第17話 私のこと、どう思ってるのかなって…

「できたよ!」


 河合真幸かわい/まさきは八木家いる。

 その家のキッチンから明るい声を出し、リビングにやってくるのは幼馴染の彩芽。


 八木彩芽やぎ/あやめは出来上がったクッキーを皿の上に乗せている。

 それを、真幸が座っているソファ前のテーブルに置いていたのだ。


 皿に綺麗に盛り付けられたクッキーは、動物の形をしている。

 ライオンや、ゾウ、ネコ、オオカミなど、多種多様に揃っていた。


「お待たせ。まだ沢山あるから、いっぱい食べてもいいからね」

「ありがと」


 真幸は前かがみになりながら、その皿にあるクッキーを見やっていた。

 どれも美味しそうに見える。

 形も整っており、完成度も高そうだった。


 彩芽は昔からクッキーを作る事が得意だった事もあり、それは今でも健在だと感じた。


 真幸はネコの形をしたクッキーを手にする。

 匂いも良く、程よい甘さを鼻で感じられ、焼き立てだという事も相まって食欲を掻き立てられるようだった。


「んッ」


 真幸はネコの耳の部分から、そのクッキーを口に含む。


「どう?」


 その場に佇んでいるエプロン姿の彩芽は感想を聞いてくる。


「普通に美味しいと思うよ。もしかして、上達したとか?」

「当たり前じゃない。私、一週間に一回はお菓子作りをしてるんだからね。そりゃ、上達もするよ。いつまでも同じじゃないんだからね」


 彩芽はどや顔を見せていた。

 そして、彼女は真幸の隣の席に座る。


 そんな彼女も、クッキーを一つ手にして食べていた。


「うん、美味しい。板チョコの味も程よく絡み合っててやっぱ、私って素質があるのかもね」


 彩芽は自画自賛していた。


「真幸もほら沢山食べてもいいからね」


 彼女から勧められる。


「じゃあ、遠慮なく」


 匂いにつられ、真幸の手は自動的に、そのクッキーへと延びていた。


「それで、さ」

「ん?」


 真幸はチョコ入りのクッキーを食べながら彼女の反応を見る。


「日曜日の予定変更とかはないよね?」

「ないけど。日曜日にしたよね?」

「そうなんだけど。まあ、変更がないならいいんだけどね」


 彩芽は何かを言いたげそうな雰囲気があった。


「この頃、私と遊ぶことがなかったじゃない」


 隣に座っている彩芽は、真幸の方を見ることなく、クッキーを少しずつ食べながら話し始める。


「そうだね。クラスも変わってしまったからね」

「だから、ちょっと距離感があるのかなって。そう思う事がこの頃あるというか。私、そう感じてしまうことがあるの」


 彩芽は口元を震わせながら、真幸の事をチラチラと見やる。


「あの子とは今後も付き合っていくの?」

「美蘭の事か。それは続けていくつもりだけど。どうして?」

「な、なんでもない……何となく、ちょっと気になっただけ」


 彩芽の様子がおかしい。

 真幸の方から目線を向けると、不自然な感じに目を逸らそうとするのだ。


「あのさ、一応聞いておくけど。私のことについてはどう思ってるの?」

「彩芽の?」

「そうだよ。なんか、こういう事を直接聞くのは結構気恥ずかしいんだけど……知りたいっていうか。気になるの」


 彩芽の声は震えていた。

 彼女からしたら、勇気を持った発言だったのだろう。

 頬は今まさに真っ赤に染まっていたからだ。


「普通に、幼馴染だと思っていたけど」

「普通に?」

「そうだけど」

「そ、そうなんだ。だよね……」


 彩芽の表情からは明るさが消えてしまったかのようだ。


「真幸は……」


 彼女は躊躇った口調になる。


「……あの子の方がいいんだよね……だったら、私もあの子みたいな感じになったら、真幸はどう思う?」

「美蘭のように?」


 脳内で美蘭のような服装をしている彩芽の姿を想像してしまう。

 けれど、あまり似合わないと思った。


 彩芽には、彩芽なりの恰好というモノがあるのだ。

 仮に真似たとしても、それは彩芽ではないと思う。


「彩芽は今まで通りでもいいよ。むしろ、その方がいいと思うんだ」

「でも、それだと、私のことを恋人として見てくれないでしょ?」


 少し涙目になった彼女の瞳が、真幸の視界に入るのだった。


「恋人?」


 彩芽の言葉に反応し、真幸はドキッとしていた。


「私ね。本当はいつまでも、真幸との関係が続くと思っていたから。だから、特に踏み入った話はしてこなかったけどね……でも、やっぱり、このままだとよくないと思って」


 彩芽による訴えた瞳が、真幸へと向けられているのだ。


「私。真幸が、あの子と別れてくれるなら、なんでもしてあげるし」


 共にソファに座っている彩芽は、距離を詰めてくる。

 体との距離が近くなっていく度に、真幸の心臓の鼓動が加速していくかのようだった。


 今まで一緒に過ごしてきたのに、真剣な表情をする幼馴染を見たのは初めてだと思う。


「でも、なんでもって? 具体的にどんな事をしてくれるの?」

「それは……あとで考えておくけど。真幸からの要望があれば、それに応じてやるかもしれないけど」


 彩芽との距離が近い。

 気づけば、顔との距離が物凄く近かったのである。


「私、本当の事を言えば、真幸のことが好きだったの。だから、できれば、あの子とは別れてほしいの」

「別れる? で、でも」

「真幸があの子と付き合ってて幸せなら、それでもいいんだけど。それならさ、真幸の幸せを崩すようなことはしたくないし。私は諦めるけど。真幸から本当の言葉を知りたいの。まあ、今週の休みに一緒に遊ぶことになってるし。その日でもいいから、真幸からの本心からの回答を知りたいの」


 彩芽は嘘をついている感じではない。

 本気で語り掛けてきているのだ。


 真幸は真剣そのものの顔つきをする幼馴染を前に、緊張しまくり唾を呑む。


「わかったよ。今度の日曜日に……その日までには返事をするから」


 真幸の言葉に、彩芽は落ち着いたのか。真幸から顔を離すと、ソファに座り直して胸元を撫で下ろすのだった。

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