第2章
第12話 陰キャ的ポジションは本棚の隙間から。
中学3年に上がる直前、陸上部の僕が、部活をサボって図書室に本を借りに来た日のことだった。
中学にしては珍しくラノベを置いている学校だった。1度くらい、と魔が差して今に至る。職員室の前を音を立てずに通り過ぎ、何十とある小説の中から、迷わずそれを手に取る。
先月新しく入ってきた本だ。何度も借りようと思ったけれどいつも誰かに先を越されていた。なにせ、僕がいつも図書室に来るのは部活が終わった後だったからだ。
たまにはこういうサボりの快感を味わうのも良くないと少し思ってしまう。が、そんなことをして顧問の先生が黙ってる訳もなく。
「陸上部、関本くん。直ぐに職員室に来なさい」
怒りを表に出すことは無く、しかしいつもより低い声での呼び出しだった。早く借りて職員室へ向かおう。トイレに行ってたとでも理由を付ければ大丈夫だろうし。
しかし、僕が決めたことをほんの数秒で消し去ってしまうような理由が、僕にできてしまったのだ。
清楚の代表例と言われるほどの、いわゆる高嶺の花という存在の女子生徒がそこにいた。遠くから眺めていることしかできない彼女を僕は今、ひとつの本棚の隙間から眺めていた。
話したことはもちろん無い彼女と僕は今、同じ図書室に2人きり。
良く眺めてみる。本のページをめくる毎に少しだけ動くサラリとした黒髪。本を読む彼女がその世界に没頭しているはずだったが、没頭していたのは僕の方だった。落ちてくる髪を耳に掛け、少し…笑顔を見せた。
彼女が雫を落とすまでどれだけの時間が経過しただろうか。それを見るためにずっとここにいた訳では無い。しかし、その姿でさえ美しいと思い、ここにいて良かったと思える。
涙が本に垂れてそれを拭こうと焦る彼女も、本に落ちた誇りに小さい息を吹きかけるその姿。その全てから、僕の目が離れなかった。
隙間というより5冊くらい本が入る空間から眺めていたからだろう。ふつうにバレた。彼女が本を読み終わり、立ち上がった瞬間にバッチリ目が合った。
「な、なんですか?」
戸惑いながらも彼女の不審者を見る目は数秒続いた。その言葉に直ぐに返すことができなかった僕は、本物の不審者になっていたのかもしれない。
「え、えぇっと…」
言葉が出ずに、喉が詰まる。今まで女子と話してこなかったからだろう。最後に女子と話したのは、2年前に久しぶりに妹と会った時だろうか。それ以降はまともに話していなかった。
「私のこと、見てたでしょ」
先程の涙が拭ききれていないのに、それを気にすることも無くからかいをかけてくる。しかし、それも道理であった。
「い、いや別に…」
やっとの思いで出た言葉がそれだった。事実を否定しようとする弱さを、彼女に見せつけただけだった。
「あ、もしかして陰キャくん?」
………「は?」
咄嗟に出た言葉。それを弱さと受け止めたのか、本心として捉えたのかは分からない。彼女は僕の顔が固まったことを見てひとりでくすくすと笑っている。
それが僕と吉本美夢との出会いだった。
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