第4話 好きな作品のグッズは高くても買える時にかえ

あの時こうしておけば。

そう思ったことはないだろうか?


僕はある。

あの時あの子の勇気を出して声をかけてればとか、あの時にイベントグッズを買っておけばとか、あの時忘れ物をしなければとか数えきれないくらいに湧いてくる。


どんな奇跡も偶然も自らが手放し、つかみ損ね、気づかなければ意味がないのだ。

それに気づくたびに僕は布団の中で奇声を上げながら発狂する。

そんな日々だ。


誰もが後悔も失敗もなく人生を送りたいと考えているが、アインシュタインやモーツァルトと言った、どんな天才でもそれは成し遂げたことがない。


だから君も安心して沢山の挑戦をして、後悔と失敗で満ちたマンガ大賞を取れる様な人生を送って欲しい。


その結果が今の僕だ。


行きつけのグッズ販売店でありったけの財宝を買い込んでウキウキで店を出る。


「今日はお宝が沢山だぜ!まさかネットでプレミアになってたやつがこんなに安く手に入るなんてな!」


バイト代では絶対に手が出ないと思っていた商品で諦めていただけにその感動は大きい。


「ふふふ、これが神の選択か。エル・プサイ・k」


ノリノリで中二病を発症させながら、駅までショートカットする為に少し薄暗い路地に入った瞬間に僕の意識は消えた。




「兄ちゃんそろそろ起きないかい?そろそろ寝顔も飽きてきたよ」


冷たくて重い女性の声で目が覚める。


目の前にはいかにもヤンキーマンガに出てくる怖い人が座っていた。

凍てつくように鋭い眼光に、余裕のあるようなどっしりとしたたたずまい。


座っているだけでも自分より背が高いのが分かるし、腕や足もトーレーニングをしていてしっかり引き締まっているのが分かる。

貫禄はすごいが年はそんなに離れてないだろう、肌の質感や声のトーン。

しぐさなどがそう感じさせる。


あたりの様子を見渡すと床はコンクリートで作られていて、壁は白一色。

安っぽい訳では無いが生活空間として作られた部屋ではないだろう。

窓がなく外の光は差し込まないし、一応ソファーやテーブル、棚などは揃っているが生活感はまるでない。


「まあ飲め、手荒なことして悪かったな」


僕とその女性が向かい合うようにソファー座っており、真ん中のテーブルにはお茶とお菓子が置かれている。


「はぁ、それじゃあ」


置かれてある湯吞みを取り、まだ淹れたてのようで冷ましてすする。

とても口当たりがいいお茶で、飲み込むと葉のいい香りが鼻を抜ける。


「いいお茶ですね」


「お前もわかる口か、嬉しいねぇ」


「カフェインの入っている飲み物は大体好きで色々飲みましたから」


ふうっと一息つき、湯吞みをテーブルに置く。

緊張を、不安を悟られてはいけない。素人の僕がパッと見ただけも分かる相手はこの道のプロだろう。

いくら取り繕った所でたかが知れてるが、しないよりはマシだろう。


「にしたってこんな状況でも味が分かるなんてね、飲むのも危ないだろ」


「僕に何かするつもりならもうどうにかなってる、そう思っただけです」

「本当は怖くて今すぐにでも逃げ出したい気分です」


首をすくめてなさそうに笑ってみせると、楽しそうに笑う。


「こんなひ弱そうなの最初はすぐ泣きだすかと思ったが、なかなかに太いな」

「強く見せる訳でもなく、泣き叫ぶ訳でもないか」


がははと豪快に笑い声をあげ後ろにのけぞる。


「気に入らない奴だったら少しここで遊んでって貰うつもりだったが、気に入ったよ坊主」


「それは良かったです」


取り敢えず、すぐに僕がどうこうなる訳じゃないらしい。

そこは一安心だ。

確か彼女は春下さんの関係者だろう、以前少しではあるが見たことがある。

ただそれだけの情報しか今はない。


「今日は私の客人だ、丁重にもてなそう寿司でいいか?」


「えっと、はいありがとうございます」



机の上の固定電話の受話器を取るとボタンを一つ押す。


「おう、私だいつものすし屋で2人前頼む、いや5人前だなお前らも食ってけ」

「…おう、感謝しろよそれじゃ」


電話が終わりガチャリと置く。


「さて寿司が来るまで少し話そうか。なんで呼ばれたかは分かるか?」


「えっとそれがさっぱりで」


なるべくこちらから情報を渡したさない方がいいだろう。

慎重に言葉を選ぶ。


「おいおい、お前ぐらいのガキなら思い当たる節が1つか2つはないのかよ?」


「残念ながらないんですよ。誰が見ても詰まらない生活しか送ってないですね。」


「そうか、そいつは良くない。うちのババアも言ってるぜ長生きの秘訣は刺激だってな」


「僕には今が刺激的ですよ」


「ハハ、それは違いねぇな」

「さて場も温まって互いに打ち解けたところで本題に入ろうか」


姿勢を少し前に屈め、覗き込むように僕を見る。

さっきと同じで顔が笑っているが目は笑っていない、雰囲気が変わった。


「坊主にはちと悪い話をしなきゃならねぇ」

「甘い甘いキャンディーを溶かして焦がしちまったような話だ」


ポケットからタバコのケースを出して、慣れた手付きで一本取り出すとそのまま火をつけて、ふうっと吹いた。


嫌な予感がする。全身がそれを察知するがどうにもできない。

きっと今回も大きな困難が降りかかるのは彼女と踏んでいたが、今回は僕と彼女のようだ。


「最近一緒にいる春下って女がいるだろ、そいつと縁を切りな」


鋭い眼光が体を射抜く。 

震える手を、震える声を、溢れ出る汗と不安を飲み込んで僕は答える。


別に後悔しない選択をした所でそれは正しいとは限らない。

ただ彼女たちの流儀に合わせて言うなら、僕は春下さんに対して

してくれた恩に対して不義理な真似はしたくない。


彼女が覚悟を持って僕と関わってくれたように、僕も覚悟を持とう。


どうせ後悔するのなら、悔いのないカッコいい後悔を。


「僕は一生彼女の側にいます」


ダンッ! 部屋に轟音が響いた。



















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