい」
彼女の手を中心に、疲労が解れていくような感覚。それに安堵しつつ、屈んできたオシムラと目を合わせる。
「いきなり追い込んですまんな、けど大成功よ」
……とりあえず、また騙されたらしいことが分かった。
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