第47話 魔法陣のマーキング
「誰か。フォースリア公爵様にこの状況をお伝えして、こちらにお越し頂け」
俺は魔導士に指示して、公子の様子を確認した。
「公子様、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だよ。ちょっと口に触れてクラっと来たけど、飲んではいないから……。ダービルは腕がいいからね。安心して」
ダービルは側で誇らしげに鼻をこすっている。
「……フォースリア公子、それにロッドランド!これはどういう事だ?説明しろ」
会場の使用人に化けていた魔導士が、一斉に配置について、会場の封鎖と調査に当たっている。ウィリアム王からしたら、魔塔に占拠されたように見えるだろう。
俺は王の言葉を無視して、公子に声をかけた。
「毒が利いた瞬間、魔法陣が作動しましたね?」
「ふふふ。僕にもマーキングを仕掛けたんだよ!」
公子は自慢げに語り始めた。ほどなく、公爵様も到着して、皆でこの魔法陣の素晴らしさと特異さを拝聴する事となった。
「王子殿下用には、もともと付いていた機能なんだけど。ソフィアが狙われた場合が心配だったからね。ソフィアの毒殺予防に、僕に同じ機能を付けたんだ。ソフィアのためなら、僕は毒をあおる事も辞さないからね」
ソフィアに用意されたものに、毒を仕込まれた場合を懸念したのか……。さすが筋金入りのシスコンだ。毒と予測してグラスの酒をあおったとは。
「それで、だ。その毒は空間ストレージに飛んでいるから、後でダービルが解析する。それと、その毒に関係した人物、つまり毒を作成した者、毒をグラスに入れた者にもマーキングをした。ティモシー、マーキングを可視化して」
公子に言われて、魔法陣の連鎖の数式部分に魔力を通した。すると、魔法陣のマーキング作用で会場内にいる、二人の人物の体が青く浮かび上がった。
予想通り、一人はフローリア。もう一人は……誰だ?
***
「どういうつもりだ!!私の家門を破滅させるつもりか!」
私は妻のオードリーを怒鳴りつけた。この気位の高い妻には中々強い事も言えないで来たが、こればかりは見過ごす訳には行かない。
「何の事ですの?」
妻は扇で口元を隠して白をきる。これは嘘をつくときの、この妻の癖だ。
「私を騙せるとでも、思っていたのか!」
「だから、何の事ですの!」
「バークレーから、末の妹のリディア嬢を呼び寄せたな?俺が知らないとでも思っているのか」
妻がわずかに顔色を変えた。
「……呼び寄せた訳では」
「お前は今すぐ、オリバーを連れてガーランド領に帰れ」
「何ですの!なぜ、私があんな田舎に!」
「いいか、五年は王都に帰るな。お前はやり過ぎた。もうじき、フローリア妃は破滅する。必ずだ。私はお前の蔑む商売人だが、風を読む能力があるのだ。もう、風向きは変わった。これ以上、馬鹿な真似はやめろ。我が家やオリバーにまで類が及んだらどうするんだ!さあ、連れていけ」
二人の使用人が、妻を力づくで部屋から連れ出して行った。
「あなた!どういうつもりですの!離してっ!」
このまま無理にでも馬車に乗せて、ガーランド領まで連れていく。監視を付けて暫くは、領地に閉じ込めるつもりだ。
きっかけは、やはり商売の話からだった。新しい商売のネタを仕入れるのに、商業ギルドに出かけた時に出た雑談からだった。
後宮へクランドリー伯爵家の御用達の商人が出入りしているという。クランドリー家は第一側室のビアンカ妃の実家だ。実家の出入りの商人が嫁ぎ先で商売しても不思議はないが、問題はその商材だ。好みの衣装や装飾品の商品なら分かる。だが出入りしているのは、食材を扱う商人だ。食事を実家が面倒見ているのか?
私はこの違和感が気になって仕方なく、例によって商業ギルドの調査員を使った。
「デイジー姫が最近、あまりお元気でない様子です。室外に出ないらしいですね」
「ほう?ご病気か?」
「定期的に宮廷医のルイスが通っているようですが、それが変なんですよ」
「何だ?」
「一緒に付いている薬師が、どうも魔導士くさいのです」
「宮廷にも魔導士くらいいるだろ?」
「いや、それが、魔塔の人間みたいで……」
魔塔といえば、魔術を扱うエリート集団だ。何をやっているかよく分からないが、表向きは国家守護の任についているが、内実は研究バカの集まりと聞く。商売にはあまり関係がない。疫病が流行ったり、他国から攻撃でもされない限り、そんなに国家守護だのの仕事はないだろうに。
その魔塔の薬師とな?
更に私は調査を進めさせた。
あのS級魔導士のすかしたロッドランドが、王子の体調管理で一時期王宮に居たのは知っている。だが、突然、魔塔に籠って何やら研究をしているというのだ。魔塔の厨房に出入りする商人によると、食材の消費が通常の三倍だそうだ。魔導士が全員魔塔に籠って、フル稼働という事か?
しかも、どうもその金はフォースリア公爵がもっているらしい。
(何かが起きているのは間違いない)
最近妻の化粧台から、嗅ぎ慣れない匂いの香料を感じる。訪ねてみると意外な事を言った。
「これは、何の匂いだ?」
「フローリア妃が作っておられる薬草から採れた香料ですよ」
「え?側室がそんな事をしているのか?」
「まあ、元が元なので、色々なさるんでしょ」
出自を教えたのは私だが、王の寵姫に不遜な事は言わないほうがいいと思う。どこで誰が聞いているかわからんからな。
「その言い方は、不敬に当たるぞ?それで、お前はその香料が気に入ったのか?」
「人の好意を得る香なのですって」
妻は面白そうに言う。
「まさか、それで、王の気を引いて?」
「さあ、それはどうでしょう。夜会や茶会で焚くと、とてもいい雰囲気になりますの。役に立ちますのよ」
「……まあ、香料くらいでどうなるのかは知らんが」
あの側室は薬草を扱うのか。何か腑に落ちるものもあるが、その時は気にしていなかった。
だが、後宮に魔塔の薬師が出入りしている事を聞いてから、何かが繋がってしまった。何がとは言えない。私の商売のカンのようなもので、結果が出てみないとなんとも言えないのが、カンというものなのだ。
決定的だったのは、妻と妹のリディア嬢の手紙のやり取りだった。いつもは人の手紙を読むような真似はしない。私はそんな男ではないのだ。だが、それも何かのカンが働いたのかもしれない。妻は私が、姉妹の手紙などに興味がないので安心しているのだろう。化粧台の鍵付きの引き出しに無造作に入れていた。
この化粧台だけは、妻は誰にも触らせないが、実は私の書棚と同じ鍵なのだ。妻は知らないが。
『リディア、最近大変面白い事が続いています。ウィリアムの側室の世話をしているのですが、とても面白い人なのよ。薬草を扱う人なの。大変きれいでウィリアムの寵愛を一心に受けています。でもね、その薬草は多分、かなり危険なものなの。後宮のデイジー姫も酷い目に合ったみたいよ。いっそ、王妃や王子や王太后に使ったらいいのにと、私思ってしまったの』
『まあ、お姉様、それは胸がすく思いでしょうねえ。私も何かお手伝いできたらいいのに』
『じゃあ、いらっしゃいな。もうすぐ紹介の儀よ。きっと面白くなるわ』
私は身震いした。デイジー姫だと?まずい。これ以上フローリア妃に関わってはいけない。私も暫く、王都を離れた方がいい。そうだ、ドット子爵にも忠告の手紙を送ってやろう。商売でお互い儲けた身だからな。
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