第23話 あんたと、真幸は全然違うから――

 河合真幸かわい/まさきは今、大きな壁にぶち当たっている状況だった。

 多分、人生で初めての経験だと思う。


 駅中の人通りが少ない場所には、真幸を含め、三人がいる。


 緊張感や恐怖心を何とか堪えている状態だが、実のところ心が震えていた。


「彼氏? お前が? 美蘭の?」

「そ、そうだけど……」


 真幸はそこに佇んでいる男性に言い返す。


 その男性は首を傾げた後、美蘭の方を見やるのだ。


「あいつ、あんな事を言ってるけど、本当なのか?」


 少々不思議そうな顔つきで美蘭に話を振っていた。


「そうだけど」


 白石美蘭しらいし/みらは平然とした態度でかつ、何食わぬ表情で言ってのけていた。


「本気で?」


 男性はまだ現実だと把握しておらず、真幸の立場を理解していないらしい。

 むしろ、理解できないのではなく、現実だと受け入れたくないのだろう。


「本気でそうなんだけどね」

「……美蘭って、こんな奴と付き合っているのか?」


 真剣な瞳を見せる美蘭の返答を受け入れるなり、男性は呆れてため息をはいていたのだ。


「……正気かよ」


 その男性は首を振って、アホ臭いといった感じに肩を落としている。


「美蘭って。まさか、そんな趣味があったとはな。もう少し男選びには慎重になった方がいいと思うけどな」


 その男性は美蘭に少しだけ近づいてくる。


「今の私はしっかりとしていると思うけど。といううっか、そんなアドバイスはいらないわ」


 美蘭はストレートに思っている事を言っていた。


「は?」

「むしろね、昔の私の方がしっかりとしていなかったかもね。そもそもさ、あんたの性格を最初っから分かってたら、付き合うなんて事はしなかったわ」

「お前さ、調子乗ってないか?」

「乗ってないけど」


 美蘭は余裕ある態度を見せていた。

 真幸が来てくれた事で声も比較的緩やかになり、心をコントロールできているようだった。


「真幸は普通にいい人だけどね。あんたより何倍もね」

「そんなことないだろ。どう考えても俺の方が勝ってると思うけど?」

「何が? というか、どこが勝ってるのかしらね」

「全体にだけど。バカにしているのか?」


 美蘭が放つ言葉一つ一つに目を細め、男性は真幸の姿を睨むように見て、美蘭に対して言葉を切り返していた。

 男性はどうしても納得がいかないらしい。


「真幸はあんたのようにすぐに感情的にもならないし。私のこともちゃんと考えてくれるし」

「俺だって、色々と考えていただろ」


 男性は美蘭が言っている事は言いがかりだと、強気な姿勢を崩す事はしない。


「それは勝手な押し付けでしょ」


 美蘭はあっさりと、その男性の意見をはねのけた。


「は? 考えていただろ」

「どこが? 私、嫌がっていたのに、あんたは勝手に自身の価値観を押し付けていただけでしょ。それのどこが考えていたっていうの?」

「押し付けじゃない」

「押し付けだって」


 二人の意見は対立している。

 拮抗しているものの、若干、美蘭の方が勝ってきている気がした。

 状況は美蘭を味方しているようだ。


「えっと、もうこんなところで騒ぐのはよした方がいいと思うよ」


 真幸は二人のやり取りを見て、横やりを入れるように話しかけた。


「は? お前は黙ってろよ」


 男性が怖い形相で真幸に八つ当たりをしてくるのだが――

 次の瞬間、男性の表情が青ざめて始めていたのだ。


「お前、一体、何をしてるんだ。こんなところで」

「あ、それは……」


 男性が困惑し、後ずさっている理由は真幸の背後にあったらしい。

 真幸が振り返ると、そこには黒いスーツを身につけた男性の姿があったのだ。


「先生、これには訳があって」

「和真! この前も、別のクラスの女子生徒に迷惑行為をしていたらしいな」

「それは違うんですよ。それはただの遊びでというか、なんていうか、バイトを紹介してやっただけなんすよ」


 先生に睨まれている合津和真あいず/かずまは苦笑いをし、この現状を乗り越えようと必死になっていたのだ。

 今、真幸の隣に佇んでいる人物は、その和真が通っている高校の進路指導の先生らしい。


「そんな言い訳が通じるかッ!」


 進路指導の先生は語気を強めて言い放つ。


「近頃な。この周辺で問題行動をしている人を見かけると学校に連絡があってな。丁度見回りをしていた最中だったんだ。もしや、お前が全ての原因か?」

「そ、そんな事はないです」


 和真は、進路指導の先生に怯えるように違うと何度も懇願していた。


「そんなに言い訳をするなら、今から学校に来てもらおうか。他の生徒と共交えて話がある。そこで詳細に話して貰う事になるがな」


 和真の発言は空しく、人通りが少ない現在地から連れていかれることになったのである。




「やっぱり、あの人は高校でも変わっていなかったのね」


 二人きりになった今、美蘭は真幸の隣までやってきていたのだ。


「昔からあんな感じなの?」

「そうね。強引なやり方をするのよ。さっき私にやっていたみたいにね。そもそも、他の人とも付き合っていたなんてね。寄りを戻そうって言いながら嘘をついていたのね。全く最悪な人だったわ」


 美蘭は呆れがちに肩を落としていた。


「そもそも、あんな奴、もう二度と関わりたくないわ。私の意見は無視するし、嫌な事を押し付けてきたりとさ。あいつなりに良かれと思って自分の価値観を押し付けてくるのよ。中学の頃は暴力を振るわれた事もあったのよ」

「そんなことが? 大丈夫だったの?」

「それについては問題ないわ。その時は早い段階で病院に行ったから体に傷も残らなかったんだけどね。ほら、ここには何もないでしょ」


 そういって、美蘭は袖をまくり上げ、左腕のところを見せてきた。


「何もないね。でも、治らない怪我じゃなくてよかったね」

「まあね。というか、真幸は私のことをちゃんと考えてくれるよね」

「そうかな? まだ、全然なところがあるっていうか。彼女とかも君が初めてだったし。不慣れなところがあるっていうか」

「まあ、そういう事なら、長く付き合っていれば何とかなるでしょ。というか、今日は帰ろ。早くしないと、家に帰るのが遅れるじゃんね」


 彼女から手を引っ張られ、共に駅中の改札口へと向かう事になったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る