第5話 不法侵入(?)

 まただ。また三島さんを困らせてしまった。彼女は真っ当な仕事をしているだけなのに、僕に恨まれるなんて…。全く、理不尽な世界だ。


 人を恨み、自分を強制し、互いが馬のように生きるだけ。それが世間で言う自由というものなのなら、僕はそれを壊してやりたい。誰が悪いとかじゃない。そんな、誰かが誰かをを悪人にできるような小さい問題じゃない。この世界がとち狂ってるのだ。多様性?共生社会?笑わせる。そんなものが成り立つなら法は要らないし警察も要らない。自由とは縛りであることに変わりは無い。


 この感情は僕が小説家だから感じるものなのか。多分そうなんだろう。他の人に言っても共感してもらえる気がしない。三島さんなら共感してくれるかもしれないけど…。あぁ、あいつなら、分かってくれるかもしれない。

 あいつは、女に期待を寄せるだけしかできない僕を馬鹿にするかもしれない。けど、もし共感してくれるなら僕は君を、書いてやれるかもしれない。


 いつか、馬鹿みたいに笑うあいつを書いてやりたい。前回の小説みたいに彼女の人物像を人形に当てはめて動かすだけじゃなくて。あいつを、人間として、僕はあいつを書いてやりたい。そう思った。ただ、こんなものもたったひとつの理想であり、僕が勝手に期待してるだけだ。理想と現実はかけ離れている。


 そろそろマフラーを外す時期だろうか。4月に入って数日が経つ。そろそろ春の服装に切り替えてもいい頃合いだろう。去年の誕生日に、あいつから貰ったマフラー。普段のあいつを見ているから変なやつだと印象着いてるが、根は良い奴だ。

「スーパー寄ってくか。」


 両親が九州に転勤になってからはろくな食生活をしていない。夜ご飯はだいたいスーパーの弁当か、お惣菜とパックのご飯で済ましている。まぁ今はまだ健康だし、この食生活で冬はやり過ごせた。ならもう安心だ。春も、夏も、秋も、そして今年も安心して年を越せるだろう。


「なんにもねぇじゃん…」

 スマホに目をやればもう夜の19時半だった。弁当とかお惣菜は賞味期限が理由でだいたい夕方になったらセールになることが多い。いつもいろいろある場所には何も無かった。強いて言うなら、サラダくらいだ。

「ついてね〜」


 渋々カップ麺のコーナーに足を運ぶ。さっきのコーナーにあるものとは違ってこっちは山積み。そもそもカップ麺がスーパーから無くなることは有り得るのだろうか。

「野菜あるやつ。油が少ないやつ。カロリーが少ない…これかな。」

 「野菜ラーメン」そう書かれたパッケージのカップ麺をカゴに入れ、レジに向かう。ふと思った。「超集中!」そんな広告を張り出すスーパーは性格が悪い。こんなもの、レジの横に置かれたら買うしかないじゃないか。


 6本のエナドリとカップ麺をエコバックに詰め、家の鍵を開ける。今日も今日とで僕の家はしんみりとした空気…?いつもとは空気が違った。クンクンっ。いい匂い?これは…!?肉が焼ける匂いだ。何故僕の部屋から肉の匂いが?誰かが僕の家に侵入して人肉でも焼いてるのだろうか。


「あ、おかえり遥高!」

「なんでいるんだよ」

 そこにはピンクの花柄のエプロンをつけ、髪を後ろで括っている、いわゆる『あいつ』がいる。吉本美夢よしもとみゆ、中学からの同級生で、マンションの部屋が隣なだけの『友達』のはずだ。家に招いた記憶は無いし、勝手に入ったとは思えない。一体どうやって…。

「なんでって…今日から遥高と住むんでしょ?」


 ………………ん?????……………は?

「いやいや、訳分からんし。何言ってんだよ。不法侵入だ不法侵入!」

 腰に手を当ててお玉を僕の顔にに向ける。その姿はまるで、主人公の家に夜ご飯を作りに来るラブコメのメインヒロインのような…。

「お義父さんに頼まれたの!」

「なんで親父がお前に不法侵入しろって頼むんだよ。てかお義父さんって言うな、気持ち悪い。」


 言葉を選ぶ時間を与えた訳でもないが美夢はその言葉を選んだ。

「ひっど。泣いちゃうよ?」


 演技が下手くそなのか分からないが、目を見れば分かる。その言葉に感情が乗っていないことが。


 しかし、万遍の笑みと自慢の笑顔を見せつけてくる美夢を見れば分かる。料理に自信があるようだ。

「晩飯、作ったのか?」

「もちろん!絶対美味しいから食べて!」

「僕、食にうるさいけど大丈夫?」

 ノリに乗るとはこういうことなのだろうか。良く分からないが、こんな会話も、こんな空気も悪くない。そう思える。

「カップ麺とエナドリ買ってるやつが何言ってんだか」


 美夢はキッチンに戻って準備を再開した。

「うるせ」


 

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