#5 眩しい背中/深山風護
アケビが風護を騙し、人質にしたこと。
風護が守ろうとしたアケビを殺害すること。
きっとどちらも、剣術少女が謝るべきことではないのだろう。
アケビが風護を利用したのは、アケビの卑劣さと風護の甘さが招いた事態。
そのアケビを処断することは、剣術少女に課せられた使命。
だから彼女は、風護には目もくれずアケビを倒しに向かえばいいのだ。
それでも、一瞬を争う戦闘の最中、風護に声をかけてくれたのは。
風護の心を汲み取って、風護の選択に敬意を表してくれたからで。
「トワ、急いで」
いつの間にかそばに降り立っていたのは、先ほど風護に指示した小学生くらいの男の子だ。それが彼女の名前だと解釈し、風護は叫ぶ。
「トワさん! ありがとうございます、頼みます!」
直感をそのまま口にした、シンプルすぎる返しだったけど。
「――うん、」
張りつめていたトワの声は、ほんの少し、ほころんでいる気がした。
「後は私に任せて――隊長!」
「さあモエカッチ。いや、アケビモエカ」
隊長と呼ばれた男の子が、特撮玩具を思わせるハンドガンを構えつつアケビへと告げる。服装も昔の特撮で見たような、SF系の隊員服だった。
「今すぐ戦闘を停止して投降しろ、でなければ撃滅も辞さない」
「……邪魔しないで、あんたらは殺したくない。ただウチはもう、レーカンの欺瞞には二度と従わないと決めたんや!」
アケビは元々所属していた組織から敵組織へと離反しようと脱走、よって追われている――ということだろう。
「だそうです――了解しました。トワ、キルを許可」
「はい、いきます!」
隊長ボーイの指示を受け、トワはアケビのツル攻撃を斬り落としながら距離を詰めていく。殺すとトワは言っていた、つまりはそういうことだろう。
「君、歩ける?」
「ええ」
「よし、こっち」
そして風護は壁役ニキの指示でポジション移動。アケビと反対側、つまりアケビとの合流を図る勢力からの攻撃が激しくなっているようだった。風護が誘導されたのは恐らく、二方向からの攻撃を防げるような位置。
ヒーラー少女と隊長ボーイは、壁役ニキの背に隠れつつ周囲を警戒している。トワの援護と風護のガード、両方へ備えた構えなのだろう。
そして単独でアケビへと向かっていたトワ、圧倒的な優勢である。黒衣をはためかせ舞うようなステップで刀を操り、ツルの連撃を難なく潰して距離を着実に詰めていく。戦うお姫様、という形容が浮かぶようだった。
「逃してやトワちゃん! 友達やったろウチら!」
「だとしてもあなたは裏切った、それ以前に!」
刀を操る整然としたフォームとは反対に、トワの声は乱れきっている。
「人の優しさを! 正義の心を! あんな卑劣に扱う人を!」
風護を代弁するかのように、一閃一閃に怒りを叩きつけていく。
「友達だなんて二度と思わない!」
きっと、本当に。トワにとってアケビは友人だったのだろう。だからこそ。
アケビを処断しなければいけない、自分の立場も。
アケビの狡猾な立ち回りを知ってしまったことも。
苦しくて、許せなくて、本当は職務など捨てて泣き喚きたいほどで。
「だから、」
それでも。託された使命を果たすため、鬼になりきれない心を鬼にして、刀を振るうその姿は。
「私が、」
どこまでも気高く、眩しく、力強く――美しかった。
「あなたを、断つ」
トワの刀がアケビの胴体を捉えた。嫌に耳にこびりつく破裂音の後、アケビの体は砕け散る。血も肉も残さず、風に吹かれた塵のように。
その最期を見据えるトワの表情は、風護からは見えないが。その手で断ち切った存在の重みを、逃さず受け止めているような背中に見えた。
「ターゲット・デス! 離反者、撃滅確認!」
戦場にアナウンスが響く。この声の主も幼く、悲痛が滲んでいた。
「隊長、転進は」
壁役ニキに問われ、少年は敵勢力の方面に目を凝らしてから。
「しなくていいよ、敵は退いてる。僕らもすぐ撤収だ」
どうやら戦闘は終わったらしい。風護はなんとか生き延びた――と言えるのか不明だが、意識は持続している。ひと安心、だろう。
「ねえ、君」
ぽん、と肩に手が置いたのはトワだった――いや間近で見るとめちゃくちゃ美少女じゃん、という雑念を慌てて追い払う。
「名前、聞いていいかな」
「はい……
「ミヤマくん、よく頑張ったね。後は私たちが、安全な場所へ連れていきます」
「ええ、助けてくれてありがとうございました。あの、ところで」
余裕ができた今、真っ先に確かめたいこと。
「どうか正確に教えてください。俺は、死んだからここにいますか」
チームの面々が顔を見合わせる。答えたくなさそうな空気で理解した、けれど。
「お気の毒ですが、その通りです。私たちはみんな、一度人生を終えています」
トワから明言。
……まあ、だよな。
今まで生きてたのとは全く別の存在になっているのは、疑いようがない。
「けど、これだけは信じて」
トワに両手を握られる。錯覚かもしれないけど、確かに柔らかい温度が感じられた。命の気配が、手の中にあった。
「君には、私たちがついてる。私たちが、君を寂しくなんかさせない」
方便かもしれなくて、きっと立場ゆえの励ましで。
ただ、不思議と。彼女は真心を向けてくれていると、すっと信じられた。
生前の風護が久しく離れていた、まっすぐな温もりに。
ふらりと、バランスが崩れる。
「よっと――はい、おやすみ」
優しい声で見送られた、気がした。
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