#14 エスコート作戦/深山風護
「よし、じゃあまずは撃ってみようか」
ヒデレッド隊長の指示に従って、あのときの感情を思い出してみる。
〈身振りとか掛け声とかがトリガーになるってのも多いので、形から入るのもアリですよ〉
ヤナギンガ研究員のアドバイス。確かこう、腰を捻りながら右手を引いて……トンファーの感触と突風の様子を思い描きつつ……
思い切り振り抜く!
「はあっ!」
しかし何も起きなかった。
トンファーは出てこない、風も起きない。さすがに恥ずかしすぎる――と思いかけたが。
「ナイストライ!」
「まずは勢い大事だからね~」
ギャラリーの先輩たちからは温かな励まし。初心者に優しい職場である。
〈やっぱり襲ってくる存在ってのがキーですかね〉
ヤナギンガ研究員の提案に、ヒデレッド隊長は頷いて。
「マンジュウ、ぶつかり稽古!」
「うっす!!」
オシムラを風護の正面に立たせ、ヒデレッド隊長は風護に説明。
「今からマンジュウがミヤマくんに突進する、彼を吹っ飛ばすつもりで撃ってみるんだ」
「俺は日本最強
オシムラは腹を叩きながら宣言、では遠慮なく。
「よーーーい、」
約10メートル先のオシムラが、駆け足用意の体勢に。
「どんっ!!」
腕をぶんぶんさせながら突っ込んでくる彼は、紛れもなく脅威であり。
「止ま、」
ゆえに風護は、守ってくれと強く念じつつ、先ほどの動きを繰り返し。
「れっ!」
突き出した右腕は、マンジュウの腹にめり込んだ。
「あっ」
「ナイスパンチ」
にこっと笑ったオシムラは、風護の右腕を、続けて左腕を掴み。
「よっ――ぐるぐるぐるぐる」
ハンマー投げの要領で振り回し始めた。
「え、あの、」
「ぐるぐるぐるぐる?」
平衡感覚が生域と違うからか、気持ち悪さこそないものの、これは投げられるに違いないので恐怖である。
「おろして、」
「ぐるぐるぐるぐる?」
クイズだろうか、ひとまず浮かんだCMを答える。
「グルコサ、」
「ブー」
手が離される、すぽーんと風護は宙を舞う。
「ぎゃっ」
「はいレスキュー!」
そして抱きかかえられるようにキャッチされた。誰が助けてくれたのかと思ったら、投げた当人のオシムラである。
「えっと……投げてからダッシュで追いついたんですか?」
「そう、見かけによらずスピードもいけるのよ俺」
「それはいいんですけど、俺のことオモチャにしないでくださいって」
案の定、ギャラリーにはめちゃくちゃ笑われていた――斗和の大笑いが見られたからまあいいか。
「ちなみに正解はなんですか」
「グルタミン酸」
「旨いこと言えって話か……」
それから2回ほど同様にトライしたが、やはり不発。風護はヒデレッド隊長に訊ねられる。
「もう聞いたかな、ゴスキルってのは経験や人格と深く結びついた能力なんだ」
「ええ、ヤナギンガさんから聞きました」
「トンファーで風を起こすってのは、何か心当たりある?」
「トンファーはすぐに分かるんですよ、やってた格ゲーで使ってたキャラの武器なんで」
「そのキャラ、風を使う必殺技とかは?」
「ないですね。俺の風護って名前は風が護るって書くのと……」
どちらかというと突風という現象より、人を傷つけることなく動きだけを抑止する用途が肝要なのだろう。大事な人を守るためとはいえ、衝動的な攻撃で大怪我を負わせてしまったのは、苦すぎる記憶だ。
――という解釈をどう説明しようかと迷っていると。
「人を守ること、なんじゃないかな。風護くんのコアは」
風護の心を読んだかのように、発言したのは斗和だった。そういえば斗和には話していたんだった、退学の経緯。
「ああ……あいつのときもそうだったね、じゃあ」
ヒデレッド隊長は周囲に目配せ、キヨノエルが顔をしかめる。
「あれね、高速で文章作って伝えてるの。CIPSに慣れた人って思考と同時にできたりするから」
斗和が教えてくれた。
「便利ですね……事務作業とかすごい楽になりません?」
「ところがそうでもないよ、君もいずれ知ることになるであろう」
「はいミヤマくん、次の説明するよ」
ヒデレッド隊長からお達し。
「トワの推測に基づき、護衛を模したシチュエーションで実験します」
「了解です」
「守らなきゃいけないのはキヨノエル、分隊ではサポートに徹しているから格闘は不得手だ」
「はい」
「竿や……暴漢役は引き続きオシムラだ」
「いま聞こえちゃいけないワード聞こえましたよ」
「失敬、まあそういうムードだと思ってくれ」
まず風護はオシムラに目を向ける。
「いいんですか不名誉な役で」
「制圧訓練の不審者役で名を馳せた俺を舐めないでくれたまえ」
「ええ……はい、頑張ります」
続いて、嫌そうな顔をしているもう一人。
「あの……キヨノエルさん、納得してないですよね」
「守られたいって思うのはトワちゃんだけなので」
「ノエル頑張って」
「……まあ、私もこうみえて先輩なので!」
やる気を出したらいい。斗和の一声、である。
そして実験のために移動する最中、CIPSのチャット欄に通知。キヨノエルからだ。
〈私、男性は恋愛対象じゃないので。距離感には配慮を願います〉
口頭では言いにくかったのだろうと思いつつ「了解です」とだけ返す。仲間との訓練とはいえ男性に迫られるの、いい気持ちはしないのだろう。
――という心配とは裏腹に、ヒデレッド隊長は。
「訓練だからこそ真に迫らないと意味がないからね、マンジュウは本気でキヨノを触りにいいけ」
「うっす」
「ミヤマくんは本気で守れ、大事な妹だと思って」
「……はい!」
やはり軍隊か、こうした引き締めは厳しい。
背後のキヨノエルとの距離を確かめつつ、意識を整えると。
「え?」
今度はオシムラからチャットだ。
〈ちょっと先輩に気を利かせてさ〉
〈一回、ラッキースケベやらしてよ〉
「ちょ、」
オシムラの真意を確かめるべく、声を上げかけたが。
「っしゃああ!!」
彼はもう突進を開始していた、さっきよりも速い。風護はオシムラからキヨノエルへの動線をブロックするように構えたが。
「邪魔っ」
風護の引いた右腕は、突き出される途中でオシムラに掴まれる。引っ張られて体勢を崩した風護は、土に手をつきながらオシムラを目で追う。
オシムラはキヨノエルの居た位置へ抱きつくように突っ込んだが、彼女は間一髪で避けていた。狙いが外れたオシムラは、俊敏すぎるターンを経て、体勢が整っていないキヨノエルを追う。この繰り返しではキヨノエルが捕まるのは時間の問題だろう。
「やだ、」
嫌悪と恐怖を顔に浮かべ走るキヨノエルを。
「おらおらぁ!!」
追うオシムラの表情は、職務で求められた嫌悪感を煽るように――否、職分を悪用しての嗜虐心を噛みしめるように、野卑に歪んでいた。
オシムラの本心は読みきれない。訓練上の演出かもしれないし、本物のクズなのかもしれない。前者であってほしい、けど後者であったなら。この場で止められるのは、風護だけである。
「クッソ、」
再びオシムラの突進の前に飛び込みながら。
今もなお自分を駆動する忌まわしい記憶が、風護の脳内を駆け巡った。
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