The encounter :1

 ネイビーブルーのスーツに青いネクタイを締めたブロンドの男がオフィスに入ってきた。

 「よおケリン!」

 灰色のスーツに赤いネクタイを締めた茶髪の男の肩を叩く。

 「ああ、アッシャーか。おはよう」

 ケリンが放心したような顔で答える。

 「どうした?顔色が悪いな。何かあったか?」

 アッシャーが心配そうに尋ねる。

 「実はジェーンがおかしくなって…」

 ケリンは苦しそうだ。

 「なんだって?」

 アッシャーが眉を顰めた。

 「昨日の夜から急に…人が変わったみたいで…今病院にいるんだ」

 「それは気の毒に…昨日は彼女の誕生日だったんだろ?」

 ケリンは頷きスマホを見る。

 「ああ、プレゼントも送ってレストランで食事もしたんだ。なのにこんな…」

 ケリンの表示した写真には彼女とケリンが笑顔で写っている。彼女の胸元に黄緑の四角錐の宝石が光っていた。

 「プレゼントは何にしたんだ?」

 アッシャーが黄緑の宝石を見ながら尋ねる。

 「このネックレスだよ。アンティークショップで見つけたんだ。気に入ってくれて、すぐにつけてくれた」

 「なんかこのネックレス…」

 アッシャーが引っ掛かるような顔をする。

 「レストン!ちょっときてくれ」

 呼ばれたアッシャーは「悪いな、また後で話そう」と謝りケリンの元を離れた。

 「警部補、なんですか」

 アッシャーがセルウェイの元に行く。

 「また殺人だ。今日はローランドが休みだから一緒に来てくれ」

 セルウェイが上着を羽織る。アッシャーが了解すると2人はオフィスを出た。



 

 keep outテープをくぐり2人が家に入る。死体は既に片付けられていた。

 「また“動物らしきもの”に襲われた殺人ですか」

 アッシャーがカーペットに染み付いた血の跡を見て尋ねる。

 「ああ、今までと同じだ。被害者は“悪魔に襲われている”と911に通報したらしい」

 セルウェイが言いながら廊下に向かう。

 「悪魔か…」

 アッシャーが考え込む。

 「本当かは知らんが被害者はそう思っていたようだ。地下室に十字架やらがあった」

 セルウェイが肩を竦め、アッシャーは苦笑いをした。



 

 地下へ続く冷えた階段を降り、アッシャーが白い手袋でほとんどドアとして機能していない地下室のドアを押す。

 「木の裂け目に毛が挟まっている…誰かがこじ開けたんですかね」

 アッシャーがピンセットで器用に毛を抜き証拠品袋に入れた。

 「動物かもな」

 セルウェイが言いながら懐中電灯で室内を照らす。

 「取り敢えずそれをラボにまわしてくれ。何かわかるかもしれない」

 セルウェイが振り向く。アッシャーが立ち上がった。

 「動物を見かけたという通報はなかったんですよね?」

 アッシャーが確認する。

 「何もないな。鑑識は熊のような爪に蛇の牙だと言っていたが。それもアナコンダくらいの大きさの」

 セルウェイが室内を照らしながら歩いていく。

 「大型ならどこかで見られているはずだと思います」

 アッシャーがドアの横を照らす。小さい四角錐が彫られていた。どこかで見覚えがある。アッシャーが顔を近づける。ケリンの彼女のネックレスと同じ形だ。アッシャーはスマホでその写真を撮った。

 「何か見つけたか?」

 セルウェイが来た。

 「ただの模様です。一応撮っておきました」

 アッシャーが四角錐を指差す。

 「なんだこれ」

 セルウェイが四角錐を見て首を傾げた。



 

 「ケリン、調子はどうだ」

 アッシャーがコーヒーを渡した。

 「ありがとう。悪いままだよ。彼女はもうこのままかもしれない。目つきもおかしくなってきてるんだ」

 ケリンがコーヒーを一口飲む。

 「変なこと言うみたいだけど…あのネックレス何かあるんじゃないか?」

 アッシャーが言うとケリンは顔を顰めた。

 「何?」

 アッシャーは首を振ると「あれをつけた日にこうなったんだろ?」と言う。

 「変な幽霊が取り憑いてるとか?悪魔憑き?」

 ケリンが立ち上がる。

 「違う、そうじゃない。アレルギーとか化学物質とか…現実的な何かが起きてるかもしれない」

 アッシャーが急いで説明する。

 「俺にはよく分からない。悪いな、力になれなくて」

 アッシャーが諦めて手を振った。ケリンは肩をすくめ「俺もだよ」と言い力なく笑った。


 

 

 ケリンが病室に入る。

 「ジェーンは大丈夫ですか?」

 「今は安定しています」

 看護師に言われ、ケリンは少しホッとしたような表情になる。ジェーンは目を見開いて空中の一点を見つめていた。

 「ジェーン、気分はどう?」

 ケリンがみじろきもしないジェーンに話しかける。青白い手を握ろうとして、青い病院服に似合わない妖しい緑の輝きに気づいた。

 『あのネックレス、何かあるんじゃないか』アッシャーの言葉が蘇る。少し見てみるだけだ。そう言い聞かせながらケリンはネックレスに手を伸ばした。震える指でジェーンの首から外す。

 突然ジェーンが糸が切れたようにベッドに倒れ込んだ。ケリンが驚いてジェーンを掴もうとする。

 「ジェーン?」

 ケリンの手が掴んだ腕は明るい色に戻っていた。恐る恐るジェーンの頬に手を添える。赤みがさし、穏やかな表情で寝息をたてるジェーンにケリンはほっとした顔になった。安心したように笑い、ジェーンの頬を撫でる。

 「本当にこいつが?」

 ケリンはネックレスを持ち上げると気味が悪そうに見た。

 “話したいことがある”とアッシャーのスマホにメッセージが表示される。アッシャーは水の入ったグラスを置くと“いつもの店にいる”と送った。

 暫くしてケリンが店に入ってきた。アッシャーの向かいの席に座る。

 「急いでるか?」

 「いや。ただこれについて話したくて」

 ケリンがバッグからネックレスを取り出した。アッシャーが右手を伸ばし、受け取る。

 「それを外したらジェーンが落ち着いたんだ」

 ケリンが不安そうに言う。ウェイターが赤ワインをグラスに注いで行った。

 「これが原因かもな」

 アッシャーがモチーフを傾けてみる。パリッと音がして四角錐にヒビが入った。2人が顔を見合わせる。

 「今の…」

 ケリンが蒼白になった。

 「勝手に?」

 アッシャーが首を傾げる。

 「やっぱり何かあるんだ。怖くて持ってられない」

 ケリンが身震いする。

 「なあ、これ暫く貸してくれないか?俺の叔父がこういうのに詳しいんだ」

 アッシャーがケリンの目を見る。

 「そうしてくれると助かるよ」ケリンが申し訳なさそうに言った。

 「気にするな。俺は2人を助けたいんだ。お前はただワインを飲んで、家に帰ってフットボールでも見てれば良い。明日は休みだしな」

 アッシャーが微笑む。ケリンは礼を言いワインを飲んだ。アッシャーはネックレスをバッグにしまう。とりとめのない会話を終えると2人は店を出た。

 「乗ってくか?」

 アッシャーがケリンの方を振り返る。

 「いや、良い。バーで飲み直すよ。ありがとう」

 「じゃあまた職場で」

 アッシャーがキーをアストンマーティンのヴァンテージに向けた。車に乗り込みバッグを助手席に置く。エンジンをかけると明るい店前を離れた。

 車を走らせながら、どことなく不安になりバックミラーを確認する。赤信号で停車した。エンジン音が近づいてくる。アッシャーはふと左を見た。黒い車がすぐそばに迫っていた。目を見開きハンドルを切ろうとする。轟音が響き車が大きく揺れ、視界が大きく持ち上がる。車体が横転し、煙が上がる。通りを歩いていた人の叫び声が響いた。

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