第4話 優秀
小さな部屋の大半を占める大きな机を、小説家と編集者が向かい合って座っていた。間に人をはさむことが許されないこの状況下で、緊張感溢れる会話が始まった。
「新作についてなのだけど、遥高くん。」
「なんですか?」
顔すら合わせない程に怒っている彼を見て私は何ができるだろう。いい助言をできるだろうか。上からの指示に従うだけの私に、彼の心を抉った私に、何ができるだろう。
黙り込む私を見て彼は助言をくれた。
「三島さん。あなたが気に病むことでは無いです。あなたは立派に仕事をこなした。あなたのおかげで僕の初めて書いた小説は世間を騒がせるほどの立派なものになった。」
顔を上げずとも、彼は私にそう言った。何度上に提出してもやり直しを受け、私は何度も彼に原稿を修正をさせたのだ。私は彼に大きな罪悪感を抱いている。彼は、それよりも大きな憎しみを私たちに向けていることはよく分かる。
「ありがとう。遥高くんは優しいんだね。」
私にはそうとしか声をかけられなかった。大の大人なのに、高校生である彼の方がよっぽど立派であると、そう実感する。
「で、新作の話でしたっけ。遠慮とか大丈夫なんで言ってください。」
このことを彼に言ったらどんな反応をするのだろうか。そしてこの条件を呑んだ彼はどうなってしまうのか。
「前回は感動で読者を引き寄せた。だけど、今回の新作は、以前を超える感動、そしてミステリーを踏まえたWジャンルでの執筆をお願いしたいの。」
そう言ってすぐ、私は下を向いた。それを聞いた彼の反応を、私は正面から見たくなかったから。
「そうですか。期限は?」
さっきまでとは違った筋のある声というか、しっかりとした声だった。ふと顔を上げる。
「そうね、遥高くんの夏休み終わり頃に出版したいから、最終でも7月の中旬くらいかな。9月に刊行する予定よ。」
「3ヶ月ですか?」
「そうね、まだ4月が始まったばかりだから3ヶ月と半月くらいは時間があるわ。」
正直に言って、3ヶ月は短すぎる。この仕事をしているのがフリーの小説家ならまだしも、彼は学生だ。うちの出版社は正直言って国内で大手の方だけど、それに伴って仕事も多い。年々書籍化が多くなってきていることを理由に、小説家への負担が大きくなってきた。
「分かりました。なるべく7月に入る頃には脱稿できるようにします。」
「ありがとう」
その後、彼は何も言わずに部屋を出た。こんな条件を与えられて書く小説家はいないだろう。無理難題を押し付ける私って、一体…。
再びドアが開いてそちらをふり向いた。彼が戻ってきて文句を言いに来たのでは無いだろうか。
「おつかれ〜。大丈夫?死んだ魚みたいな顔してるじゃん」
笑いながら缶コーヒーをくれた彼女は後輩の
「ちょっとね」
さっきまで彼が座っていた椅子に腰をかけ、スマホを眺める。
「彼すごいね〜。編集長だいぶ意気込んでたみたいだったけど?」
「そうね、彼は優秀よ。」
「今度彼の小説、買って読んでみよっかな〜」
慰めに来たのか、雑談をしに来たのか。何を考えているのか全く読めやしない。適当に生きてるんだなと、いつもそう思ってしまう。
「まぁ頑張りなよ」
「ありがとう」
私は彼に何をできるのか。何もできやしない。彼の才能を、ただテンプレを読んで記憶した知識を使って彼の才能を否定するだけだ。そんな私は自分がいつも嫌いだ。私ほどに自分を嫌う人間はいるのだろうか。そして彼のように、彼ほど他人を嫌う人間はいるのだろうか。
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