The Encounter:5

 ケリンが病室に駆け込んできた。

 「ジェーン!」

 勢いよくジェーンの手をとる。

 「ああ、ケリン!私今凄く気分が良いわ」

 ジェーンが微笑む。

 「良かったよ、君が目を覚ましてくれて」

 ケリンがジェーンの髪を撫でた。

 「アッシャーのこと聞いたわ。無事で良かった」

 ジェーンが嬉しそうに言う。

 「ああ本当に…もうみんな大丈夫だ」

 ケリンがジェーンを抱きしめると「愛してるよ、ジェーン」と優しい声を出す。

 「私もよ、ケリン」

 2人の視線が合わさった。病室に足を踏み入れようとしていたアッシャーは慌ててUターンした。

 「2人とも幸せそうだ」

 壁にもたれ微笑む。

 『ああ、最悪だ!虫唾が走る!』

 悪魔が心底嫌そうに大声をあげた。

 「お前はそんなことしか言えないのか?まあ悪魔だから仕方ないか」

 アッシャーは呆れたように首を振った。

 『お前があの種の行動をとらなければ良いんだが』

 悪魔が言った言葉にアッシャーがはっとした。

 「おい、ちょっと待てよ。お前が俺の中にいるなら俺のしたことは全部お前にも知られるのか?」

 アッシャーが腕を組む。

 『そうだな。さっきのエッグサンドもなかなかの味だった』

 悪魔が楽しそうに笑った。

 「味までわかってるのか⁉︎ああ、グッバイ俺のプライバシー…」

 アッシャーが頭を抱えた。

 「アッシャー!どうかした?入って来ても良いんだよ」

 ケリンの声がする。

 「ああ、今行くよ」

 少し放心したようにアッシャーが答え、病室に入った。



 

 「アッシャー、来てくれたのね!」

 ジェーンが嬉しそうに声をあげた。

 「調子はどうだ?」

 ジェーンの方に歩み寄りながら尋ねる。

 「最高よ。本当にありがとう。あなたは大丈夫なの?事故に遭ったって聞いたけど…」

 ジェーンが心配そうに眉根をよせる。

 「平気だったみたいだ。ほら、どこも怪我してないよ。悪魔みたいにしぶといんだ」

 アッシャーが両腕を広げておどけてみせた。ジェーンが笑う。

 「そろそろ行かないと」

 ケリンがチラリと腕時計を見る。

 「また来るよ」

 2人は別れの挨拶を終えると病室を出た。病院から出ると車に乗り込む。

 「次は聞き込みか」

 アッシャーが茶色いファイルを開いた。

 「32才の女性が殺害されたやつ?誰のとこに行く?」

 ケリンがエンジンをかけた。

 「夫に話を聞こう。このあざが気になる。殺害時にできたものじゃないらしい」

 アッシャーが写真を見ながら答えた。

 「DV野郎かな」

 ケリンが車を発進させた。

 『殺人か。人は誰もが殺人者だ。全ての人間が暴力性を秘めているからな。お前も含めて』

 悪魔が笑う。

 「だま…」

 言いかけてアッシャーが口を閉じた。

 「どうかした?」

 ケリンがハンドルを切りながら聞く。

 「いや、なんでもない」

 アッシャーが不機嫌そうに窓の外を見た。



 

 アッシャーがドアを叩く。

 「スミス?話がしたい。開けてくれ」

 アッシャーが呼びかける。

 「いないのかな?」

 ケリンが首を傾げた。

『妙な物だ。お前たちは嫌われているのではないか?中の罪は逃げようとしているぞ』

 悪魔に言われたアッシャーは慌ててケリンを振り向く。

 「いや、さっき物音がした。デトロイト市警だ!開けろ!」

 強くドアを叩く。ガタン、と大きな音が家の奥から響いた。

 「あっ、あいつが逃げる!」

 ケリンが叫び走り出した。裏口から走っていく大柄の男が見える。恐らくスミスだろう。

 「止まれ!」

 アッシャーが走り出した。

『走れアッシャー。逃げられるぞ』

 悪魔が煽ってくる。クソッとアッシャーが悪態をついた。スミスが塀を乗り越える時に上着がめくれ上がり、黒い物がベルトの背に挟まっているのが見えた。

 「警察だ!止まれ!」

 アッシャーが叫びながら塀に手をついて飛び越える。スミスが通行人を突き飛ばした。悲鳴が上がる。

 3人は路地の方につき、行き止まりになった。勢いよくスミスがフェンスに手をつく。

 「止まれ!もう逃げられない!」ケリンが駆け足に近づく。手には手錠を握っている。

 アッシャーは銃を構えると「手を上げて跪け!」と命令した。スミスは諦めたように笑うと背中から銃を抜き、ケリンの方を振り返った。

 「危ない!」

 アッシャーがスミスの肩を撃つ。スミスは銃を取り落とすと呻きながら膝をついた。ケリンは驚いたように、すぐ銃をアッシャーの方に蹴る。

 「警官が発砲し1人負傷」

 アッシャーが無線に連絡する。

 『留めをさしてやるか?』

 悪魔がアッシャーをそそのかそうとする。

 「冗談だろ。俺が捕まる」

 アッシャーが呆れて答えた。

 『だがこいつは人殺しだ。お前も罰を与えたいだろう』

 アッシャーが言い返そうと息を吸い込んだ時、「何か言った?」と手錠をかけていたケリンが振り向いた。

 「怪我は無いか?」

 アッシャーが誤魔化す。

 「どこも」

 ケリンは訝しげにアッシャーを見ている。

 「なら良かった」

 アッシャーは銃をホルスターにしまった。


 

 

 「犯人は自供したぞ。よくやった」

 セルウェイがアッシャーの肩を叩いた。

 「ありがとうございます、警部補」

 アッシャーがファイルから顔を上げる。

 「ああ、そういえばラボからこれが届いていた」

 クリップで止められた何枚かのプリントが渡された。

 「随分遅かったですね」

 アッシャーが苦笑する。

 「そうだな。俺のとこに泊まってたみたいだ」

 セルウェイが悪びれずに答えた。アッシャーが呆れて笑いながらプリントに目を通す。

 「警部補、あそこにいたのはやっぱり人間だと思います。ナイロンでした」

 アッシャーがプリントを指差す。

 「それに、被害者の服とも一致しませんでした。おそらく犯人が着ていたものだと思います」

 セルウェイは聞きながら腕を組んだ。

 「犯人は悪魔だと言われ地下に閉じ込められていた。服以外に痕跡は無し。だが犯人が人間なら傷のことはどう説明する?」

 アッシャーは項垂れた。

 「わかりません…もう少し周辺の住人に聞き込みをします。もし動物が…見慣れないものがいたら、誰か覚えている筈ですから」

 アッシャーが言うとセルウェイは笑みを浮かべた。

 「頑張れよ」

 アッシャーの肩を軽く叩き歩いて行く。

 「悪魔か…」

 アッシャーが呟いた。

 『お前たち人間は何かあれば軽々しく我々の名を使う。だが本当に悪魔が関わっていることなんてほんの一握りだ』

 悪魔が鼻を鳴らした。

 「俺はその一握りか。光栄だな」

 アッシャーが皮肉を込める。

 『お前にとって悪いことばかりではない。いずれ私に感謝する日が来ることだろう』

 悪魔がククク、と笑った。

 「馬鹿言うなよ」

 アッシャーが顔を顰める。

 「アッシャー?」

 ケリンが後ろから声をかけ、アッシャーは肩を跳ね上がらせた。

 「ケリン!?いつからそこに⁉︎」

 アッシャーを不安げに見ていたケリンは肩をすくめた。

 「今来たとこだけど」

 ケリンが一歩近づく。アッシャーは思わず一歩下がった。

 「どうかした?」

 今日何度目になるかわからない質問をされる。

 「大丈夫だ。何も問題ない」

 アッシャーは笑みを浮かべるが目元は笑っていない。

 「本当に?何かあったなら言って欲しいんだ。力になるから」

 ケリンが言うとアッシャーは礼を言いながら背を向けた。

 「アッシャ」『奴は怪しんでいるな。気づかれると面倒なことになる』

 ケリンと悪魔が同時に言い、アッシャーには悪魔の声しか聞こえていなかった。

 「俺はもう帰るよ」

 アッシャーが軽く手を振りバッグを持った。

 「あっ、そうか…わかった」ケリンが答える。

 アッシャーが歩き去ってからケリンはどこか寂しそうに自分のデスクに戻って行く。

「まあ、疲れてるみたいだし…夕食くらいまたいつか食べに行けるよ」

 呟き肩をすくめた。

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Brutal Ashton @ashtree10

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