第2話 世界の中心で愛を叫ぶケダモノ

ズズッとストローが音を立ててジュースが無く無くなったことを知らせ、同時に氷から溶けだした水が舌にあたる。


互いのトレーにはもう食べ物は無く、ジュースをゆっくりと飲み会話を楽しんでいたがそれももう終わりであると感じる。


「今日はありがとう、こんなに笑ったのは久しぶり」


「それなら良かった」


初めはぎこちなかった会話も時間と共に解消されとても楽しいものになっていた。

元々の性格的なものも近かったかもしれない。


夜に差し掛かりフードコートは来た時よりも静かになり互いの僅かな沈黙が、より明確に感じる。

それは決して居心地の悪いものではなく、芸術作品を見てその感動を咀嚼して解釈するそれに近かった。

どんなに似たストーリーでも絶対はないし同じではない、意を決して口を開く。


「また君と…春下さんとご飯食べたいんだけどいいかな」


彼女は一瞬目を落として悲しそうな笑みを浮かべて答える。


「私ね来年には遠いところに引っ越さなきゃいけないの」


「それまででいいんだ…ダメかな?」



「…物語で転校したり、ヒロインが死んじゃうシーンがありますよね、物語で言えば一番盛り上がる所だし、読者は感動できる所だと思います」

「でもこうは思いませんか?」


今までテーブルに落としていた目を僕に向けて優しく、しかし確かな意思を孕んで向ける。


「そもそも主人公とヒロインが出会わなければそんなシーンは生まれず、キャラクターはそれなりに幸せに、いえ手につかめるだけの確かな幸せを抱えながら生活できたんじゃないかなって」


「出会えたからこその幸運もあったんじゃないかな、どんな結末があってもさ」


「それは読者であり、幸せに過ごせた人がそう思うだけで、本当のところは本人にしか分かりませんよ」


アニメや漫画の談義にも絡ませた優しくもあり明確な拒絶。

きっと彼女に近づこうと、寄り添おうした人は多かったんだろう。

その度にきっとこんな風にしてきたんだ。

悲しんでしまう、何とかしようとしてしまう相手のために。


買い被りすぎかな?そんなことはない僕の好きになった人だ、例え世界が敵になっても友達のためなら何でもしてしまうし、なんなら困った人がいたら疑いもなく助けるそんな人だ。


「だからもう会えない。今日のご飯はそれを伝えたかったんだ、ごめん」


話は終わったとばかりにトレーを持ち上げて足早に席を離れようとするが、手首を掴んで引き止める。


「いい逃げはずるいよ、意見は互いに聞いてこそじゃないかな」


予想外の行動による一瞬の思考の停止、それを見逃さず畳み掛ける。


「大丈夫すぐ終わる、言いたいのは一言だけだし、春下がそれでも会いたくないって言うならもう引き止めない」


こわばっていた力が抜けて、トレーが再び机の上に置かれる。

苦笑いを浮かべて彼女は仕方なさそうに僕を見つめた。


「ありがとう、じゃあ僕の持論を話させて貰う」

「物語で色んなストーリーがあるけど最後にハッピーエンドを迎えるなら僕はどんな悲しいことがあっても、どんな手を使ってもいいと思ってる」


「もしバットエンドになったとしたら?」


「そうはならない、この人生の物語の主人公は僕だしヒロインは君だから」


クスっと顔を少し赤く笑うと彼女は続ける。


「ずいぶんとロマンチックな告白ですね」


「昔からこうゆうのに憧れていたんだ」


「ごめんなさい、私の人生の主人公は私だから」


席を立ち離れようとする彼女に言葉を重ねる。

きっと今の言葉も彼女には届いていない、彼女の覚悟の前には取るに足らない。

だからこんな能天気な僕の意見をサラッと流せる。


さてシリアスなパートは終わりだ。

僕は彼女のためであればどんな道化でも演じるし、何でもする覚悟だ。


立ち去る彼女に僕は精一杯お大きな声で叫び声を上げる。


「春下 美玲さん好きでーーーーーす!付き合って下さいーーーーーい!」


喉が痛い。


「どんな二次元のキャラクターより魅力的でどんな女優よりあなたは可愛い!!!」


周りからの目線が集まる。


「落し物があれば必ず拾って届けるそんな真面目さが!困っている人がいれば自分から助けに行くその優しさが好きだ!」


僕は主人公だだからどんなことでも出来る。


「君のいない人生は考えられないし、君のいない人生はいない人生は要らない!」


周囲に徐々に何事かと人も集まる。

彼女が慌てて駆け寄って来るが僕は止まらない。


「一緒に映画を見て、一緒に買い物して、一緒に笑って、一緒に花見を

して、一緒にエッ」


言い終わる前に彼女に押し倒された。


「いきなりなにし始めるんですか!てゆうか最後何言おうとしてました!?」


「一緒にエッチするって」


「バカ!」


バチっと頬にビンタを食らう。


「いくら何でもいきなり大声で告白し始めるなんて非常識じゃないですか!」


「主人公に常識が通じることの方が少ないですよ」


怒りと恥かしさで顔が真っ赤な彼女が面白くて思わず笑ってしまう。


「笑い事じゃないです!」


「ごめんごめん、可愛くてつい」

「どうする?また会ってくれないとここでまた叫び始めるけど」


何事かと、どんどん人だかりが増えてくる。


「ああもう、分かりましたから逃げますよ!」


僕の手を掴み無理やり引き起こすと、そのまま引っ張って走り始める。


「いやぁ、恥ずかしかった」


「恥ずかしいのはこっちですよ」


前を走る彼女の顔は見えないが、どうやら声色的に本気で怒っている感じでは無いようだ。むしろ通り越してあきれているのか。


「でもこんなイベントも悪くはないでしょ?」


「知りません!」


僕らは夢中で走って外を目指した。


「人生何が起こるか分からないね、ホント!」


「少なくとも原因になった人には言われたくないです!」


「そりゃそうだ」


外に出るとすでに辺りは暗くなっていた。


はぁはぁと二人で肩を揺らし、呼吸が元に戻るのを待つ。


「あなたがそんな人だと思いませんでした」


走って赤く火照った顔を向け、頬をぷくっと膨らませて怒る。


「だってこうでもしないともう会ってくれないと思ったからさ」


いたずらっぽく笑いながら返す。


「だからってあんなの…映画じゃないんですから」


「でも少し憧れてたでしょ?」


図星だったようで拗ねたように言う。


「知りません!小森ってそんな人だったんですね見そこないました!」


「僕はそんな人だよ、ハッピーエンドのためなら何でもするさ」










「さてここまでの物語を聞いて君はどう思ったかな?」


僕は仏頂づらを貫き通す君に向かって答を促した。


「リア充爆発しろと思った」


「だよね、僕もそう思う」


あの時の興奮を落ち着かせる為に、一口コーヒーを飲んでふうっと息をはく。


「今日、君に相談があると呼んだのは僕とヒロインを君がハッピーエンドに行けるように手助けして欲しい」


「断る、それをして俺に何のメリットがある?」


「君は最前列で物語を楽しめる、なんなら物語を変えてもしまえる」


「それなら2000円ばかし払って最前列で映画を見た方がましだね」


吐き捨てるように言うとスマホをいじり始める。

興味が無い話題になるといつもいつもこうだ、ただ今回は違う。


「噓だね、君は何よりも物語が作品が、キャラクターが好きだこんな面白い話に興味がないはずがない。

僕が相手だから興味がないふりしてるけど、本当は早く新刊が読みたくてうずうずしてるはずだ」


睨むように彼の目線が僕を見詰める。

僕の真意を図っているんだろう。

だから僕も真剣に目を見て返す。


「一番信頼できるのは君しかいないんだ、ただ物もお金も君にはお礼にならない」

「ただ一つ満足できるお礼として出来るのがこれだけんだ、隠し事はしないだから助けてほしい」


席を立って頭を下げる。


「……それだけじゃ足りないな」


スマホを閉じる音が聞こえる。


くそ、失敗か…


遠ざかる足音に諦めていると、不意に振り返って笑う


「エピローグまでが協力する条件だな、今日はもう遅いまた後で」


「ありがとう!」


助かった!本当に良かった!

これで、これまでの中で一番早いペースで夏を始めることができる。


ただしそれと同時に今までとは全く違うイベントが起こる可能性がある。


人生で一番長い何度目かの彼女に恋した夏休みがまた始まる。


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