第6話 世間は許してくれる

 気づけば7月上旬だ。月日が経つのは案外早い。そして、自分のなんてない時間も少し考え事をしたらすぐに終わってしまう。冷めきったコーヒーを持ってベランダの窓を開けて、部屋に入る。


 自分を見つめる時間を終わりにし、久々に朝食を作ることにした。

 実は自慢できることがある。夜ご飯は弁当やらなんやらで済ましていたのだが、実は春までは朝ごはんは自分で作っていたのだ。卵を割り、ベーコンを焼く。トーストをオーブンに入れて焼きあがったらバターを載せる。

「完成っ!素晴らしい。なんて素晴らしいのだろう。自然と笑みがこぼれるくらいだ。『The ヨーロッパの朝食』そうだ、そんなタイトルが似合うだろう。」


 腰に手を当て、まるでラブコメのいたい主人公のセリフをそのままパクった人みたいなセリフを、気付かぬうちに美夢に堂々と見せつけていた。


「ひとりで何言ってんの」

真後ろに立っているやつの声は…、あまり聞きたくはなかった。


「げっ」

「いつも私が作ってるのに、朝食作るとか、珍しいね」

 髪はボサボサ。低身長で胸も…まぁ小さい方なのだろうか。そのくせ言いたいことは全部言ってきやがる。流石大人だ、僕との関わり方をコンプリートしている。黙ってられる方が困るのだから、率直な意見の方が正直助かる。

「気が向いてな。まぁ座っとけ」

「はーい」


 いつもよりしょぼい朝食が食卓に並ぶ。文句も言わず、感想も言わずに彼女は箸を進める。顔色ひとつ変えずにテレビを見ながら朝食を取るのは彼女が朝食を作った時も変わらない。

「ご馳走様でした」

「お粗末さまでした」

 彼女はぷふっ笑い、僕を見る。

「なんだよ」

「いや?遥高からお粗末さまでしたなんてレアなもの聞けたなって」


 さっきまでの死んだ顔はなんだったのか…。まぁ眠気が覚めて何より。

「てかさ、私寝坊したじゃん?」

「確かに、いつもより起きるの遅かったね。」

僕がベランダで30分程度記憶を掘り起こしていてあまり気にしていなかったけれど、7時は美夢が起きる時間にしては遅い方だ。

「そうなの、遥高が朝ごはん作ってくれたはいいんだよ?けどさ弁当…」


「あ」

 春から美夢が弁当作ってくれてたの…忘れてた。朝ごはんと一緒に毎日作ってくれていた弁当のことを忘れるなんて…。

「じゃあ今日は一緒に学食行こ?」


 学校では笑顔突き通してるメインヒロインキャラの美夢と学食を共にするなんて…。漢共の怒りを買いそうで少し怖いところはあるが…。

 人生において妥協すべきことは山ほどあるのだ。食べ物に感謝することだけを考えるんだ。僕は昼食を食べるだけ。昼食を食べるだけ…。


 まぁ、当然のように登校を共にするのだ。毎朝登校してるものだから、一部の男子には既に良くない噂を立てられている。しかし、食堂という不特定多数の生徒が集まる場所で2人一緒にいるところを見せびらかすだなんて。

 覚悟は決めた。詰め寄られた時のセリフはこうだ。「ごめん」これで世間は許してくれる。


 そして、今日初めて気づいたのだが、僕と美夢の弁当より自分の身支度を最優先に考えるのが美夢だった。急ぎめの用意を反して僕は朝から青春の1ページを作っているのだった。

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