1-4 挺身の深層-トワール分隊との面談-

#9 なぜ、君は騙されたのか/深山風護

 霊人名モエカッチ。本名、明枇あけび萌華もえか

 日本旅団作戦本部・第3警備連隊・第1警備中隊所属。霊人歴は8年。

 攻撃類・中距離多発系・植物発生型・Aランク【プラーケン】というゴスキルを保有。多数のツルを操る便利なゴスキルで、戦力としての評価は高い。

 華やかな風貌と明るいキャラクターで、多くの隊員から人気を集めていた女性隊員。


「――というのが、離反前の彼女の大まかなプロフィールだ」

 淡々と説明するヒデレッド隊長と、痛ましげに目を伏せるトワ隊員。見た目こそ歳の離れた姉弟だが、精神的には真逆に見える。

 ちなみにツヤマさんはさっきから席を外している、軍の話は軍に、というスタンスなのだろうか。


「優秀で人望も厚い隊員だった、というのは分かりました」

 風護が言うと、ヒデレッド隊長は頷く。

「そのアケビがなぜ裏切ったのか、という話をする前に。我々霊管の敵対勢力について知ってもらう必要がある。

 ミヤマくんもさっき学んだ通り、我々は霊人をレグマンとバイマンに区別し、生域の平和のためにバイマンを討伐している。この思想と活動方針に異を唱え、霊管の解体を目指している勢力もいてね。その筆頭が『霊人解放同盟』という武装勢力だ」


 CIPSで送られてきた画像資料。霊管のユニフォームを着た隊員たちが、白い服装の別の霊人たちと戦っている。

「霊管の任務を武力で妨害しにくるんですね」

「それどころか、霊管の戦力自体を削りにきている。題目は政治主義だけど、実質は武力抗争にあると思ってくれていい。ちなみに僕ら第3特対群は、彼ら解放同盟への対処を主目的としている」

 その最前線がトワを擁するヒデレッド隊長の分隊、ということは。

「バイマン相手よりも難しい戦闘になるから、専門性の高い人材が集められているってことですか」

「そうだね」

「理解早いなあ君……」

 トワは随分と感心しているようだ。ヒデレッド隊長は頷きつつ、説明を続ける。


「解放同盟の戦略は霊管の隊員を倒すだけじゃない、心理面への干渉で離反させるアプローチも進めているんだ」

「心理面っていうと、プロパガンダとか買収とか」

「買収はあまり無いかな。一番多いのが、精神に作用するタイプのゴスキル」

「……厄介すぎませんか?」

 洗脳能力とか二次元でもチートすぎだろ、一時的バステならともかく。

「その辺を説明すると長いから今は割愛。強いて言えば、元から霊管の任務に心理的抵抗を感じていた人はターゲットになりやすいかな」

「バイマンは凶暴とはいえ元人間、それを攻撃することに躊躇うような優しい人が……ですか」

「その通り。そしてそういう人間ほど周りに好かれたりもするからね、難しいんだ」

 まあ自分は割り切ってるけどね、という続きが聞こえそうな隊長さんの言。


 ここで気になる点が出てきたので風護から質問。

「その精神誘導、回復はできないんですか」

「無理ではないし、回復させる事例も少なくはない。ただ、離反者が直接戦闘に長けた手合いだと、強硬策の必要性が増してくるんだ。理由は分かるかな」

「お互い無傷で確保することが難しくなるから……と、逃げられて敵方についたときのリスクが増すから、ですか」

「正解。ミヤマくんの思考は霊管に向いてるね」

 楽しげなヒデレッド隊長と、渋い顔のトワ隊員。トワさん、性根の優しい人なんだろうな。

「だから霊管は何が何でもアケビを止める必要があった。彼女もそれを分かっていたから、解放同盟と合流するまでは逃げ回っていたんだ。そこに運良く、転現直後で何も分からない君がいた。霊管としては君みたいなレグマンを巻き添えにするわけにはいかないし、人質としては最適だったよ」

 アケビの発想はひとまず理解できた。


「隊長さん、二つほど質問いいですか」

「どうぞ」

「まず、俺があの地域に転現してくるのは想定外だったんですか?」

「むしろ、転現者のレスキューが本来の任務だったね。そこにバイマンも多く出て、バタついたところでアケビが暴れ出して~って流れ」

「じゃあ動くタイミング上手かったんですね……もう一つなんですが、アケビは発見されにくくなるような工夫をしていたんですか? 霊管の人たち、こっちのこと全然見えなさそうだったので」

「認識阻害デバイス――まあ、ステルス性を上げるアイテムみたいなのを使っていたんじゃないかな、この辺も調査中らしいけど」

「ですよね」

 アケビが追跡を振り切り続けていたら、風護も敵勢力に連れていかれたのだろうか。とりあえず、拾ってくれたのが霊管で良かったのだろう。


「ここまで、アケビがミヤマくんを人質に取っていた経緯は分かってくれたかな」

「ええ。そこから霊管に見つかって囲まれて、俺があの技を出して、そうしたらアケビが俺にグレネード握らせて、トワさんたちが助け来て……の流れですね」

 ヒデレッド隊長は頷くと、CIPSに3Dの図を送ってきた。黒い背景に緑のラインで建物を示し、青と赤のマーカーで敵味方の配置を示している。

「おお、馴染み深い配置図」

「便利でしょ、これがあのときの状況の再現。こっちから解放同盟が迫っていて、霊管の警備連隊がアケビを囲みつつ解放同盟を迎撃。僕たちの隊はマンションの屋上からアケビへの急襲を仕掛けようとしていた――というか、そのために急いでいたんだよね」

 トワが口を挟む。

「めっちゃ忙しかったんだよあのとき。アケビが人質を連れていて、しかもその男子はゴスキル使いの所属不明マン。二人まとめて攻撃するのか、人質の保護を優先するのか、しっかり確認しようにも解放同盟は迫ってきて~って状況。小隊長の指示が遅れてたら大惨事だったよ」

「それは……余計なことしてましたね俺、すみませんでした」


「いや全然、全ッ然!」

 トワは風護に詰め寄って両手を握る――いや困りますって、その可愛すぎる顔でその距離感は、惚れちゃうでしょう。

「ミヤマくんがしていたの、本当に凄いことなんだから……あそこで踏み出せる勇気は、本当に尊いものだから。絶対に自分のこと責めないで、それは私も悲しいんだ」

 これだけ真摯に訴えには、応えねばと思わされる。

「……ありがとうございます、励みになりました」

「うん。忘れないでね、私の言ったこと」

 とんとん、と風護の手を指でたたいてから、トワは手を放す。少し名残惜しい、という感情にはきっちり蓋。


 ヒデレッド隊長は風護とトワの顔を見比べてから、話を再開。

「トワの言うとおり、君の行動は大きな尊敬に値するものだ。ただ、そうした勇気や優しさにつけ込もうと、解放同盟は日夜どこかで狙っている。それも忘れないでほしい」

「ええ、しっかり勉強します」


「さて……そう、アケビが君にキルボ――あの手榴弾みたいな武器を押しつけた動きだね。アケビは消滅しているから確かめようがないけど、推測するに。

 まずあのとき、解放同盟の一団がすぐそこまで来ていた。だから人質で時間を稼ぐより、霊管の包囲を内側から崩す方が効果的だった。

 そしてミヤマくんのゴスキルを間近で見て、こいつが霊管で成長すると解放同盟としてはマズいなって直感。だから君を周りの隊員ごと葬ろうとしたんだ」


「……俺のゴスキル、そんなに有望なんですか?」

「まず転現直後に反射的に使えている時点で異常。相手を傷つけずに行動を阻害する防御向きの妨害系って使いやすいし、出力も結構あったからね」

「ああ……だったらこいつ潰しとけって……いやでもせっかく信用されてるなら、そいつごと解放同盟に連れていこうって案も」

「それは面倒そうだったんじゃ? けどあの爆弾、君がすぐに投げ上げてくれて助かったよ。持ったままだったらもっと狙いづらかった」

「やっぱりあれ撃ったの隊長さんですか、ありがとうございます」

「仕事だからね」

「撃って爆発させた訳じゃないから、無効化みたいな奴ですか?」

「そうそう、僕のゴスキルって」


「――いやそうじゃなくて!!」

 風護とヒデレッド隊長の会話を、トワの大声がぶった切った。

「戦闘の振り返りも大事だけど、まずは! あんな裏切られ方したミヤマくんの! 心のフォロー、しなきゃでしょ!」


「……ああ、そうだった、悪いね」

 気まずげに謝るヒデレッド隊長と。

「えっと……まだ気にしてもらってたんですか?」

 ややずれた返答を漏らしてしまった風護だった。


 

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