1-3 殺し合いの大義-霊域導入レクチャー-
#6 霊人セットアップ/深山風護
「いたくないもん」
「うそつき、ないてるじゃん」
「なみだじゃ、ないもん……」
先生に手当てしてもらった膝を抱えて、涙目で強がっている
「あのね。ふうくんがいたいと、ミカもいたいの」
「……え、なんで、ミカも?」
「かなしいから。こころが、いたいの」
思えば実風は、抽象的な理解も早かった。
「だから、ふうくんがいたいときは、はんぶんこ。
でも、ミカもいたいのはイヤだから。ケガしちゃ、やだ」
当時の風護に意味は分からなかったけど、特別な励ましに思えたから嬉しかった。
それから10年と少し。
「ごめんな。実風が痛いの、代われなくて」
月経の痛みに苦しげな実風を見ていると、風護はそう言わずにいられなかった。
「……昔のお母さんみたいなこと言うじゃん」
実風は呆れたように笑ってから、風護の頬をつつく。
「けどさ。風護が自分のことみたいに私の心配してくれるとこ、結構好きだよ」
*
意識が浮かぶ。あれだけ裏切られてもまだ元恋人の夢を見る自分に苛立つ。
記憶が戻っていく。そうだった、戦いに巻き込まれて死んだと聞かされて――それから、どうなった?
目を開けてみても暗闇ばかり。仰向けで閉じ込められているのだろうか、しかし不思議と居心地は良い。男性の音声が聞こえてきた。
「ミヤマフウゴさん、聞こえたら返事をしてください」
「ええ、聞こえます」
「オッケーです、少しそのまま待っていてください」
動く気配、風護の入っている何かが。正面にあった蓋のようなものが開く、顔をのぞかせたのはアラサーくらいの男性だ。青いユニフォームは医療スタッフを思わせる。
「はい、ミヤマくんこんにちは」
「こんにちは……ここは?」
「君を保護した組織の拠点です。セイイキ……生きている人たちの側だと、廃校の体育館だね。しばらく君のカウンセリングを担当します、ツヤマと言います」
体を起こして頭を下げる。
「よろしくお願いします、
「よろしく、そこから立てるかな?」
ツヤマさんの手を借りて立ち上がる。風護が入っていたのは白い直方体の物体。
「この棺桶みたいなのは?」
「眠るためのカプセルだね……やっぱり棺桶に見えちゃう?」
「俺は死んだらしいですし」
「それもそうか」
体育館には棺桶カプセルが大量に並んでおり、ツヤマさんと似た格好の人たちが行き来している。
「さてミヤマくん、良かったら年齢とか学校も教えてくれるかな」
「はい……2009年1月13日生まれ、16歳。住んでいたのは埼玉、
「秀統附属……中受で入る一貫だっけ、勉強得意なんだ」
「当時猛勉強したんですよ。ただ先日退学になったので、通信に編入予定の無職でした」
「へえ、事情は深入りしないけど……じゃあ、義務教育は通過してるね」
「まあ、人並みには。中学以下だとここでの扱いが異なるとかですか?」
「そうそう、その辺は追々ね」
退学には突っ込まれなかった、死後ならあまり関係ないか。そもそもこの会話も情報を集めたいというより、基本的なコミュニケーション力や記憶の有無を確認するのが目的だろう。
「あのツヤマさん、早めに訊いておきたいんですが」
「うん、どうぞ」
「俺が死んだ事件のこと。現実……その、元々生きてた場所で、どれだけ分かっていますか?」
犯人が捕まったかくらいは、今すぐに知りたい。
「分かった。けどその前に、君の視点からどんな事件だったか聞かせてほしい。こっちの捜査にも、君の証言が必要だからね」
「はい。夜中に家からコンビニに歩いてて……」
連れ去りの現場に介入したこと、それから犯人たちとの格闘になったことを説明。特に記憶に混濁はない、ような気がする。
「――で、押し倒されたところで意識が途切れて、目覚めたらあの戦いの現場でした」
「……なるほど、話してくれてありがとう」
ツヤマさん、どこか難しげな表情。
「本当に、お気の毒に。けど、よく頑張ったね」
「ありがとうございます。それで、あっちの様子は」
「そうだね……まず、僕たちが今いる場所は、生前いた場所と重なり合うような領域です。つまり、同じペースで時間が流れています」
「はい」
「それで今は、君の遺体が見つかってから半日くらい。ご家族にはもう連絡が届いていて、警察は大がかりな捜査を進めています」
「じゃあまだ犯人は捕まっていない?」
「みたいだね。けどこの状況で捕まらないのは考えにくい……というのが、担当の見解です。続報が来るまで、しばらく待ってもらえないかな」
「分かりました、とりあえず警察が動いてるならOKです」
死体が見つからず家出扱いになっているとか、自殺にしか見えなくなっているとか、初動捜査が遅れるような事態でないなら、まずは安心。
「よし、じゃあ歩いてもらうね」
ツヤマさんに連れられて体育館から外へ。閉まっている扉は通れないのでは、と思ったら。
「ちょっと手を取ってくれるかな」
「はい」
「そのままついてきて――よっと」
一緒にドアを通り抜ける。痛いとかではないが、空気ではない何かを通り抜けているという妙な感触はあった。
「……なるほど、こんな技が」
「ミヤマくんはすぐに覚えると思います、それまではこうやってスタッフに介助してもらってください」
渡り廊下を抜けて教室棟へ、かなり古めの校舎だ。
「さっき廃校と聞きましたが、生きている人はこの辺にはいないんですか?」
「田舎だからほとんど寄り付かないね。色んな事情があって、我々は人気のない場所に拠点を築くことが多いんだ」
「……どんな事情かとか、そもそも我々とは、みたいな話は」
「気になるよね、これから話すからちょっと待ってて」
案内された教室には、ツヤマと似た服装の隊員が3人ほど。目の前の何もない空間と真剣に睨めっこしながら話し合っている姿は、フルダイブ型VRゲーム――が舞台のアニメを思い起こさせた。
「これからミヤマくんに、ここでの暮らしに役立つ能力を授けます」
「おお、転生モノっぽい展開」
「というより、脳というOSにアプリを入れるって感じかな」
「電脳の方でしたか」
「そう、ゴーストが語りかけるの」
「電防機動隊はちょっと世代じゃないです」
「知ってるじゃん」
などと雑談を挟みつつ、風護は言われた通りに机に腰掛ける。
今度はツヤマとは別のスタッフに案内される。
「はい、リラックスして……これから君の視覚と聴覚に情報を送り込みます。光や音が強すぎると思ったら知らせてください」
「はい、お願いします」
「じゃあ、インストール始めます。文字が見えたら読み上げてね」
数秒ほど待つと「ようこそ」の文字が目に入る、HUDとかこんな見え方なのでは。
「ようこそ」
「はい、どこに何色で見えますか」
「視界の中央よりもやや右下、黒地に白抜き」
「文字を動かすので、真ん中に来たら『ここ』と知らせてください。まずは縦、次に横です」
「はい……ここ……ここ。真ん中に来ました」
「私のこの人差し指と、文字の上下幅、どっちが大きく見える?」
「ちょうど同じに見えます」
「はい、じゃあ次はいくつか色を見せるので――」
ほんとにゲームのセットアップみたいだな、と思いつつ。視覚の調整を経て聴覚へ。さらに音声や視線、指による操作の練習。
〈――以上で、キップスの導入セットアップを終了します。お疲れ様でした〉
このアプリは「共通情報処理システムCIPS」という名称らしい。
〈CIPSって、Commmon InformationなんとかSystemの略ですか〉
仮想キーボードを指でタイプし、教わったばかりのテキスト通信で質問してみる。
〈当たり、PはProcessingだね。特に事情がなければ、ここのメンバーはみんな使ってます。スマホみたいなものかな〉
ツヤマから返信、他のスタッフからも声がかかる。
「それにしてもミヤマくん、覚えるの早いね」
「ゲームやってた人間には親和性のある作りですよ。それにほら、VRゲームのアニメとか小さい頃から観てますし」
「小さい頃とか言わないで、ジェネギャ感じちゃう」
「……幼稚園のとき、友達のお兄ちゃんと観たのがソードアクトですね」
「やめて、俺は入社してるの1期の年に」
笑い声の弾む、和やかな空気。けどこの人たちもみんな一度は亡くなっているのだと思うと、妙な気分だ。
「じゃあこれから私たちでCIPSの調整を続けます。その間、ミヤマくんにはこの世界について紹介する映像を観てもらいます。質問があればその後に」
「了解です、お願いします」
さあ、ここから答え合わせだ。
この世界は、そしてさっきの殺し合いは、何なのか。
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