The Encounter:4
「なるほど、だからお前はまだ生きてるのか」
ハーパーは納得したようだ。
「俺そんなに酷いかな。それに、さっきから悪魔がうるさくて」
アッシャーが顔を顰める。
「ああ、俺にも聞こえてる」
ハーパーが腕を組んだ。
「そうだな、俺は多分その悪魔をお前から追い出せる」
ほっとした様子のアッシャーにハーパーは首を振って見せる。
「だとしても俺はやらない」
ハーパーの言葉をアッシャーは理解できず、何度も瞬きをした。
「お前の話を聞く限りだと、その悪魔がいなくなればお前は死ぬぞ。確実に」
ハーパーに言われ、アッシャーは動揺した表情を浮かべる。
「どういう意味だ?」
信じられないというように尋ねた。
「本来ならその事故で死んでる。その悪魔の力で身体を仮に再生してあるだけだ。現に、俺がしっかりお前の内側の方を見たらまじでグロいことになってるからな」
ハーパーが顔を顰める。
「そういうことか。だとすると、この悪魔は弱いわけじゃない?」
アッシャーが聞くと『当たり前だ』と悪魔が威張る。
「ああ、強い方だな」
ハーパーが目を細めながら頷いた。
「なら、なんで俺は操られないんだろう」
アッシャーが自分の手に視線を落とし、尋ねた。
「多分お前が悪魔を認識したからかもな。もしくは…まあ、よくわからん」
ハーパーがタバコを取り出す。
「いるか?」
アッシャーに箱を向ける。
「いやいい。それよりこの悪魔を倒してくれ」
アッシャーが自分を指差した。
『聞いていなかったのか?私が消えればお前も死ぬぞ』
悪魔が口を挟む。
「黙れ悪魔。けどお前の言う通りにはできない。悪いな」
ライターの火をタバコに着ける。
「なんでだよ!?悪魔が目の前にいるんだ!普通のエクソシストなら…」
ハーパーが片手でアッシャーを制した。
「冗談だろ、お前は俺に甥を殺せって言うのか?お前の母親も友人もみんなお前が死ぬのを嫌がるだろ」
ハーパーが煙を吐くとニヤリと笑った。
「それに俺は“普通”じゃない」
両腕を広げ得意そうに笑っている。アッシャーは頭を抱えた。
「嘘だろ…。悪魔の力で生きていくのかよ…。しかもこれからずっと悪魔が俺の中に…」
アッシャーが呟く。
『そんなに悪いことではないぞ、アッシャー』
悪魔が嬉しそうに言う言葉に、アッシャーは指先が白くなるほど強く拳を握りしめる。
怒りに震えているアッシャーの隣にハーパーが座ると肩に腕をまわした。
「元気出せよ、アッシャー。それに…」
ハーパーが一瞬言葉を切り遠くを見つめた。
「お前の父さんと約束したからな。お前の事を守ってくれって」
アッシャーの方に視線を向ける。
「俺の父さんと?」
アッシャーが顔を上げた。
「でも急に死んだんだろ?」
訝しげに眉をひそめている。
「ああ、死ぬ前に言われたんだよ」
ハーパーはアッシャーの肩に乗せていた右腕を下ろすと指を組み俯いた。
「お前は本当に俺の兄…お前の父親に似てるよ。正義感が強い所も、自分より他人を優先する所もな。それは凄く良い所だと思うんだが、問題を1人で抱え込もうとする所も同じなんだよ。アッシャー、俺は心配なんだ。お前がお前の父親と同じように…」
いつになく真剣な表情でアッシャーの目を覗き込む。
「何度も言うようだが、俺はお前を任されてるんだ。俺にはお前を傷つけることはできない。わかってくれ」
ハーパーがゆっくりと、だがきっぱりとした口調で言った。何が起きても意見を変えるつもりは無さそうだ。アッシャーは諦めて頷く。
「俺は…父親の事を殆ど覚えてないんだ。まだ5才だったから…最後の夜に通報現場で撃たれたことしか…何か教えてくれないか?」
アッシャーが恐る恐る尋ねてみた。ハーパーは少し黙っていた。
「…事件のファイルならお前は警察署で読んでるだろ。俺は事件のことは詳しくは知らない。あいつは、そうだな、お前によく似てたよ。ベーコンのサンドとアメリカンペール・エールが大好きだったな。それと、外出禁止と同じくらい不正を憎んでいたよ」
懐かしそうに言うと寂しげにアッシャーに微笑みかける。
「その辺りは俺と一緒だ。他に似てる所は?」
アッシャーが好奇心を抑えきれずに尋ねた。父親の話がハーパーの口から出る事はほとんど無かったからだ。
「他には…」
ハーパーがアッシャーの目を見るとすぐに顔を背けた。
「目がそっくりだ。本当に…」
心なしかハーパーの声がくぐもって聞こえる。
「とにかく、俺はやらない。わかってくれるか?」
ハーパーが顔を上げ、打って変わった強い口調で言った。アッシャーは肩をすくめた。
『アッシャー、私はお前の傷を治すことができる。お前にとっても良い話だろう?どうだ、取引成立か?』
悪魔が声をかける。
「…成立だ」
アッシャーが呻いた。悪魔が笑い、ハーパーはアッシャーの肩を叩いた。
「いつでも相談に乗るからな。なんかあったら言ってくれ。絶対にお前を助けるから」
ハーパーが言い聞かせた。
アッシャーが足早に通りを歩いている。
『成立祝いに何か食べないか?』
悪魔が声をかけた。
「何言ってんだ」
アッシャーの声は低く、不機嫌そうだ。
『そうだな。久しぶりに何か新鮮な物が食べたいな。赤子の生き血とかはどうだ』
アッシャーがわかりやすくうえっと声をあげた。
「それ食べるの俺なんだけど」
言いながら腕時計をチラリと見る。
「まあ中華で良いだろ」
『何だと?契約が成立すれば捧げ物をするのが当然だろう。私としては……』
悪魔が文句をつける。
「黙ってろ」
角を曲がるとホームレスが毛布にくるまって座っていた。アッシャーは立ち止まるとズボンのポケットに手を入れる。硬貨を取り出すとホームレスのくたびれた帽子に入れる。
『何をしている?』
悪魔が混乱したような大声をあげた。アッシャーは無視してホームレスと会話するとまた歩き出す。
『お前は馬鹿なのか?金を無駄にする気か?!』
悪魔が騒いでいる。
「黙れクソ野郎」
『私はお前が大嫌いだ』
悪魔が悔しそうに言う。
「嬉しいな。俺もお前が大嫌いだよ」
アッシャーが言いながら立ち止まる。徐に後ろに顔を向けた。
『なんだ、アッシャー。何かあったのか』
悪魔の声が響く。
「いや、何か見られてたような気が……気のせいか」
アッシャーはまた前を向くとポケットに手を入れ足早に歩き出した。冷たい風が緑の木の葉を揺らしていく。直ぐに灰色の日本車がエンジンをかけアッシャーと反対方向に走り去って行った。
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