第8話 完璧な嫁と将来の旦那
冗談が通じない異常なレベルの暑さを体験し、浅いため息をつく。
「はぁ」
今日のすべての授業が終わり、僕は校門の近くの壁に背を預けていた。今は美夢を待っている。なにやら委員会活動があるらしく、僕はひとりで帰ろうとしたのだが。
「待っててよ?」
その威圧感にひれ伏すしかなかった僕であった。今日はなにやらスーパーに買い物に行くらしく、僕はその付き添い、荷物持ちだった。まぁ、美夢の言うことに逆らえないのが現実だ。実際、買うものは僕の夕食の食材だ。これに関しては、ケチをつけられない。最悪の場合、夕食がパックの米だけになってしまう。
最近、美夢が作るご飯がうますぎて僕の舌があいつの飯を求め始めていた。春から毎日美夢の料理を食べ続けてきた。家に泊まらない日だとしても、夕食は必ず作りに来てくれた。
美夢も高校生だ。学校では人気者の彼女が毎日予定が空いているなんてありえない。友達との遊びとか、いろいろあるだろうに、それでも毎日笑顔でいてくれる。いつもお互いに強く当たったりもしている。だけど、吉本美夢はもう、僕の生活に欠かせないものとなってしまった。
「おまたせ」
美夢が来たので足を進める。校舎側を見れば、いつも美夢と一緒にいる友人達が沢山いた。あの輪の中心には、美夢かいるはずだったんだ。ほんの少し、悲しい気持ちが込み上げてきたが、それでも僕の夕食を選んでくれる美夢に感謝するしかない、いつかお礼でもできればいいんだけど。
「どーしたの?」
「別に。遅っいなって」
「はぁ?夜ご飯パックの米だけにするよ?」
まるで僕の心を読んでいたかのよう。笑いながら僕の背中をひっぱたいた。
「それは困るな」
「じゃあ黙って着いて来て」
うんともすんとも言わずに、僕は美夢に着いていく。背が小さい。まだ中学生とも見えるはずのその背丈が、今だけ僕には少し大きく見えた。全力で努力し、全力で笑う。美夢はきっと自分の人生に悔いを残さないのだろう。そんな感じがする。根拠は無い。
✕✕✕
その姿をロリと見るか、大人びた優秀な子供と見るかは人それぞれだろう。しかし、僕からすれば、まるで主婦のように食材の良し悪しを見分けてカゴに入れるその姿は本物の主婦であった。こいつはいい嫁になるだろう。将来の旦那良かったな、お前は毎日が幸せだ。
会話も無く、黙り込む2人。しかしそれを気まづく思うものはいない。逆に2人は、話しすぎて話す内容が無いのだった。付き合いたてのカップルみたいに、どんな話しようとか、この話はあんまり良くないかな、とか。そんな気遣いは2人には全くない。女子の悪口だろうと出版社の悪口だろうと、お構い無し。
「おっ、にんじん安売りじゃん!」
とっとっとっ、っとカゴを僕に押し付けて駆け足で野菜コーナーに走って行った。
「ねぇねぇ!じゃがいもも安くなってるよ!じゃあ今日はカレーだね!」
その言葉だけは、耳に聞こえた。アナウンスや雑音が流れる中、美夢のその言葉だけはきちんと耳に入る。
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