第5話 ヒロインは強い

足を振り上げ、机の上そのまま勢い良く振り下ろす。


「最近耳が遠くていけねえ。もう一度いいか?」


その目の鋭さ、その声の地の底のような低い声が僕を捉える。


「この意味が分からねぇほどお前もガキじゃないだろ」


凄む訳でも脅すわけでもない、なのにとんでもない迫力で思わず漏らしそうになるのを必死にこらえる。


怖い。 逃げたい。 縁を切ると言いたい。 帰ってゲームをしたい。 こんなつらい思いはしたくない。 今すぐ楽になりたい。


それでも何とか目をそらさない。

ここで折れたら僕と彼女の今までを全部否定することになる。

それは彼女に対する裏切りだし、自分に対しても噓をつくことになる。


「付き合った訳でもない女に命を懸けるほどの価値はないだろ?」


「そうかもしれません」


何とか声を絞り、かすれた声が出る。


「それならさっさと楽になりな。何この状況じゃ誰もお前を責めやしねえよ」


でもそれじゃあいけないんだ。

それじゃあ昔の僕と同じだ、何も変わっていない。

物語は主人公が困難を乗り越えて、成長していくことで進むのだ。

過去の後悔した自分にまける弱い主人公に惚れるヒロインはいないだろう。


だから自分の意志で言葉をはっきりと伝える。


「それでも僕は彼女の側にいたいです」


目を見て逃げずに。


「でもそれはお前の勝手、別に彼女に頼まれた訳でもない」


「そうです僕の勝手です」

「このまま縁を切るのは道理と筋が、彼女に通りません」


「おいおい、随分と安くに道理や筋なんて言葉を使うねぇ。

私ら相手に言う、その言葉の意味は分かってるのか坊主?」


こめかみがピクリと動き、じろりと睨む。

あまりの迫力に声が出せない。

下手な言葉や行動をすれば次の瞬間には僕の命はないかも知れない。

そん迫力に気圧される。


言葉が出ない。

何も返せる言葉もない。


何とか絞り出すように答える。


「僕は…彼女に救われました」


自分でも何を言っているのか分からない。

ただ分かっているとは軽々しく言えなくて、何も喋れない間を嫌ってでききた言葉。


「それまでの僕は生きながら死んでいるのと同じでした。

ただ怠惰に毎日を生きて、適当に勉強して、友達と遊んで、将来の夢なんて大層な物はいつの間にか消えていて代り映えのない日々で」


「絶望でした。アニメや漫画ではあんなにみんなが生き生きとしているのに、それに比べて僕は死んでいるのと対して変わらない」



「頭がいいわけでもないから勉強しても面白くない。センスがないからクリエーターにもなれない。顔がいいいわけでもないからモテる訳でもない。友達が多い訳でもないし、親友と呼べる人はいない。何か他人に誇れる趣味を持っている訳でもない。

そしてそれを何とかしようとしない、絶望に甘んじている自分が何より好きでは無かったです。」


次第に熱を帯びて、言葉に思いがのる。


「彼女は…春下さんは僕にとって希望でした」

「どんな些細なことにだって幸せと楽しさを見つけてはしゃいで。

友達思いですぐに何かあれば助けに行く。頑張り屋さんで出来ないことがあっても不貞腐れずに真っ直ぐにぶつかって、絶対にめげない」


「だから僕はそんな彼女のために、彼女が決して望んで無かったとしても勝手に恩んを返したいんです。僕の好きになったそんな彼女でいて欲しいので」


答えになっているかは分からない。ただ覚悟と思いは伝わったと思いたい。


「なるほどなるほど…」


少し目線を落として考えると、立上り後ろのロッカーの棚を開けて分厚い本を持ってきて僕の前に置き、表紙を開けてページのくりぬかれた中に黒く鈍く光る見慣れた物とダンボールのケースがあった。

いや正確に言えばゲームや映画で見慣れたものか。



「坊主の想いは良く伝わったよ」

「でも私にも通さなきゃいけねえ筋がある。それはどうやっても曲げられねえ」


ダンボールから金色に輝く弾を一発取り出し、慣れた手付きで装弾を始める。


「まあその熱意を無下にするほど、私だって鬼じゃない。こと場合によっては少し違う未来もあるんじゃないかと思えてきた」


弾倉に一発入れてクルクルと回すと手首をくいっと曲げ、装填する。


「だけどそこに行くには何度も降りかかる鉄火場を歩かなきゃなんねえ。

それを乗り越えるだけの力があるか、お前に掛ける価値はあるのか、隣を任せていいのか見定めさせろ」


ごとっと音をたててそれは目の前に置かれた。


「お前がそれを自分に引けるなら、今日から私とお前は五分の関係だ。

一蓮托生、お前と違う未来を目指す。

何もしないのも別に悪いことじゃない、今日の所は客人として寿司食って笑顔でお帰り頂く。その時は、春下と会うこともないだろうが。どちらか好きな方を選びな」


どかっと体をソファーあずけ、慣れた手付きで煙草に火をつける。


「私はこうやって生きて来たんだ今も昔な」


懐かしむような表情を浮かべながらゆっくりと吹かす。


「坊主、悪いことは何だと思う?」


唐突な予想外な質問に驚く飛んできて来て、言葉を選びながらしどろもどろに言う。


「悪いこと…ですか。犯罪とかイジメとかですかね」


「確かにそりゃ悪いことだ。

じゃあこうならどうだ?親父はアル中でギャンブル依存、お袋は毎日で歩いて滅多に戻っちゃ来ねえ。」


「そんな少女は家族から虐待を受けて、毎日毎々殴られけられ暴言を親から言われ、ろくに飯も出やしねえ。遂に耐えられなくなった少女は家出をして、生きるために生まれて初めて犯罪をした。」


「3日目くらいからか。水だけじゃ腹が減りすぎて痛くなってってな、腹を殴っても収まりもしねえ。今でも少女はその悪夢の中さ」


「さて坊主この少女は悪い女だと思うかい?」


試すような笑みを浮かべて意地悪く笑う。


色んな意味がきっと含まれているだろうこの言葉に僕は返す言葉を持たなかった。

あれやこれやと沈黙を埋めるために考えていると


プルルルル


緊張の中、電話の音が鳴り張りつめていた空気が少し和らぐ。

ボタンを押すとコール音が止み、男の声が聞こえる。


「姐さんお疲れ様です。寿司が来たようでいま下にお持ちします」


「おう分かった」


「では失礼します」


「まあそう簡単に決めれるもんじゃねぇ、寿司でも食いながらゆっくり考えな」


もう覚悟はできているがそれはそれとしてお寿司は頂いたおこう。

最後の晩餐になるかもしれないからな。


元から彼女に助けられた命だ。彼女の為に散った所で元に戻るだけ。

あーでもせめてやる前に、スマホとパソコンのデータは消しておきたいな。

失踪して手がかかり探して出て来たデータがあれとか最悪すぎる。

誰か死ぬかボタン押すだけでデータ消せる装置作ってくんないかな、それこそノーベル平和賞物だろ。


現実逃避していると後ろの方の扉からコツコツと足音が近づいて来る。


「ここの寿司はめちゃくちゃウマい、これ食っちまうともう元の寿司には戻れねえぜ」


めちゃくちゃ悪役顔をしながらニヤリと笑う。ここの寿司はわさびの代わりに薬物でも入っているのだろうか。


コンコンコンと3回ノックされる。


「おう、入れ」


バンと勢い良く扉が開かれ思わず振り返ると見慣れた姿と、聞きなれた無愛想で、渋い声が聞こえた。


「待たせたな。ヒロイン到着だ喜べ」


いろいろと思ったことはあったけど、取り敢えずこれだけは声に出た。


「それはねえよ」











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る