第21話 二人だけの時間

 遊園地内にいる二人。

 二人は今まさに一番高いところにいた。


 現状の風景の良さよりも、怖さの方が勝っている。


 声を出せないほどに緊迫した状況であり、二人の心臓の鼓動は加速していたのだ。

 それは同乗している他のお客も同じだろう。


 真幸と美蘭は、遊園地のアトラクションの中で、最も怖いとされるジェットコースターに乗っているのだ。


「く、くるねッ」

「⁉」


 白石美蘭しらいし/みらは声を震わせている。

 そして、目を瞑っていた。

 河合真幸かわい/まさきは現状の恐怖心に驚き、声を失っていたのだ。

 その上、手を震わせている。


 次の瞬間、ジェットコースターが勢いよく急降下していく。

 風を切りながら激しく動き、下降したと思えば、上の方へ移動したり、大きく曲がったりと、二人の恐怖心を煽りまくる。


 たった一分間という短い時間なのだが、物凄く長く感じるのだ。

 体感的に五分くらいは感じたと思う。


「はあ、あ……怖かったけど、な、何か楽しかったね」

「そうだね。終わってみると、いい思い出になるよね……」


 ジェットコースターを降りた二人はカタコトになっていた。

 けれども、もう一回乗ろうとは思えなかったのだ。


 二人はその場所から離れる。

 そんな中、今、ジェットコースターに乗車している人らの断末魔のような嬉し声が響き渡っていたのだった。




「ちょっとお腹が空いてこない?」

「じゃあ、何か食べよっか」


 二人がジェットコースターエリアから離れて少し歩いた先。チュロスを販売している出店があった。


 今のところ、その場所には他のお客はおらず、すぐに購入できる状況ではあった。


 出店のところに設置された看板にはメニュー表があり、二人はそれを見る。

 チュロスといっても数多くの種類があるらしく、ザッと見た感じ、十種類の味があったのだ。


 みたらし味、アップル味、きなこ味。それや、定番のシナモン味や、チョコレート味である。


「私、シナモンとか、チョコ味しか食べたことなかったんだけど。結構色々な味があるのね。パイナップルとか、メロンもあるって」

「珍しいな。でも、いつも通りのチョコ味でいいかな。チョコが好きだし」

「私もチョコかな……んー、でも、せっかく遊園地まで来たんだし、変わった味にしようかなって」


 美蘭はジーッとメニュー表を見て悩み、再び選び始める。


「そうだ。すいません、注文いいですか。このストロベリー味でお願いします」

「OK、ストロベリー味ね。そちらの彼氏さんですかね。そちらの方は何になさいます?」


 聞こえてきたのは、海外風の話し方。カタコトの日本語口調な女性スタッフが、真幸に問いかけてくる。

 その女性は目の色合いが青色だった。


 彼氏か……直接言われると何か恥ずかしいな……。


「じゃ、じゃあ……チョコ味でお願いします」

「OK、チョコね。すぐに出来るから、ちょっと待っててね」


 その海外風の見た目をした、金髪ヘアな女性スタッフから一本三百円と言われ、二人は割り勘で支払う事にしたのだ。


 購入したチュロスは写真よりも大きく感じる。

 映画館や市販で売られているモノよりも二回りほど大きい。


 二人はチュロスを食べ歩きながら遊園地内を回っていたのだ。


「ストロベリー味って、どんな味がするの?」

「真幸も食べてみる?」

「え、いいの?」

「いいよ、ほら」


 美蘭は手にしているチュロスを真幸へと近づけてきた。


 彼女のは食べかけで、今の状態で食べると普通に間接的なキスになる。


 そもそも、キスは以前した行為であり、そこまで意識することではないものの、それでも無意識的に考えてしまう。


 むしろ、こんな状況で変に対応してしまう方がよくないと思い、真幸は自然な感じに、隣にいる彼女のチュロスへと顔を向けた。


 少しだけ食べて咀嚼する。

 ほんのりと甘いイチゴの味を感じられ、ストロベリー味のチュロスも良いと感じたのだ。


「じゃ、私も食べるね!」


 すると、美蘭は突然、真幸のチュロスへと口をつける。

 彼女の口元は食べかけのところであり、急な出来事に真幸の胸の内は高鳴ってしまうのだ。

 けれど、内心、嬉しくもあったのだ。




「それと最後はアレしかないよね」

「アレって?」

「アレよ」


 隣にいる美蘭は、遠くの方を指さす。

 遊園地の中でもダントツ大きいアトラクション。

 それは観覧者だった。


 今の時間帯は他のアトラクションが人気らしい。ゆえに、待ち時間なども殆どなく、観覧者担当の女性キャストに案内されながら、二人はすんなりとゴンドラに入る事が出来たのである。


 ゴンドラの扉が閉まると、ゆっくりと上へと移動する。

 それは時計回りに上昇し、次第に景色が変わって行く。


「ここから見える景色は最高ね!」


 美蘭はゴンドラの窓から見える景色を見て、目の色を変えていたのだ。


「アレって、私らの街じゃない?」


 美蘭は窓から遠くの方を指さしていた。


 この遊園地まで四つの駅しか離れておらず、小さくはあるが、何となく街らしき景色が見えるのだ。


 ついには、ゴンドラが一番高いところまで到達する。

 そこから見える景色は素晴らしいものだった。


 真幸自身、観覧車に乗ったのは数年ぶりであり、その幅広い景色を見て心の中がスーッと楽になった気がしたのだ。

 悩んでいた事や、迷っていたことから解放された感じがする。


 ……そろそろ、明日か。


 明日は幼馴染の八木彩芽やぎ/あやめと遊ぶ約束になっていた。

 それまでに彼女へ返答をしなければいけないのだ。


 悩んでいた時もあったが、今、心の中で彩芽に対して伝える言葉が決まった瞬間であった。


 いつまでもクヨクヨと考えているわけにもいかず、男らしく決心を固めたのである。


「真幸、難しい顔してたけど?」

「いや、なんでもないよ」


 真幸はこれ以上語る事はしなかった。


「ね、真幸、あっちの方も見てみなよ。私が昔住んでいた街のワターがあるよ」


 美蘭が示す先には、街中に聳え立つ観光ワターがある。

 三十メートルほどの高さであり、ゴンドラからでもハッキリと見えたのだ。


 真幸はゴンドラが下へ到達するまでの間、この二人きりの時間を楽しもうと心から思うのだった。

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