第20話 美蘭との思い出作り

「まずは何に乗りたい?」

「じゃあ、手始めにコーヒーカップは?」


 二人は遊園地内を歩いている。

 隣にいる美蘭の問いかけに、河合真幸かわい/まさきは手に持っているパンフレットを両手で広げた。

 それには園内が地図として載せられてあったのだ。


 どこに何があるのかや、どんなアトラクションなのかなど、それらについての情報が詳細に書き込まれているのだ。


「コーヒーカップね。それもいいかもね。どこら辺にあるの?」


 白石美蘭しらいし/みらはテンションを上げ、問いかけてくるように真幸へ抱きついてくる。

 その影響もあって、彼女の髪の匂いなどが、今まさに真幸の鼻孔を擽っているのだ。


「ここにあるんだね。じゃ、近くみたいだし、行こ」


 美蘭から急かされ、真幸は駆け足で移動する。


 彼女は今の環境を楽しんでいるようで、真幸からしても嬉しかったのだ。


 連れてきてよかったと思う。




「では、お待ちの方、こちらにどうぞ」


 若めのキャストが、列に並んでいた二人を案内するのだ。

 一つのコーヒーカップに二人は向き合うように座る。


「なんか、恥ずかしいね」

「そ、そうだね」


 向き合うように座っているという事情もあるのだが、周りにいる人らは大方が小学生くらいの子である。

 一応、その子供らの両親もいるのだが、高校生という年齢でコーヒーカップで遊んでいるのは、辺りを見渡しても真幸と美蘭しかいなかった。


「ま、まあ、気にしなくてもいいんじゃない? 周りを見なければ何とかなるんじゃないかな」

「それもそうね。そもそも、私が乗りたくて乗ってるわけだしね」


 美蘭は照れ笑いをしていた。


「……」

「……」


 二人が無言のままコーヒーカップに座っていると、ゆっくりとアトラクションが動き出す。




「恥ずかしかったけど、楽しかったね」


 美蘭は照れ笑いを浮かべながら真幸に問いかけてくる。

 そんな彼女は真幸の右腕に抱きついてきているのだ。

 胸元が当たっており、真幸からしても少々照れしまう。


「知ってる人はどこにもいないんだし、こうしてくっ付いてもいいよね」


 美蘭は嬉しそうに笑う。


「でも、まあ……そのままでもいいよ」

「本当に?」


 美蘭のテンションは上がり、さらにグッと右腕を抱きしめてくるのだ。

 彼女との体の距離が必然的に近くなり、今まさに、真幸の心拍数が確実に高まりつつあった。


「そうだ、今度はジェットコースターに乗る?」

「え、いきなり過ぎないか? 美蘭は怖くない?」

「こ、怖いけど。真幸と一緒だったら大丈夫よ。ね、どうする?」

「んー、だったら……」


 真幸は唸り、悩み込んだ後で、とある提案をする。


「ジェットコースターに乗る前に、水上を移動する乗り物に乗らない? あれなら安心だし。さすがにいきなりジェットコースターはちょっとね。水上を移動する乗り物は、ここにあるみたいだし」


 真幸はパンフレットを持ち、特定の場所を示していた。




「前から八人のお客様まで、ご利用なれます」


 遊園地の女性キャストが周囲の人を丁寧に案内している感じだ。


 今いる場所には、水上を移動するといったアトラクションがある。大きなテーマパークにあるようなジェットコースター要素などはまったくない。が――

 どちらかと言えば、水上をいかだのような乗り物に乗って、周辺にいる動物型ロボットを見るような展開が多くあるらしい。

 いわゆる探索系みたいなアトラクションなのだ。


 移動中に水がかかってしまうイベントもあるようで、私服が濡れないようにレインウェアを着用していた。


 二人は他のお客同様に、筏の前の方に座る。

 筏といっても、丸太がくっついただけではなく、ちゃんと安全を配慮した取っ手もあり、椅子もある。

 ただ外見的に、筏をモチーフにデザインされている感じなのだ。


「全員乗りましたね。では、いってらっしゃい」


 女性キャストの声がマイク越しに聞こえ、筏を操縦する男性キャストが安全棒を持ち、前の方に乗った状態で真幸と美蘭を含めた合計九人でスタートしたのだ。


 スタート地点から少し進んだ先に見える島エリアにはトラがいた。

 ロボットでありつつもリアルな動きや、事前に録音されている音を発しながら、お客に対して話しかけてきているようだった。


「凄い本物感があるわね」


 美蘭は、トラを眺めていた。


「パッと見、本物かと思ったよ」


 真幸も一瞬、本物かと思い、心臓が止まりそうになっていた。


 ジェットコースターとは違う驚きがある。


 その次のエリアは草原のエリアらしく、ゾウが待ち構えているのだ。


 ゾウの鼻からは水が噴き出て、筏に乗っている人らにもかかってしまう。

 レインウェアのお陰でそこまで被害はなかったものの、突然の出来事に真幸と美蘭も驚いていた。


「今度はトンネルがあるね」

「次はなんだろうね」


 トンネルが近づいてくると、トンネルの高さを把握した上で筏の前の方に佇んでいた男性キャストは安全棒を横にしてしゃがむ。


 一瞬で自然あふれる空間から暗い空間へと閉ざされてしまう。


 数秒ほどで光が見えてきて、パアァと周辺が明るくなる。


 今度は大きな声が響く。

 他の動物とは全然違う迫力のある声だ。


「ティラノサウルスじゃない?」


 美蘭は指さす方には、全長五メートルほどの恐竜がそびえたっていたのだ。

 現物の大きさとは異なるものの、恐竜から見下ろされていると思うと物凄くビックリする。


 リアル感が凄すぎて、筏の方へ攻撃してくるのではと思ってしまうほどだ。


 恐竜エリアを抜けると、数メートル先には道がなかった。


「今から少し段差のある場所を通過します。水がかかってしまうかもしれませんので、しっかりとレインウェアを来てください」


 筏の前にいる男性キャストからの指示があり、乗客八人は準備を整えていたのだ。

 キャストも筏の安全棒を掴んでしゃがみ込んでいた。


 次の瞬間、急激に筏が下へと移動する。

 二メートルほどだろうか。

 急降下し、真幸や美蘭も周囲の水を前面に浴びる事となったのだ。


 真幸と美蘭で、さっきの水しぶきは凄かったねと話している間には、ゴール地点に到達していたのだ。

 ゴールという名のスタート地点である。


「お楽しみにいただけましたでしょうか。またのご利用をお待ちしております」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る