#2 値下がり続けた命の投げ売り/深山風護

 画面端まで追い込んだ相手が特殊技を読んで投げを入れてきた、風護はそれを読んで弱攻撃を入れた、ヒット。そのまま呼吸するようにコンボをつないでHPを削りきる、KO。1ラウンドずつ取り合っての3ラウンド目は、わずかなライフを残して風護が制した。画面の中、風護の操る女性刑事は得物のトンファーを回転させながら決めポーズ。


「――どうもです」


 3マッチ続けて相手してもらった韓国人らしいプレイヤーに、届かないと知りつつ挨拶。同時にゲーム内で「Thank You!」のスタンプを送る、相手からも「GG」と返ってきた。レートこそ風護よりも低いが、ラウンドを重ねるごとに猛烈に学習しているのが伝わる、いいプレイヤーだった。顔も見ず対戦していただけとはいえ、肩を組んで笑い合ったかのような爽快感を覚える。

 やや迷ってからフレンド申請、少し間が空いてから受諾。これで明日からもタイミングが合えば戦える、明日を迎える理由が一つ増える。


 そのまま次の相手を検索しようとしたが、さすがに目が疲れてきた。もう23時を回る頃だ、今夜はここまでにしよう。

 高校を追い出されてからのめりこんでいる、対戦格闘ゲームのオンラインマッチ。元からゲームが好きというのに加え、身の上を知らない同士で純粋にプレイを楽しめるのが魅力的だった。自分が世間でどんな評価を受けているか、ここでだけは関係ない。来月から風護は通信制に編入になる、今は飽きるくらい遊んでおきたかった。


 おとなしく眠ろうかと横になってみたものの。すっかり夜型になってしまったせいか、大して体を動かしていないせいか、全く寝付けない。じっとしていてもネガティブな思考が止まらないし小腹も空いてきた、外に出て最寄りのコンビニを目指す。いつもなら止めるだろう母は友人と泊まりがけの旅行、父は――前に会ったのはいつだったか。両親が離婚すると聞いたときはあんなに寂しがったものだが、さすがに慣れる。

 前に働いていた店で、先輩から聞いた話を思い出す。この時間じゃホットスナックは売っていない、消費期限の切れるチルド系食品の回収が始まる頃合いだ。廃棄されそうなスイーツでも買おうか、シュークリームあたりが良い。

 9月末の夜風はちょうどいい涼しさ、髪をばっさり切ったばかりだから尚更だ。夏場はうざったかったマッシュヘア、彼女のリクエストならばと頑張っていたのだが、もう関係ない。


 いつものようにイヤホンを耳に挿し、考え直してポケットに戻す。この時間、ガラの悪い通行人がいないとも限らない。

 ――という虫の知らせは、意外なところで回収された。

「……なんだ、あれ」

 路駐しているワゴン車――いや、ドライバーがいるから停車か。車自体はおかしくない、しかし場所が不自然。過疎った裏路地を塞ぐように、しかもやたら歩道側に寄せている。

 荷物を搬入したり人を迎えるようなポイントではない。こっそりと運転席を伺うと、若い男が焦った様子で辺りを見回している。


 良からぬ事態が進みつつある、という直感。ならばすぐに距離を取るのが賢明なのだろうけど。自分に起こったあれこれを思い返すと、無視はできなかった。風護ですらペナルティを受けたのだ、本物の悪事を働く奴らが野放しになってたまるか。

 まずは通り過ぎてから、ドライバーの死角となるルートで回り込む。昔からよく遊び回っていたエリアだ、建物の間をすり抜ける細道もよく知っている。スマホのバッテリーは充分、靴紐も問題なし。早足で進み、物陰から現場を目視。


 壁際で怯えている、OLらしき女性が1人。

 彼女を囲んでいる、男が2人と女が1人……最初に声をかけてきたのが同性だったから騙された、とかだろうか。

 気づかれないうちに通報すべきだ、しかし。片方の男が刃物を取り出した、果物用のナイフだろうか。

「いいから来い。騒いだら、これ」

「っ!――分かったから、ついてくから、刃物はやめ、て、ください」

 彼女は抵抗を諦め、男たちに促されるまま歩き始めてしまった。無理もないだろう、一瞬で深い傷のつく凶器だし、命の危険すらある。耐えがたい恐怖だろう、彼女にとっては。


 一方、風護にとっては?

 まず、自分が隠れたまま彼女を助ける方法を検討。この場所でこの時間帯、すぐに大勢が駆けつけるのは難しい。警察に連絡すれば追跡できるだろうが、その間に連れ去られた彼女が何をされるかは不明。

 そのリスクを風護は見過ごせるか――思考は一瞬でまとまった、見過ごさない。世間は許してくれるだろうけど、自分で許せない。

 ならばこの場での介入が必要。奴らがすぐ諦めればそれでよし。しかし脅して、あるいは襲ってきたら。大人の男が二人、片方はナイフ。


 ――まあ、怪我くらいならいい。目の前の彼女が傷つくより、体は痛んでも心は軽い。

 それに、最悪。死んじゃっても、いいか。

 元から間違って生まれてきたような人間だ。生きていたい理由の大体は、つい最近なくなってしまった。

 

 むしろ、ここで風護が傷ついた方が、奴らの罪は重くなる。

 屑を社会から追い出すには、悪くない機会だ――ちゃんと味わえよ、加害者って立場を。


 110をダイヤル。彼らはもう車に近づいていた、警察に説明する時間はない。スピーカーホンに切り替えてスマホはポケットへ。位置情報通知に対応している機種だったはずだ。オペレーターへ願う、どうか汲み取ってください。


「あんたら何やってんだ!」

 童顔とよく言われるぶん、せめて声だけは舐められないように。威勢よく怒鳴りながら駆け寄る。

「誰だ、」

〈事件ですか、事故ですか〉

「電話切れ!」

 ナイフを持った男が向かってくる、そいつと被害女性の間に体をねじ込む。

〈もしもし、聞こえ〉


「逃げよ!」

 一味のうち女が、続いて素手の男が踵を返す。これで包囲は解けた。

「逃げて、あっち!」

 風護は背後の女性へと叫びつつ、さっき来た細道を差す。男子の平均的な体格である風護でも通れた、彼女の体格なら容易に抜けられるはずだ。

「あなた、」

「早く! 抜けて右でコンビニ!」

 躊躇する彼女を急かしつつ、目の前のナイフ男の動線を塞ぐ。風護に倒せるとは思っていない、逃げる時間が稼げればいい。

「――ごめん!」

 言い残して彼女は走り去る。最優先の目標、達成。風護も逃げ――いや、風護が突破されたら彼女に追いつかれるか。せめてもう10秒くらい時間を稼げれば。


〈これからパトカーが向かいます、誰か説明できませんか!?〉

 ともかく後は自分の身を守るだけ。そして相手にとってもここに残るメリットはない、警察に捕まらないよう撤退するのが正解。ここで風護を殺傷すればさらにリスクが増える、そんな愚行はしないだろう。

 と、読んでいたのだが。


「どうすんすか先輩」

 車から連れの男が戻ってきた、嫌な予感がする。

「スマホ取れ、左足ポッケ」

 ナイフ男はそう指示してから、腰の前にナイフを構え――いや、嘘だろ?


「ぐっ」

 殺意を露わに突進してきた男に、反射的に右足が出た。当たった、止まっ――てない、押し込まれる、もう一人が突っ込んできた、倒れる、手をつく、手首に激痛、頭は守った。布で口を塞がれる、ズボンからスマホが抜かれる。


「あーおまわりさん? すみません、ダチのイタズラです、なんもないっす。あ、ドタバタしてたのですか? 芝居ですよ、ちょっと映像撮ってて」

 呼吸もままならないまま考える。それを警察が信じるとは思いたくない――が、もし騙されてしまったら。そのとき風護が動けなかったら。いや、さっきの女性がもう通報している?

「とにかくなんでもないので! はいごめんなさい!」


 電話が切れたか、もう解放してくれ――と願った直後。

 頭部に衝撃。焼けるような痛み。

 遠のく意識の中、持ち上げられたような気配がした。

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