第11話 事後
三島さんが帰ってから、それは起こった。玄関の扉がしまった途端に耳に届くほどのリビングでの足音。時刻は既に21時を回っていた。
「三島さんだっけ?仲良さそうだったね!」
実はツンデレだったりするのかもしれない。赤く染まった頬を膨らませて僕をを見上げてきた。
「別に、仲良いっていうか担当編集者だし」
「仕事上の関係でしょ!?にしては随分と親しげだったよね!しかも家知ってたし!」
いつの日からだ?いつから面倒くさい系女子に進化したのだろうか。成績優秀のあの美夢さんはどこに行ったのだろうか。
結局、先月に三島さんから貰ったお土産の紅茶を飲ませたらすぐに黙った。美味しさという幸せは嫉妬心に勝るらしく、案外簡単に解決することが出来た。美夢の態度については、また今度三島さんに謝ることにしよう。
「そういえば、原稿見せてなかったね」
「ん?あー前言ってたやつ?」
軽く頷けば美夢は、あぁ私そんなことも言ってたな〜と適当に返事を返してきた。
「さっき色々話してたっぽいけど私に見せても大丈夫なの?」
「別に読むだけなら構わないよ」
「そう?じゃあ読もっかな」
デスク前に座り、スリープ状態のパソコンを開く。新作の作品のファイルを美夢のメールに転送。
「おっ、きたきた」
「感想求むぞ」
美夢には毎度感想を頼んでいる。試作の物語だとしても、駄作だとしても、なんだって客観的視点は重要なものだ。
「任せろベイベー」
どこぞのギャルが吐くようなセリフを捨てるように呟く。座れば4人程座れる広さのソファーを、美夢はひとりで寝転がり占領。また僕は作業机に送り込まれることになった。
渋々仕事を始めることにする。送信BOXを閉じてメールの受け取りボックスに目を向けた。基本、僕の仕事はこの新着のメールを読み切ることだった。前作のメディア化の件についてのメールがまだ止まらない。こないだSNSの方で、新作出版されますと、適当に投稿したのだが最近の記事はその話で持ち切りだった。
期待されるってことは案外面倒くさいものでもある。ましてや小説家にとっては1ページ、たった1文によって人が離れていくものだ。その中でのプレッシャーというものは執筆での大きな重りになる。
いつものように流し作業でメールを覗いて返信を続けていたら、ふと一通のメールが目に留まる。
『一緒にゲーム作りませんか』そんなタイトルのメールであった。僕の作品をゲーム化したいです、のようなメールは何通か来ていたが、ゲームを作る、そんなメールは初めてだった。
しかし、僕のこのアドレスは一応出版社や同業者であればだいたい知っているアドレスだ。どっかの会社の夢を持った新人社員の叶わずの夢のようなものかもしれない。期待を抱かずに僕はそのメールをクリックした。
『株式会社MADOKAWA GAMES』
目を見開く。その会社名が一発目に目に留まって、僕は無意識のうちに息を飲んでいた。
「いや、まじかよ…バカ大手じゃねーか」
正直、MADOKAWAから仕事が来るなんて夢のまた夢であった。実際売れっ子作家と言ってもデビュー作がそこそこ売れただけの新人であった。
MADOKAWAは僕の作品を担当している出版社とはまたいっそうレベルが違うような大手の会社である。そんな会社からの仕事には、さすがに何十もの仕事を断ってきた僕だとしても、驚きを隠せないものであった。ただその会社で本を出版する、と言うだけならまだ驚きはしない。
しかし、そのメールを読めばさらに驚くことしか書いていなかった。
「あなたに新しく制作予定のノベルゲームのメインシナリオライターを担当していただきたいです……まじかよ」
思わず立ち上がってしまう。何せその会社のノベルゲームと言ったら何十年もの歴史を飾る、いわゆる神ゲーの集いであるのだ。そこの輪に僕の作品を加えたいということだった。
それは、願ったり叶ったりで…。
常に開いているタブを再び開く。それは三島さんとのやり取りの場面で、最速メールを送る。
『2作品目は書き上げます。ですが、3作品目の話が既にそちらの方で上がってるのでしたらその仕事は受けられません。』
そう爆速タイピングで打って速攻送った。すぐに三島さんのメールを閉じて、MADOKAWAからのメールの返信を考える。正直に言えば、子供の時から触れてきた会社からの仕事は嬉しかった。だから、子供のような文章で返信を送りそうにもなった。
けれど小説家らしく、丁寧な文でその仕事を承ります。と、そう返事を送った。
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