第19話 今日は思い出に残る日にしたい

 すでに待ち合わせ場所は決まっていた。

 それは地元の駅である。


 朝。河合真幸かわい/まさきは妹の咲夜さくやの助言通りの私服を着こなす。自室の鏡を見た後、妹には行ってくると一言告げて家を後にする。


 駆け足で地元駅に向かうと、駅の入り口付近から出てきた子がいた。


「おはよ、真幸」


 その子は、気さくな感じに声をかけてくる。

 真幸はその場で立ち止まり、その子に近づいていくように歩く。


「お、おはよう、美蘭……」


 真幸は一瞬、美蘭だとは思わず、少し声が動揺していた。


「美蘭って、いつもと雰囲気が違うね」

「そうかな? でも、どう? 似合ってる感じかな?」


 真幸は美蘭の姿を満遍なくまじまじと見やる。


「じっくりと見られると結構恥ずかしんだけど」

「ご、ごめん。でも、意外と私服は普通なんだね」

「まあ、そうかもね。プライベートでは、普段からこんな感じよ」


 今の白石美蘭しらいし/みらの服装は、いつものように着崩しているわけではなく、派手というわけでもなく、至って普通だった。

 下の方は白色のロングズボンに、上の方は海外風のロゴイラストが入ったTシャツに、春用のカーディガンを着ている。


「そういう服装も似合ってると思うよ。普段と違うってのも新鮮でいいし」

「そう? そう言ってくれると嬉しいんだけど」


 美蘭は軽く照れていた。


 二人は駅の入り口から少し離れた場所に移動し、会話を続ける事にした。


「この服装ね。昨日、佳純と一緒に決めたんだよね」

「え、そうなの? 大変だったんじゃない?」

「そんな事はないわ。丁度セールをやっていて、意外と簡単に購入できたの。本当はもう少し洒落た感じでもいいかと思ったんだけど。佳純は落ち着いた感じの方がいいって」


 美蘭は自身の服装を触りながら答えていた。


「というか、真幸の方は何? 結構派手じゃない? チャラそうな感じがするけど」

「そ、そう?」

「なんか、アイドル系を意識してない?」

「そんなつもりはなかったんだけど。妹が、この服装がいいって勧めてきてさ」


 今の真幸の服装は、アイドルがプライベートで着そうなファッションである。

 ズボンは青色のジーンズで、上はTシャツと黒色の皮のジャケットを身につけているのだ。


「咲夜がねぇ、でもいいセンスしてるんじゃない? あの子って」

「咲夜は文化祭でも衣装を担当していたみたいだし。それなりにはセンスがあるみたいだよ」

「そういうことね。それだったら、納得するわ」


 美蘭は腕組をして頷いていた。


「まあ、時間も丁度いいし。そろそろ、駅のホームに行きましょ」


 美蘭は右手首につけている時計を見ていた。


「そう言えば、どこの遊園地なの?」

「えっとね、ちょっと待って」


 真幸はスマホを手にして、この前調べたサイトを確認する。


「ここから四つほど先の駅にある遊園地だって。電車の移動時間は大体、二〇分くらいで。そこから徒歩で向かう感じ」

「そ、そう。四つ先の駅ね……」

「なんか問題でもあった?」

「なんでもないけど……まあ、何とかなるわよね」


 美蘭は小声で言葉を零していた。

 けれども、その言葉は真幸の耳には届いていなかったのである。






 地元の電車に乗り、到着した駅からさらに徒歩で十五分ほど歩く。

 近づくにつれ、遊園地のメロディーが薄っすらと聞こえてくるのだ。


「真幸。今日は思い出になるように、いっぱい遊ぼうね」

「う、うん」


 普段は大人びた雰囲気を持つ彼女だが、今の美蘭からは子供っぽさを感じたのである。


「あともう少しで遊園地だし、手を繋がない?」


 美蘭の方から手を掴んできて、真幸も応じるように軽く握る。

 遊園地まで繋がっている道を二人で一緒に歩いて進むのだ。


 美蘭の思い出になるような日にしてあげたいと、真幸はその時考えていた。


「……」


 真幸は隣を歩いている美蘭をチラッと見やる。彼女からは、どこか強がっているような印象を感じられ、真幸はその事を何となく察していた。


 さっき暗い表情をしていたのは、元カレと何かしらの出来事があったからかもしれない。

 けれども、遊園地前に、そんな踏み切った話題を振ることなどできず、そっとしておく事にした。




「チケットを拝見いたしますね――では、いってらっしゃいませ」


 遊園地内の改札口的なところに立つキャストの女性に遊園地のチケットを真幸は見せる。

 女性キャストから丁寧に誘導され、二人は遊園地内に足を踏み込む。


 遊園地内には、土曜日という事もあって、人が多い印象がある。

 それに入り口付近には、着ぐるみを着たキャストがいて、子供たちに風船などを上げていたのだ。


「遊園地ってなんかいいよね。いつもの日常からかけ離れてるし。気分転換にもなるしね」


 隣にいる美蘭から話しかけてきた。


「美蘭って、無理してる?」

「そんなことないよ。全然、いつも通りだし。それより今を楽しもうよ。ここまで来たんだからさ」


 美蘭は満面の笑みを見せてくれる。

 彼女からは、さっきまで感じていた暗い印象はなくなっていたのだ。


「そ、そうだな……」


 真幸も美蘭と繋いでいる手を優しく掴み直し、笑顔で反応を返す。


「真幸は、どんなアトラクションが好きなの?」

「そうだな……中学の修学旅行の時に乗った、水の上を移動する奴かな」

「ウォーターライド的な?」

「それ」

「ジェットコースターは?」

「乗った事はあるけど、心臓に悪いよね」

「だよね、私も。でも、今日は一緒に乗ってみる?」

「えー、乗るのか」


 真幸は若干難しい顔を浮かべ、悩ましく考え込んでいたのだ。

 その隣にいる美蘭は、そんな真幸の表情を見て明るく振舞っていたのである。

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