第48話 王室裁判
その後は悲惨だった。
魔法陣のマーキングで青く光るフローリアを抱きしめ、彼女が騎士に連行されるのを阻むウィリアム王は、酷い有様だった。それを、やっとのことで王太后が引き剝がした。
「王!しっかりなさいませ!」
王太后が、錯乱するウィリアム王を必死でなだめる。
「嫌だ!なぜフローリアを連れて行くのだ!魔塔の企みか!ロッドランド!ソフィア!そなたらがやったのか!」
もう何を言っても聞き入れる様子ではなく、我々は王が落ち着くのを待つしかなかった。王室裁判はそれからだ。
フローリアは王の正式な妻の一人で王族だ。通常の裁判では裁けない。しかも、やはり身重である事が判明した。お腹に王子か王女がいる。裁判まで、離れの塔に軟禁状態になった。俺としては、地下牢に放り込んでやりたい所だが、そうもいかなかった。
そして紹介の儀の後、魔力を使い過ぎた俺は、三日三晩昏睡状態となった。会場でいきなり倒れて、ダービルに抱えられて魔塔に戻って来たらしい。その後もダービルの薬草付けの毎日を送っている。
***
今日は久しぶりにソフィアの診察の日だ。ルイス医師の執務室で、その手を取って魔力を調整している。
「ティムはもういいのかしら?私の診察などしていて……。あの時は大変だったでしょ?」
「私は大丈夫です。魔塔特製の薬がありますからね。魔力も回復しています」
「王はどうされていますか?」
俺はソフィアに聞いてみた。
「離宮にいるわ。お義母様が面倒を見ておられるみたい……。魔塔が何か企みをして、フローリアに罪を着せたんだと言っているそうよ」
ソフィアは感情のない表情をして言った。感情を抑えると、彼女はこんな表情になる。本当は、ソフィアは感情豊かな女性だ。それを無理に抑えて王妃らしくして悲しみを堪えているのに、冷たいなどと揶揄されているのだ。
(だから、俺はそんな時、ソフィアを抱きしめたくて仕方なくなる)
「ああ、それからティム、王族裁判は二週間後に決まりました……」
夜会からもう一か月だ。身重のフローリアをいつまでも立場を決せず、軟禁しておく訳にもいかない。
「あの時使用された毒物は、空間ストレージに格納されました。魔塔での解析も終わっており、北宮で栽培されていた薬草は魔法草で、その毒薬の成分だと分かっています」
「彼女は、私を狙ったのね?何がそんなに、憎かったのかしら……?ウィリアムも、毒薬で私が殺されるかもしれなかったのに……」
ソフィアは声を詰まらせた。
無理もない。自分の夫が妻の危険より、側室の安全を気にかけて、妻に疑いを持つのだから。
「王妃様、あまりお気に病まれませんように。またマナが固まってしまいますよ?さあ、王子様もご無事でしたし、元凶は隔離されています。今少し、穏やかにお過ごしください」
俺は細く長く、ゆっくりとソフィアの体に魔力を流した。どうか、これ以上傷つかないでくれ、と願いを込めて。ソフィアは、瞳を閉じてじっとしていた。
***
王室裁判には王家と評議会のメンバーと、大聖堂からも司教がやって来る。王室の血縁が陰謀で裁かれたりしないように、お目付け的な役割で参加するのが決まりだ。
今回の罪人は二人。フローリア妃から尋問が行われる。
裁判長の役割をするのは、摂政家のフォースリア家だが、今回は中立のリンドバーグ侯爵だ。被害者がフォースリア家の者なので、判決が恣意的にならないようにするためだ。
「それでは、これから王室裁判を開始します」
リンドバーグ侯爵が言った。
まずは魔塔から、ダービルが今回の調査の結果を報告した。フローリア妃の栽培している薬草が、毒薬の原料に使われている事を証明した。同じく、デイジー姫に使われた毒薬の原料も、北宮の物だと分かっている。
一網打尽の魔法陣についても、説明を求められた。これについては、ヘルガが説明した。魔塔で開発した魔法陣で、王子をお守りするために発動した事、毒物や刃物が使われた際にストレージに隔離した事等を述べた。
「被告人が青く光ったのは?」
「毒物や刃物に関連する人物をあぶりだすため、魔法陣でマーキングをしたのです」
『時間戻し』は禁忌なので、これは秘匿する事になった。本当は、王子と王女と王妃を殺害した罪を問いたい所だが、ヘルガに反対されたからだ。俺まで、協会から罪を問われて、追放にでもなったらどうすると言われた。
そうすると、フローリアの罪が軽くなり過ぎる。
だが、フローリアはなぜか全部自白した。
「デイジー王女様は、私に酷い事を言いました。だから、小動物用の殺傷効果のある毒を薄めて、毎日ボンボンに塗って食べさせたんです」
まず最初に自白したのが、この内容だった。裁判所は騒然となった。一応弁護する役の者がいるので、自白を止めようとしたが、フローリア妃は話したくて仕方ないというように、ペラペラとしゃべり出した。
この裁判には、もちろんウィリアム王とソフィア、王太后も出席している。ウィリアム王は手で顔を覆った。
「本当は王子様にも食べさせたかったんです。紹介の儀の式典の前に食べさせて、ちょっと毒を強くして、紹介の儀の最中に死んじゃえばいいのにって」
笑っているようにも見える。
「なぜだ!フローリア、なぜ!」
ウィリアム王が大声を出した。王太后が王を必死で落ち着かせようとしている。
「陛下、ご静粛にして頂けないであれば、閉廷して後日行いますが……」
リンドバーグ公爵に注意をされた。
「いえ、続けてください」
ソフィアが気丈にも、王に代わって言った。ウィリアム王は王太后に支えられなければ、座っていられないようだった。
「王子様にボンボンをあげられなかったので、王妃様に一番強い毒をあげようと思いました。でも、なぜかこんな事になってしまって」
淡々と自分がやった事、どう思ったのかを、フローリアは話していく。そして、次の言葉がウィリアム王に最大の打撃を与えた。
「でも、一番悪いのは、私ではなくウィルだと思います。私は王都なんかに来たくなかったし、どうしても妻になれって言ったのはウィルです。後宮に来ても皆意地悪だし、私を馬鹿にしていて。悔しいから仕返ししただけよ。どうしてそれがいけないの?」
「フローリア、私を愛していたのでは、なかったのか?」
ウィリアム王が絞り出す様な声で、フローリアに言った。
「陛下、反対尋問までお待ちください」
リンドバーグ侯爵がたしなめるが、王は止まらない。
「愛してるって、私を支えるって言ってくれただろう?」
「……私の仕事は、愛してるって嘘をつく事よ。あなたが一番良く知っているじゃない?何で体まで差し出して、好きになってあげないといけないのよ!」
「フローリア……!」
「私の父さんも母さんも、あなたが戦争なんかしたから死んじゃったの!だから、売られて、嫌な仕事をさせられて。全部あなたが悪いんじゃない?責任を取るのはウィルでしょう!」
「……本当に愛してたんだ、フローリア?」
「……私はね、男の人なんか……大っ嫌いよ!」
フローリアは吐き捨てるように、ウィリアム王に言った。もう清楚な側室の顔ではなかった。だが、今まで見たどのフローリアより生き生きして見える。あのきれいな顔で包んだ真っ赤に燃える感情が、やっと見えた。
あれが、フローリアなんだ。
王は崩れ落ちた。
「王女様も王子様も、王妃様も、皆、私みたいに酷い目には合ってないでしょ?今までいい思いをして来たんだもの。少しは嫌な思いをしてみたらいいのよ。私が何をしたって、そんなの全部全部、ウィルのせいなんだから!」
「フローリア妃を退出させろ」
リンドバーグ侯爵が兵士に命じた。
「私たちみたいに力のない一族はね、毒や媚薬で自分を守るのよ。母さんも皆、そうやって生きてきたのよ!」
退出する間際、フローリアの渾身の叫びに、一同が言葉を失った。一体自分たちは何を見せられているのか……。
(ソフィア、大丈夫か)
俺は彼女が傷ついていないかだけが、心配だった。
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