Brutal

Ashton

序章: 悪魔

「お前が悪魔だってことはわかってるんだ!」

 男が短剣を持ち、怒鳴る。

 椅子に縛り付けられた灰色の髪の男は「何を言ってるんだ?」と首を傾げた。

 暗い地下室に、一本の蝋燭の光が周囲をぼんやりと照らしている。男の足元には大きな十字架や瓶に入った聖水が転がっていた。

 「誤解だ。俺は悪魔じゃない。お前の友人のセルビーだ。俺は」

 黙れ!と男が遮る。

 「悪魔が俺の友人を名乗るな!」

 言いながら短剣の柄でセルビーの頭を殴る。幸い血は出なかったようだが、セルビーは痛みにうめき前屈みになった。

 「悪魔は地獄に帰れ!」

 男がヒステリックに叫ぶと聖水を勢いよくセルビーの顔にかけた。むせながら前髪から水を滴らせている。

 「良いか、俺の友人のふりを続けるなら…」

 男が言葉を飲み込んだ。セルビーが笑い声を漏らしている。ゆっくりと顔を上げた。青かった瞳が細長く猫のようにのび、地下室の影よりも黒く染まっていた。男が叫び声をあげる。短剣を落とすと背を向けドアに飛びついた。どうにか鍵を開け外に飛び出す。セルビーがゆっくりと立ち上がった。きつく縛られていた縄がブチブチと音を立て千切れ、彼の体を滑って床に落ちていく。セルビーの肌が青白く、ひび割れ血が滲んできた。男は外から鍵をかけるとポケットに手を入れ悪態を叫びながら階段を駆け上る。ようやくスマホを取り出し手間取りながらも911をダイヤルした。1番上の段に躓きスマホが前に転がっていく。セルビーはドアなんて見えていないかのようにそのまま歩いて行きぶつかった。ドアがバキバキと変形し、下側の留め具ごと外れた。振り返って斜めになっているドアとセルビーを見た男は叫び地面を這いスマホを取った。画面は完全に蜘蛛の巣のように割れている。

 『911です。どうしましたか』

 オペレーターの女性が尋ねる。

 「あ、悪魔が!助けてくれ、殺される!」

 「悪魔?」

 オペレーターが顔を顰める。

 『悪魔に追われてるんだ!頼む助けてくれ、誰か…うわっ!やめてくれ!どっか行けよ!』

 男の叫び声と何かが割れる音がした。

 「大丈夫ですか?誰かに襲われているんですか?」 

 オペレーターが尋ねる。

 『やめてくれ、頼む!悪かった助けてくれぁあああ!』

 男の悲鳴とグシャッと何か水気のあるものが潰れる音が響く。オペレーターが呼びかけるが湿った殴打音しか聞こえなかった。



 

 keep outと黒字で書かれた黄色いテープが張り巡らされ赤と青の眩しい光が忙しなく点滅している。白いヘッドライトが細い雨の線を照らし出していた。室内に入った警官の何人かは顔を顰めた。爪や牙のようなものでちぎられた跡や、何か硬くて大きいもので殴られた跡、遺体は原型を留めていない程に酷く傷つけられていた。周囲に肉や内臓の塊が飛び散っている。「これは酷い」年配の鑑識が言い、若い鑑識が「どれほどの苦痛だったのか…考えたくもないです」と身を震わせた。

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