#10 まだ息絶えない裏切りの記憶/深山風護

「はい、じゃあここからは。組織とか戦術とかの話じゃなくて、ミヤマくんの心の話をします」

 トワはそう告げてから、ヒデレッド隊長の頬を両手で挟む。

「ヒデくんは霊管のメンタルに染まりすぎてるから、あんまり口を挟まないでね」

 こう見ると完全に姉と弟である、実態は上官と部下なのだが――いや上官への態度として大丈夫なのかそれ。

「分かったよ。ちゃんと寄り添ってあげな、お姉さん」

 大丈夫らしい。軍事組織とはいえ、序列の別はフランクなのだろうか。


「じゃあミヤマくんはここ座って」

 トワに倣い、教室の机の上に腰掛ける。椅子を引けないから仕方ないのだろう。

「おっと……ごめん、ちょっと外すね」

 ツヤマさんに続きヒデレッド隊長も、用事ができたのか廊下に出てしまう。異性とマジの二人っきり、良いのかこれ。後々何かの問題になったりしない?

 しかしトワの気遣いを無下にするのはやはり気が引けた、ここは素直に向き合うべきだろう。


「はい、ミヤマくん……いや、良かったら名前で呼んでもいい?」

「俺は気にしないです」

「よし、フウゴくん。字はなんて書くの?」

「風が護る、ですね」

「風護くんか、いい名前だね。ちなみに私の本名はトモエトワ……これです」

 CIPSで送られてきたテキストには「巴斗和」とある。

「めっちゃ格好いい名前じゃないですか」

「でしょ?」

「……ああ、そこからトモエトワールになったんだ」

「そうそう、エトワールってフランス語で星って意味でね」

「歌劇とかの花形もそんな言い方あったような」

「でしょ? そういう存在に憧れているんだ、私」


 星、花形、スター。そうした形容が実際に似合ってしまう人だ、少なくとも風護にはそう思える。

「だから私は、ただ戦いが強いだけの隊員じゃなくて、ここに来た人を励ます人になりたい。できるならみんなと友達になりたい。

 それにね。自分が死んだかもしれないって異常な状況で、それでも人のこと守ろうって踏み出せる、君みたいな人とは。絶対に、仲良くなりたい」

 一瞬、斗和は目を伏せてから。

「というか、敵同士になりたくないんだ。君を裏切り者として斬るのは絶対に嫌だ、だから……君がここに居る理由の、一つになりたい」


 斗和だからこそ、の理由なのだろうか。

 人情に厚い処刑役、立場と性格の強烈なミスマッチ。


「あんまり心配しなくても、俺はわざわざ裏切ったりとかしないですよ」

「信じたいよ、その言葉。けど、生前に辛い目に遭った人ほど、霊管で戦う意味を見失って離反しちゃうから」

「確かに死に方こそ悲惨でしたけど……多分、トワさんたちが心配してくれるほど、俺は落ち込んでないですよ。そんなに続けたいほどの人生でもなかったので」


 トワはぽかんと口を開けてから、困ったように天を仰ぎ。

「そっか、じゃあ……あのね、これまでのことに踏み込んじゃうんだけどね」

 斗和はじっと風護を見ながら――瞳に映ってきた景色すら見通すように、問いかけた。


「アケビモエカにされたみたいな裏切り。風護くん、前にもされた……よね?」


 いや別に――と嘘でやり過ごすのは、なぜかできなかった。

「……なんで、斗和さんはそう思ったんですか?」

「まず、人生への未練が薄すぎる。生前、世間に絶望するような何かがあるのかなって気がした」

「俺は達観しすぎかもですが……こういう人だっていないことはなくないです?」

「確かにね。けどそれだけじゃない、風護くんはこうしなきゃって信じたときの思い切りが良すぎるから。特に、小さい子とか女性とか、護らなきゃいけないって存在を前にしたとき、自分の安全とか損得を後回しにしちゃう。その優先順位が当たり前だと思ってる。

 だから自分が損をする献身を見返りなしにできちゃうし……その結果として自分がどんな目に遭っても、人を責めずに受け容れてきちゃったんじゃないかって。私は、君を見てて思った」


「見返りがいらないとか、人を責めないとか、そんな立派なことじゃなくて」

 ぽつりと。考えがまとまる前に、言葉が口を突く。

「そういうの求めたところで誰も聞いてくれないし……聞いてほしいって説得できるほど、器用じゃないってだけです」


 受け止めるように目を閉じてから、斗和は風護の肩に手を置く。

「風護くんの話、聞かせてくれないかな」

「……別に、俺がバカだってだけの話で」

「いいから。私にとっての意味は、私が決める」


 この人には話してもいい、と。自然に、思えてしまった。

「俺、中学から付き合ってる彼女がいたんですよ。それこそ幼稚園からの幼なじみで」

「うん、素敵な関係」

「だったはずなんですけどね……間にあった色々は一端省略するんですけど。高2の、この前の8月に。彼女を巡って、俺が他の男子にケガさせちゃったんです」

「ケガか……どういう経緯だったの?」

「俺からすると、そいつ……仮に男子Aとしましょうか。家の近くで、Aが彼女の肩に触れていたんですよ。どうみても友達越えてる距離感で」

「それは……彼氏からしたら焦るよね、彼女に何してんだって」

「ええ。俺も頭に血が昇って、Aを引き剥がそうともみ合いになって、突き飛ばしたらそいつは手首を骨折しちゃったんですよ」

「……それはちょっとやり過ぎか」

「ええ。力のコントロールできてなかったのは俺の過失です」

「まあでも、そのAくんが悪いんじゃないの? 彼女さんだって風護くんの、」


 ここで斗和は、風護の顔色で察したらしく。

「まさか、彼女が裏切っちゃった?」

「……俺からすると、ですね。彼女が言うには、俺には散々別れようって言ってるのに聞かなくて、だからAに相談してたそうです」

「いや……いやいや、そんなのおかしいじゃん」

 斗和は本気で戸惑っているようだった。少し、救われる。


「ええ。ただ人柄というか評価の話をすると俺の負けなんですよ。

 彼女は成績優秀な生徒会役員で。

 男子Aは全国区で有名なバレー選手で。

 俺は特にぱっとしない、なんなら劣等生くらいの男子です」


 盛ってはいない。男子A――同学年の飛宮ひみやは、あの高校で最も支持を集めていた男だ。実風みかも大人からの評価は盤石。そうした武器は、風護には特になかった。


「いや……でも、せめて誰か、味方してくれなかったの?」

「俺、一人っ子なんですけど、両親は離婚してまして。父親は別居、母親は……虐待とかはされてないですし、大事に育ててはくれたんですけど、俺のこと邪魔で仕方ないみたいで。

 あのとき産む予定じゃなかった、せめて産むなら女の子が良かった、みたいな」

 別に珍しい親でもないだろう、SNSを覗けばいくらでも居る。メディアだってそんな後悔を肯定する側だ。

 

「だから母は俺よりもずっと実風を――彼女の方を信用していました。しっかりしてる実風ちゃんを見習いなさいって、俺はずっと言われてきました」

「じゃあ、みんな風護くんが悪いって信じちゃったの?」

「影響力のある大人はそんな感じでしたね。それでめでたく、退学です」

「……え、退学ってそんな簡単に?」

「学園を背負うエースを、しばらく部活できない体にさせちゃいましたからね。各方面からの圧力とか色々、加害生徒を退学させろって投稿もたいそうバズってましたし、そんな電話とか殺到してたようですし……まあ私立なんで、大人の事情で動きやすいんじゃないですか?」


 風護を見つめる斗和の瞳は。死ぬ前に風護を見ていた誰よりも、風護の心を見てくれるような気がした。

「風護くんは。ただ、彼女さんを守りたかっただけなんでしょ?」

 風護にとっては、その通りだった。守ってほしいと願われた通りに、守ろうとしただけだった。

「そうなんですけどね。多分、俺が鈍感すぎて分からなかっただけで、彼女はとっくに俺のこと嫌いとか、迷惑とか、そういう扱いで……よく言うじゃないですか、彼氏が怖くて別れようとか言えない彼女もいるんだって。彼女は自分の立場とか色々を守ろうとして、」


「待って、風護くん待って」

 斗和に話を止められる。

「裏切られたの、風護くんでしょ? だったらなんで、自分が悪いみたいな言い方するの?」

「それは……無理してでも自分の改善点を見つけないと、人生自体が無理ゲーになりますし。それに、」

「うん」

「まだ死んでくれないんですよ、彼女のこと好きでたまらない自分が。悪人だって信じるの、怖いんですよ」


 自分でも上手く説明できないけれど、実感としては確かなのだ。

 人生が崩壊するほど裏切られたはずなのに。心置きなく恨むことすら、できない。


「……長い話になりましたけど、俺は自分が損するのは慣れてますし、アケビの件はトワさんたちが助けてくれたから大丈夫です。だからそんなに心配すること、ないですよ」

 あまりにも斗和が暗い顔をしていたので、慌てて付け足すと。

「分かった、じゃあもうあんまり心配はしない――けど!」

「あぇ!?」

 身を乗り出す斗和の勢いが凄すぎて奇声を発してしまった。

「応援する、私の全力で!」

 打って変わって、太陽のような満面の笑顔で、斗和は宣言する。

「風護くんのこと信じるよ、だから風護くんも信じて!」

「え……あ、はい。信じます、僕も」

 勢いにつられて言ってしまった。風護の手をぶんぶんと振りながら、斗和は続ける。

「霊管で超優秀な人気者の隊員になれるように、バッチリ私たちが教育するから。張り切ってついてくるんだよ、期待の新星!」


 勢いで言いくるめられた、気もするが。

 ひとまず前向きに励まそうとしてくれたのは伝わった、その気遣いには応えねばと素直に思える。

 応え方は――多分、これから教わるのだろう。


 

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