第22話 美蘭が離れたがっている相手――

「楽しかったね!」


 二人は遊園地を後にしていたのだ。

 河合真幸かわい/まさきの隣を歩いている彼女は、笑顔だった。


 今日の遊園地での出来事が楽しかったらしく、彼女は時又子供っぽい表情になる事もあった。


 遊園地から離れた道を移動している二人の周りには殆ど人がいない。

 人通りが少ない時間帯を選んで帰宅している最中だった。


 他人の目を気にしない状況であるゆえに、白石美蘭しらいし/みらは真幸の腕に抱きついたまま歩いている。

 いつもよりも可愛らしく甘えた口調になっていた。


 傍から見たら、変なカップルに思われるかもしれない。


「ねえ、真幸はどうだった? 私は楽しかったんだけど」

「俺も楽しかったよ」

「本当? だったら良かったよ。また時間があった一緒に来ようね」

「そうだね。また今度ね」

「うん♡」


 美蘭は嬉しそうに頷いていた。


「どこかに寄って行く?」

「どこか……えっと……ん?」


 美蘭の問いかけに、真幸はその時にハッとしたのだ。


「そんなに焦って、どうかしたの?」

「あ、いや、なんていうか。咲夜から頼まれてたお菓子セットを購入するのを忘れてたのを今思い出して」


 真幸は重大な約束を忘れていて、冷や汗をかいていたのだ。


「え? じゃあ、どうする? 戻るの?」


 美蘭は、真幸の驚き具合に反応し、真幸から少し離れ、比較的真面目に悩んでくれていた。


「どうしようかな」


 真幸は悩み込んでしまう。


 今の場所から戻ってもいいのだが、十分ほど時間がかかるのだ。

 現在地から駅に向かった方が近いまである。


「購入する予定だったお菓子セットってのは、どんなの?」

「それは、これなんだけど」


 真幸は道の端に移動し、スマホ画面に表示させたお菓子セットのデザインを彼女に見せる。


「それね。だったら、駅中にもあったはずだよ」

「そうなの?」

「ええ、確かね。見間違いだったかもしれないけど。どうする? 駅に行く? それとも戻る?」

「じゃあ……」


 真幸は遊園地方面を見やる。


「だったら、駅の方で買おうかな」

「じゃ、そういうことで、行きましょ。あともう少しでしょ。駅までさ」


 美蘭と共に歩き。その先に、この街までやって来た時に利用していた駅の看板が見えてくるのだ。




 二人は駅中に入る。

 すると、美蘭が率先して案内してくれるのだ。


 昔、彼女が住んでいた街にある駅なのである。

 ゆえに、彼女の方が、この駅について詳しいのだ。


「売店はここだよ……えっと、売店のどこらへんだったかな……あッ、あった。これよね」


 遊園地と提携している商品として、咲夜が欲しがっているお菓子セットが、その売店に置かれてあった。

 特設らしく、可愛らしい紹介文のポップまで、その近くには取り付けられてあったのだ。

 金額は三千円である。

 意外と高い。


 お菓子セットの表紙には、遊園地のアトラクションや、着ぐるみを着たキャラクターが手書きイラストで描かれているのだ。

 綺麗な色合いと共に、リアルな描写が特徴的で一瞬、写真で撮影されたモノではと思ってしまうほどだった。


「これ、実際によくよく見てみると、色の扱い方が綺麗よね」

「そうだよね」


 真幸は彼女の問いかけに共感するように頷く。

 そして、そのセットの箱を手に取り、裏面を見やった。


「内容は、着ぐるみキャラクターの形をしたクッキーが入ってるのか」

「キャラクターのステッカーもランダムに入ってるみたいよ」

「あ、本当だ」


 咲夜が好きそうなセット内容だった。


「じゃあ、買ってくるから、ちょっと待ってて」


 真幸は一旦彼女と離れ、売店のレジ受付にて、財布から三千円を取り出し、会計を行う。

 真幸は買い物袋に入れてもらったお菓子セットを受け取り、美蘭のところへ向かったのだが――


「アレ?」


 辺りを見渡すが、美蘭の姿がない。


 駅中周辺を回って歩いていると、人通りが少ない駅のエリアにて、その曲がり角からこっそりと覗き込んだ時、真幸の瞳に美蘭の後ろ姿が映る。


 真幸から声をかけようとした時、嫌なオーラを感じ取ってしまうのだ。


「でも、なんで、こんなところにいるのよ」


 真幸のところまで美蘭の強い声が響く。


「お前こそ、というか、お前さ。なんで俺の連絡を無視してんだよ」


 次は反抗するかのような男性の声だった。


「だって、別れたじゃない」

「俺はそんなつもりはなかったからな!」


 男性の方は本気な顔つきで、美蘭に対して突っかかった反応を言葉で返していたのだ。


「でも、あなたと関係性はもう終わってるから! もう会わないって約束までしたじゃん」

「は? 勝手に終わらすなよ。お前さ。そもそも、一緒に高校に行く予定だったろ」

「そんな約束してないし」

「⁉ 女の癖に――」


 その男性が美蘭に対して手を上げようとした時だった――


 真幸の体は本能的に動いていたのだ。


「それはよくないと思うんだけどな」


 真幸は、この場にいる存在感を知らしめるために曲がり角から姿を晒し、堂々と大きな声を出す。

 突然声を出す事に、真幸は緊張していたが、そんな事を気にしている場合じゃないと思い、行動に移したのだ。


 真幸の目の前には、美蘭と、もう一人の男性が向き合うように佇んでいる。

 そんな二人は真幸の方を見やっているのだ。


 男性というのは、美蘭と大体同じ年齢であり、察するに元々付き合っていた相手なのだろう。


「ビックリしたな。驚かすなよ。お前、盗み聞きか。部外者はどっかに行けよ」


 男性から威圧的に言われる。

 けれど、真幸は動じた反応を見せずに、表面上は平穏を装いながら二人がいる方へ近づいていく。


「この人は俺の彼女だから、むしろ、君の方がこれ以上余計な発言はしない方がいいと思うよ」


 真幸は内心緊張していたが、堂々と、その男性の目を見て言ってのけたのである。

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