第9話 ○○○○○○○

「今日はカレーです!」

「おぉ美味そうだな」


 美夢の自信作のひとつであるカレーは、月に1度出るレア料理である。そして、カレーとは1日置いて食べる方がさらに美味しのだ。故に、2日連続カレーであるということ。つまり、明日もカレーだということだ。

 美夢も僕の好みにこだわり続けてこの傑作を作り上げたのだ。自信のある料理だと、その小さい胸を張って言っている。


 テレビ前にあるローテーブルを挟んで、クッションに腰をかけ、テレビをつける。しかし、いつものようにテレビに気を取られることは全くなく、その味は最高ダメージを俺に叩き出す。柔らかい肉に、癖のあるチョコレートの隠し味。ここでしか味わえないその味を最高傑作と言わずしてなんと言うか。

「どう、美味しい?」

「あぁ、美味いよ。本当に。」


 舌に溶けて、口全体に広がるその『幸せ』、それを感じられるのなら人生悔いなしと言えるレベルの美味しさだった。僕の幸せが目から滲み出たのだろう。美夢のその驚きの笑顔を見れば、そうなんだと気付かされる。


「え、泣いてるの!?」

 なんだかこの空間が心地いい。自分が幸せであるのだと、そう断言できるほどに。

「お前のカレーが美味すぎるからだ。これ、前より美味くなってるじゃねーか」


 もぉー、とハンカチを取りに行く美夢。僕はそれを目に止めず、口にスプーンを運び続けた。料理が美味すぎて泣いてしまうってだなんてことが本当にあるなんて、今年最大の驚きだ。

「ほら、涙拭いて〜」

「自分で拭ける」


 こう、反抗してしまうのが僕である。だけど僕はその優しさを、最大限に受け取らなければならない。僕の言うことなんて、やっぱり気にしないのが美夢だった。

「黙って私に拭いてもらえっ」


 美夢は僕の横に座って、僕の頬に手を当てる。そして、右手で小さなハンカチを僕の目元に当てた。面倒見のいい美夢に反抗することは、口ではできるけど、行動ではやっぱりできない。

 優しくて、面倒見がいい。ちょっと裏の顔があるけれど、そんなマイナス要素を覆い隠す程の彼女は僕にとって○○○○○○○であって欲しい。そう願ってしまった。

「ありがとう。もう大丈夫」


 気づけば謎に頭をよしよしされていたので声をかける。そっと美夢は立ち上がって元の場所に戻った。満足気な顔をさらけ出すのは、僕の意外な一面を見たからだろう。恥ずかしいものを見せてしまった。




「ご馳走様。最高だったよ」

「へへっそうでしょ〜?明日はもっと美味しくなったカレーだよ!」

「今日も明日も、僕はこの世で1番幸せだよ」


 気がつけば遥高はデレを隠さなくなっていた。今まで素直じゃなかった遥高は、今日はなんだかいつもと違う気がする。なんたって私の料理で泣いたのだ。そんな激レアイベントを体験できるだなんて…。私だってこの世で1番幸せだと言い切れる。

(遥高の可愛い一面も見ることができたし、そろそろ洗い物するかな)


 食後にテレビを見続けていたが、見切りをつけて洗い物をすることに決める。よいしょ、と立ち上がり、2人分の食器を運んだ。

 キッチンに向かい、洗い物を始めよと服の袖をまくり上げた。が、その時、玄関からインターホンの音がした。

「はーい」


 遥高が出ようとしたから手で合図をして私が出ることに。駆け足で玄関まで走って扉を開けた。

「どちら様です……か?」


 配達員を予想していたので、その光景を見て驚く。そこにいたのは見覚えのない若くて美人の、スーツ姿を着た女性だった。20代後半だろうか、いやもっと若く見える。髪を後ろで括り、スタイルが抜群のお姉さんって感じの人だ。しかし、美人さんに似合わないクマが目にはあった。

「え、ええっと。ここ遥高くんのお家…だよね?」


 相手も戸惑いながら私に質問をしてきた。私はその質問に、良くない想像をしてしまう。

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