#4 火事場の覚醒/深山風護

 先ほどゾンビ(仮)を駆除していた謎の警備隊(仮)に、完全に包囲されてしまった。見えるだけでも20人以上、さらに後方にも控えている気配。


「……こわいわ、」

 アケビさんの細い声、ブレザーの裾を掴む手は震えていた。風護に何ができるかは分からない、しかし彼女を置いて逃げるのだけはしないと決める。

 一方の追っ手たちは、緊張しつつも困惑しているようで、銃や盾と思しきツールを構えつつも殺気は薄い、気がする。そもそも全体的に若いし、荒事に向かなさそうな雰囲気の顔ばかりだ。


「学生服の少年!」

 うち一人、アラサーくらいの男性から声が掛かる。

「こっちの言ってることが分かるなら、右手を挙げてほしい?」

 やや迷いつつも、風護は言われた通りにする。

「オッケー、僕たちは君に危害は加えない。そこの女性から離れて、こちらへ来てほしい」


「騙されんで」

 アケビさんが鋭く言う。

「さっきもそうやって味方のふりして、近づいたら撃たれたんや」

 今は彼女の方がより信じられる、というか人数が多く武装している方が脅威だ。


 ひとまず反論してみる。

「この人、あんたらに撃たれたって話だけど!?」

「そう、助けくるまで時間稼いで」

 アケビさんが囁く――もしかして、助けが来ることを確信している?


「それはそうなんだけど……いいか少年、私たちはこの空間における警察のようなものだ。そしてその女は逃亡中の犯罪者のようなものだ、だから我々は追っている」

 あちらが攻撃してくる気配はまだない、とりあえずレスバで粘る。

「凶器も何も持ってないでしょう、あんたらの方がよっぽど凶悪に見えるけど?」

「今は見えないだけで、彼女は危険な能力を持っていてだね」

「それにさっき、あの……人みたいなの、撃ってたじゃんか」

「人みたい……ああ、ヴァイマンのを見てたのか。しかし君、あれを同族だと思ったか?」

 思えなかった。けど、アケビさんは確実に同族である。


「隊長、あいつらもう来てます」

「もう俺らで行くっすから!」

 先ほどから話していた男性を、周囲の隊員たちが急かす。

「そうだな……よし少年、今から君を保護する。どうか暴れないでくれ!」

 風護の返事も聞かず、2人の隊員がこちらへ近づいてくる。両方とも持っているのは機動隊チックな盾、風護への攻撃の意図はない――としても。


「待って、おいてかんで、」

 アケビさんが服の裾を引く、思わず振り返る。すがるような眼差し、細く震える声――嫌でも思い出してしまう、愛しい女の子を守るのだという決心を。風護が道を踏み外した、その源を。

 多分、思った通りには報われない。どうせ、風護が痛い目を見て終わる。そもそも意識が途切れる前だって、蛮勇と楽観の掛け算で生活が崩壊したのだ。


 それでも。見捨てて生き延びたら、ずっと悔やむのだ。

 守りたいと思ってしまったことを、自分の安全よりも優先せずにいられない。

 ぶっ壊れた天秤は、どうも、直せない。


 近づいてくる隊員を睨む。風護を傷つけぬよう注意しているのは確かそうだ、なら風護からも傷つけるのは避けたい。けど、風護が連れていかれたら、アケビさんには危害が及ぶ。だから、距離が空くのが理想。

 そんな都合のいい方法なんて、道具もなしには難しいだろう。けどここは、今まで風護が生きてきた空間とは違う。信じられないことが次々に起こるなら、風護に起こせてもおかしくない。


「こっち、」

 懸命に祈りながら、両腕を広げる。

「来んなぁああっ!!」


 その瞬間、脳内を駆け抜けたイメージ。

 直感に導かれるまま、腰を捻って右手を後ろへ。何もなかった手に硬い質感。

 止める、という一念を込めて。あと数歩まで迫った彼らへ、その武器を振り抜く。


「うわっ」

 ブン、という重い音と共に。黄緑色の靄がかった何かが、風護から飛び出し。

「くっ」

 近づいてきた隊員たちはその靄に吹き飛ばされ、尻餅をつく。


 殴ってはいない――風を吹かせた、と認識が追いつく。手に握っているのはトンファー、警棒を思わせる黒い樹脂。手に持ったことはない、ただゲームを通して愛着はあった。


「えっ大丈夫」

「シェルは!?」

 吹き飛ばされた二人へと駆け寄る仲間たち。

「シェル無事!」

「こっちもダメ無しっす、けど」

 その二人はすぐに立ち上がる、怪我などを負った様子はない。なら、この技は防御に使える。技なのか何かも分からないが。


「見たよな、邪魔するならこれするから! だから逃がしてくれ、俺とアケビさん!」

 ひとまずハッタリをかまして時間を稼ごう、と思ったのだが。

「は、Bランク?」

 背後から驚きの声。

「え……アケビさん、これ知ってるんですか」

「いや……えっと、とりあえずおおきに!」

 どうもアケビさんの反応がおかしい。未知の現象への驚きというより、既知の現象が思わぬ形で発生した困惑、というような。


 そして困惑は包囲の隊列からも。

「ゴスキルよねあれ」

「同盟の奴?」

「いや来たばっかじゃね」

「けどここで発現しませんって普通」

 ざわざわとした空気を、隊長と呼ばれていた男性が一喝。

「クロナギもすぐそこまで来てる、巻き込む前に助けるぞ!」

 この一帯でさらなる戦闘が起こる、ということだろうか。


「包囲4番、ノット・レイショウだからしっかり詰めて! 絶対連れて帰るよ!」

 その指示に従い、隊形を変えつつさらに近づいてくる隊員たち。どうする、さっきの技をもう一回撃てるか、しかし。

「敵接近、迎撃3番!」

 再び号令、また包囲の陣形が変わる。風護たちを囲んでいた隊員たちのおよそ半分が、反対側を向く。新たな集団への警戒、だろうか。


「アケビさん、」

「持って!」

 状況を訊ねようとした風護の左手に、アケビさんは何かを握らせて。

「そっち走って!」

 風護は背中をぐっと押される、予想以上の力につんのめる。持たされたのは野球ボール大の硬いチカチカ点滅――直感する、グレネード系だ、だとして? 投げ返す、上に投げる、覆い被さる、どれやっても風護は無事じゃないだろう、そもそも突き飛ばされた勢いで姿勢はぐらついており。


「上に投げろ!」

 耳に飛び込んできたのは、幼そうな男の子の声。その指示のまま風護は左手を開く。上、というより斜め後方へ飛んでいったその物体に、いくつもの赤い閃光が降り注ぐ。爆発も何も起きない、無力化されたのだろうか。


 なら風護は裏切られたのか、確かめるべくアケビへと振り向くと。彼女は舌打ちの聞こえてきそうな苛ついた表情で、再びグレネード(仮)を投げようとしていた。本気で殺す気か畜生、だとしてもなぜ今。


「マンジュウ!」

 再びの男の子の声。

「ラジャ、」

 野太い男性の声がしたと思ったら。ドスン、と背後に人が飛び降りてきた。大柄な男性が、風護を庇うように両腕を広げ。

「――今っ」

 爆発、だろうか。甲高い破裂音と共に赤い霧のようなものが高速で飛散する、爆風めいている。風護は全くの無事だった。この巨漢が守ってくれたらしい。


 ここまで来ると感づく。味方はアケビじゃない、風護は人質として利用されていた。アケビを追っていた面々と、いま飛び降りてきた彼らが、風護を助けようとしている、と見ていい。

 そして気づく、ここだけでなく周囲も騒然としている――戦闘だ、人と人の。


「君、俺の後ろキープ!」

 巨漢の隊員に言われ、反射で「はい!」と回答。

「けど、」

 あなたは大丈夫なんですか、と聞こうとした瞬間。

「よ、っと」

 またもや飛び降りてきた、今度は小柄なジャージ姿の女子。巨漢の脇腹に両手を当てる。

「エール、3、2……よし!」

「センキュ、ノエルもここに」

 巨漢が壁役で少女がヒーラーかな、と。見ていてなんとなく察した。


 ひとまず風護は余計な動きをすべきじゃない、彼らに任せるほかない。

 一方、風護を騙したらしいアケビはというと。


「ああ、クソ!」

 先ほどの切実さは微塵もなく、作っていたらしい可憐な表情は捨てて、憤怒の形相で足元から何かを生やしていた。ニョキニョキと色とりどりの、太いツルのような。それらを鞭のように操って攻撃してくるのかと思ったら案の定、こちら目がけて迫ってくる。


 これも壁役ニキが守ってくれる、と思ったら。

「――はあっ!」


 黒く閃く風、に見えた。

 舞い降りたのは黒衣、手には刀。瞬く間にツルを切り刻んだその人は、アケビへと刀を向けながら風護に言う。


「ブレザーの君、ふたつ謝らせて」

 同年代くらいの少女だった。ゴスロリになるのか、ファンタジックな軍服を思わせる漆黒のブラウスとスカート。ポニーテールの黒髪と、白く透き通る肌のコントラスト。可憐な横顔は、ひどく歪んでいる。


「まず、あいつが、私の友達だった人が、君の善意を踏みにじったこと。ごめんなさい」

 今にも泣き出しそうな固い声で、しかし丁寧に。秒間数発で矢のように襲い来るツルを、迷いのない刀捌きで斬り落としながら。


「そして。君が身を挺して守ろうとした人を、私は殺します。

 本当に、ごめんなさい」

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