1-5 力への衝動-ゴスキル発現実験-

#12 ゴスキル入門レク/深山風護

 それから2日間、風護ふうごはツヤマをはじめとするスタッフに案内され、霊域での過ごし方を覚えていった。生前とはあらゆる面で違うようで、意外な共通点もあったりした。


 まずこの体、つまり霊胞に食事は必要ない。しかし活動には霊熱というエネルギーが必要だ。

 大気中の霊素を呼吸で取り込み、霊胞内で霊熱に変換する。この経路を回す、いわば代謝能力を霊熱産生能力といい、それが欠乏したときの感覚は空腹に似ている。

 このスタミナを補給するためには、口の中へ噴射するスプレーのようなアイテムを使うのだが、それらには多彩な香りフレーバーとしてついているのだ。どうも霊域では味覚よりも嗅覚の方が再現しやすく、食べられないなりに食事の楽しみを思い出してもらおうという試みらしい。風護は「家系ラーメン」「生姜焼き」あたりに好みを刺激されて、それから猛烈に食べたくなって落ち込んだ。


 また、いくら霊熱を補給し続けても、霊胞での活動を続けていると様々な不具合につながりやすい。つまりは生前と同じく眠る必要がある、ただ実態は電子機器のスリープモードに近い。専用のカプセルの内部で、眠るのも目覚めるのも外部から誘導され、自分の意識がない間に諸々のメンテナンスが行われる。強烈なディストピア感だ。

 ただ人為的な調整おかげか、目覚めたときの爽快感は格別だった。生前は質の悪い睡眠が続いていたせいかもしれないが。


 加えて重大な注意事項、生きている人間に近づかないこと。

 生域と霊域で「人間が重なって存在する」状態は、世界にとっての重大なエラーであり、霊人はその反動を受けやすいらしい。多くの霊人は霊胞の機能に障害が出る、あるいは消滅してしまった例も確認されているため、霊管関係者は人通りや交通ルートを避けることを徹底している。


 という背景から、霊人が市街地を動きやすいのは夜間。日中に活動するときは人気のない場所を選んでいる。奇しくも、生域の人間が幽霊に持つイメージと部分的には似通っているのだ。



「けど生域の人間って、霊人とか霊域のことは知覚できないんですよね?」

 転移の準備が進む中、風護は周りのスタッフと雑談していた。

「明確に証明された例はないけど、偶然合っちゃうことはあるのよね~」

「ほら、誕生日とか命日とか、ついついゆかりの場所に行っちゃうじゃん。そうするとあっちの関係者も来てるから、ちょっと距離置きつつ見守ってみたり」

 見た目でいえば性別も年齢もごちゃ混ぜな一団が、がやがやと話に乗ってくれる。独特な賑わいは、早くも風護に馴染んできた。


「お盆の外出許可とか争奪戦ですからね、解放同盟はそこ狙ってきたりするし」

「死ぬ気で迎え盆のフリータイム獲ったのに誰も来なかったおじさんの悪口はやめなさい」

「それめちゃくちゃ暑かったからじゃないの? 最近の夏は35℃とか余裕で超えてくるらしいじゃん」

「よく生きてるよね今の人たち……」


 あれこれと話が広がりつつ、風護の事情にあまり詮索してこない。生域の様子を見に行く気になれない風護としては、その距離感もありがたかった。



 いま風護は、ゴスキルを調べる場へ転移するべく、カプセル型の装置に仰向けに横たわっている。せっかく芽生えた能力なのだから知るのが早いのに越したことはないだろう、とヒデレッド隊長からの提案されたのだ。斗和からも「体動かした方が楽しいんじゃない?」と後押しがあったので、風護も乗ることにした。


「じゃあミヤマくん、そろそろ転移を始めます」

「はい、お願いします」

 転移、霊域の便利機能の一つ。出発地と目的地で霊胞の設計図を共有し、分解と再構成を同時に行うことで転移となる――というのが、ざっくりした原理らしい。メリットは距離を選ばず短時間で移動できること、デメリットは妨害や事故によるダメージが大きいこと。ゆえに安全で整備の行き届いた装置の間でのみ実施可能で、短距離であれば乗り物を使うことが多いそうだ。


「意識が遠くなる感覚があるけど、危なくないからリラックスして」

「寝るときみたいな気分、でしたね」

「そうです、では行ってらっしゃい!」


 スタッフたちに見守られながら目を閉じる。言われたように眠気が近づき、それに身を任せ、浮遊感とともに意識が落ち――


「はい、ようこそ~。まだ動かないで」

 落ちたと思ったらすぐに起こされた、マジの一瞬である。こちらも出発時と同様のカプセルの中。

「はい、起きて名乗って手を挙げて」

深山みやま風護です」

「ん、無事完了です」

 霊胞が正常に再構成されたか、確かめるための儀式である。名乗らずにボケを挟む人もいるらしいが、今は手順通りに。

「じゃあミヤマくん、こっち来てもらって」


 促されて歩き出す、ここは長野県にある医薬品工場の屋上。廃墟ではなく今も稼働中だ、今日は週末なので「よほどの社畜以外、人はいない」とのこと。もし勤務日でもほとんど人の立ち入りはないので、工場や倉庫の屋上は拠点として適しているという。


「はい、あの人が担当です。CIPS開いてみて」

 手を振って出迎えてくれたのはアラサーくらいの女性スタッフ。白衣に眼鏡、いかにも研究者といった趣。目が合った瞬間、CIPSのチャット欄にメッセージが送られてきた。


〈あなたがミヤマフウゴさんですね。私は音声での発話ができないのでチャットで失礼します、聴くのはOKなのであなたからはどちらでも構いません〉

 こういう霊人もいるのかと思いつつ、どちらで答えるか考える。テキスト入力にはそれなりに慣れたが、ずっと続けるのは面倒くさいので。


「分かりました、じゃあ俺は喋りでお願いします」

〈私は技術研究本部・ゴスキル開発研究室(通称ゴスラボ)のヤナギンガといいます、ゴスキルを分析する担当だと思ってください。ミヤマさんのことはヒデレッドさんから聞いています〉

「ええ、よろしくお願いします」

〈では歩きながら、ゴスキルについてのレクチャーを私からやらせてもらいます……ああ、ここで飛び降りましょう〉

 2階建ての屋上から駐車場までダイブ。霊域で投影物プロジェにぶつかってケガを負うことはないので、飛び降りはいくらでも可能だ。


〈こちらです。さて、ゴスキルについてまだ詳しい話はあまり聞いてないですよね?〉

「そうですね、ヒデレッドさんと斗和さんがどんな能力かってくらいで」


 それからしばらく、彼女からゴスキルについて説明を受けた。

 霊人の一部が持つ、その人に特有の技能。正式には「固有霊胞技能」と呼ばれ、英語名からゴスキルと略すのが日本では一般的。なお、大半のレグマンが訓練次第で扱えるスキルは「共通霊胞技能(コモンスキル)」と呼ばれている。

 一方ゴスキルは保有者の数だけバリエーションは存在するが、大きく「攻撃類」「補助類」「生産類」に分けられる。


 まずは攻撃類、その名の通り霊胞の殺傷に使える技能。

〈ミヤマくん、霊胞壁ってのは習いました?〉

「霊胞の一番外側で、中身を守っている部分、でしたよね」

〈そう、みんなはシェルって呼んでます。そのシェルは生域の肉体とは違って、物理的な刺激ではあまり傷つきません。例えばここであなたが私に頭をぶたれても、あの車の前に飛び出しても、シェルはバッチリ守ってくれるし霊胞に損傷はありません。体が動かされるだけですね〉

「だからこそ、シェルを貫通して中身を攻撃できる力が有用ってことですか」

〈そう。シェルの耐久力を削れる技能って感じです、専門的には霊傷性れいしょうせいと呼びますね。やっぱり戦闘の要なので重用されますね〉


 続いて生産類、これもその名の通りモノを作る技能。

〈霊胞でみんなが使えるツールを作る技能です。けど説明も難しいし、これからの実験にあまり関係はないので今は飛ばします、教育期間にしっかり勉強してください〉

 後日、実際に勉強してみると非常に苦労した。特定の機能のためにどう霊素を組み合わせるかという話が、そもそもの理念からして馴染みがなさすぎて理解しづらかったのだ。


〈最後に補助類は、攻撃類と生産類以外の技能を大きく括ってます。自分や仲間を強化したり、敵を妨害したり、偵察とか分析みたいなのもココ〉

「ええ……大雑把すぎません?」

〈ですね。部隊編成の上で一番わかりやすい分け方がこれってだけで、分類方法は他にも色々あります。

 ちなみに私のもここですね。補助類・知覚系・霊胞観察群・霊熱探知・Cランク【望熱鏡ぼうねつきょう】です。ご覧あれ〉


 そう伝えると、ヤナギンガさんは両手で筒を作って目の前にかざし、そこに望遠鏡のような道具を実体化させた。


「おお、格好いい」

〈ありがとうございます、これを通して霊熱の動きやスキルの活性を見るのが私の能力です〉

「それは研究に役立ちそうですね」

〈ええ。もっとも弊ラボの主席に比べれば地味ですが……そしてもう一つ、面白くてデリケートな原理をお話します〉

 ヤナギンガさん、ひときわ真剣な面持ちで。


〈ゴスキルってのは、生前の経験や人格に影響を受ける技能です〉

「おお、平成の二次元コンテンツでめちゃくちゃ見た奴だ……」

〈同意です、けど使う身になると大変でして。能力を引き出したり使いこなすためには、自分の嫌な記憶と向き合う必要が出てきたりします。ペルソナイトとか観てたら分かりやすいのでは〉

「ヤナギンガさん特撮も観てたんですね……俺は龍虎ドライガーのオモチャめちゃくちゃ欲しがってました」

〈私は龍虎のBL同人誌を大量に持ってました、もし興味があればお話できますが〉

「……ちょっと今回は遠慮しときます」

〈それが賢明です〉


 嫌な記憶、ねえ。あの人生を全部リセットして心機一転の霊域ライフ、とはいかないらしい。

〈ミヤマくんのゴスキル使いとしての適性はかなり高いですが、ゴスキルを使わない職場を選んだって全然OKです。霊域だからこそ、自分の心は大切にしてください。同胞としてのささやかな願いです〉

「……分かりました、よく考えます」

 とはいえ。余程のストレスでない限り、その力を活かせる場所で働きたかった。それで潰れるなら、霊域でもそれまでの人間だった、ということだろう。


 工場から離れ、演習場となる広い原っぱに到着。そこでヤナギンガさんから細かい話を聞いているうちに、トワール分隊の皆さんが到着。

「お待たせ」

 軽く手を挙げたヒデレッド隊長。

「お、元気そうね!」

 声も大きい壁役ニキ。

「やっほ」

 今日は例のゴスロリ軍服で、ひらひらと左手を振る斗和とわ――の右腕をがっしりホールドしているジャージの少女。

「……どうも」

 ヒーラーっぽい彼女は、なぜか風護に不機嫌そうな視線を向けていた。


 ……何かしましたか俺?



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