第46話 紹介の儀の当日

控えの間には、陛下と私と乳母、そしてエドワード王子が入って行った。




「公爵、エドワードの予備の衣装がある。この衣装も良いが、王子と少し中で見てみたいのだが」


 陛下は、エドワードとクローゼットの中で衣装を選ぶと言うのだ。ティモシーの言う通りだ。ここで、毒を盛るというのか!




 私は愕然とした。なぜだ?なぜ自分の息子に?




「陛下、それは良いですな。さあ、殿下こちらに」


 私はエドワード王子を抱き上げた。




「ああ、いや、私が中で見てやろう。エドワードも緊張しているかもしれないしな」


「陛下にそのような事はお願い出来ません。さ、乳母。王子の衣装をこちらに」


 私は乳母に衣装を取って来させた。




 クローゼットの中には召使いに偽装した魔導士がいる。魔導士と、乳母が衣装を出して来た。フローリアは事前に配置した偽装の召使いがいるので、クローゼットには隠れる事が出来なかったのだろう。




 陛下と私と王子は、椅子に掛けて出された衣装を共に眺めた。着替える必要など全くない事が分かる。


「今のお衣装が良いのではないでしょうか?とても良くお似合いですから」




「そうだな……。そうしよう。公爵、エドワードだが、少し緊張しているように見えないか?」


「そんな事はないでしょう。王子様は賢明なお子様ですし」




「うん、そうだな……公爵、王子に菓子をやりたいのだが」




(……来た?これか……!)




 ウィリアムはおずおずと、何かを懐から出して来た。包みを空けてほんの小さなボンボンを見せる。




「これは……子供の口に合うと思うし、口に入るとすぐに溶ける。喉につまらせる心配もない。毒見をさせるから、エドワードにやってくれないか?」




 私は、ごくりと唾を飲み込んだ。ティモシーの言う通りに事が進み、今、問題の菓子が目の前にある。だが、毒見をさせると言っているが、遅効性の毒なら今この場では分からない。王子の体と毒見の大人では効きも違うだろう。




 私は笑顔を取り繕った。ここでこちら側の思惑を疑われてはならない。


「陛下、それは大変良いですね。エドワード様はボンボンを好まれると聞いております。ですが……もうすぐ式典です。紹介の儀が終わりましたら、私が差し上げましょう」


 ウィリアム陛下から、菓子を受け取ろうとすると、すぐさま、菓子の包みを閉じて懐にしまった。




「……そうか。いや、側室のフローリアが、子供の神経を落ち着ける菓子だとくれたのだよ……。せっかくだからエドワードにやりたかったが。そうだな、後にしよう」


 あっさりと、ウィリアムは菓子をやる事を諦めた。




 クローゼットの中での衣装選び、側室の菓子、何から何まで想定通りだ。これは、紹介の儀が終わるまで、絶対に気を抜けないという事だ。




 暫くして、ソフィアが室内に入ってきた。シンクレア伯爵夫人とローレンが本日の側近を務めている。ローレンには、おおよその話をしてあり、魔導士たちとの連絡係にもなっている。




「公爵様、守備は万事整っております」


 ローレンが言った。魔導士たちの配置が整ったという事だ。




「さあ、陛下、参りましょう」


 私は陛下を促し、王子をしっかりとこの手に抱いた。何かあれば、私が身代わりになっても構わないと思っている。




(必ず、守り抜いて見せよう)




 ***




 紹介の儀は、王子に重臣を紹介して重臣は恭順を示すという、事実上の王太子の発表の場となる。


 俺の体は引き続き、裏庭で魔法陣の魔力を維持している。意識が城の外から場内、全ての部屋、場所に行き渡り、内部で行われている事が頭の中で全部分かる。




(この感覚は、凄まじいな……)




 夜会の会場に、ウィリアム王と王子を抱いたフォースリア公爵、王妃、暫く離れて、三人の側室が入って来た。控えの間に魔導士を配置していたので、フローリアの阻止は出来たようだな。




 夜会の開始に際してウィリアム王の口上が始まった。


「この良き日に、王国の小さな太陽を皆に紹介し、重臣たちからの王子への挨拶を許そう」




 拍手が起こり、王子を抱いた公爵が前に進み出る。最上位の重臣はフォースリア公爵だが、今は摂政家として祖父として、王子の補佐をする立場にある。




 フォースリア公爵家に続く家門の主が、一人ずつ前に進み出て、王子に膝を折り、家名と恭順の口上を述べる。王子は一人ずつそれに応え、




「忠誠に感謝します」


 幼い声で、ゆっくりと正確に一人ずつ声をかける。きっと、何度も練習したのだろう。これが何十人も続く。幼い皇子には負担だろう。途中途中、王子の耳元に公爵が声をかけている。お気持ちが切れないよう、あやしておられるのだろうか。




 これで帝国の星であった王子は、王太子を示す「王国の小さな太陽」となるのだ。今日からは、王太子様と呼ぶ事が許される。立太式はまた後日になる。それには、大聖堂の大聖司教の同席が必要だからだ。




 最後に王妃であるソフィアが前に進み出た。


「忠臣である皆の恭順の意を受け、王国の小さな太陽はさらに輝きを増すでしょう。王太子に代わり、母后である私からも礼を申し上げます」


 これで、ソフィアも国母としての位が付与される。




 俺は固唾を呑んで進行を見つめている。以前はここで、事件が起きた。




(ソフィア……!王子……!)




 公爵様は王子を決して、床に下ろそうとなさらない。王子はそろそろ飽きて来られた頃だが、今は最大の危険場面なのだ。このまま公爵様にお守り頂きたい。




 ソフィアも王子から目を離さない。公子はソフィアの側でガードをしている。そんな公爵とソフィア、公子を、うんざりしたような表情を隠さず、ウィリアム王が見つめている。




(思惑が叶わず、残念だったな)




 式典が終了し、エドワード王子が退出する時間となった。幼い子供がこんな時間まで起きているのだ。さぞお疲れだと思う。このまま、寝室に引っ込む予定だ。


 王子の部屋は、魔導士、フォースリア公爵家の使用人で固めている。乳母と世話係がいるが、それすらも今は信用できないからだ。




 王子は公爵様と共に退室していった。


 ソフィアがそれを見送り、心底ほっとした表情になる。俺は、前回この場面でソフィアを失った。俺も王子とソフィアを守り切った安心感で涙が出そうになる。気を抜けないが、最大の危機は超えた。




 ソフィアの側には、公子がピッタリとくっついている。夫から守らねばならないのだから、当然だ。公子は、使用人から乾杯のグラスを受け取ったソフィアから、そのグラスを取り上げた。そして、グラスの中身を一口、口にして表情を変えた。




 次の瞬間、ゆらりと公子の体が揺れた。俺は、瞬間にその場に転移した。魔法陣を維持する魔力に加え、転移のために魔力の出力を上げた。心臓に衝撃が来たが知った事ではない。




 突然現れた俺の姿に、近くにいたものが驚いて、悲鳴を上げた。


「ロッドランド!なぜ?」


 ウィリアム王が叫び、公子が倒れたので、会場は騒然となった。




 俺は、公子とソフィアを自分のローブの内側に入れて怒鳴った。


「誰もこの場を動くな!魔導士、配置につけ!ダービル、解毒だ!」


 会場の隅に控えていたダービルと数人の魔導士が、公子の解毒に当たり、他の魔導士は扉を封鎖した。




「お兄様!」


 ソフィアが悲痛な声を上げる。




「大丈夫です、王妃様。公子は予め解毒剤を含んでおります。ちょっと想定より強い毒でしたね。魔塔特製の魔法草で解毒剤を五十種類用意してますから、お任せください」


 公子は倒れたが、意識は失っていない。口にスポイトでダービルが次々に解毒薬を入れる。




 公子はビクッと体を震わせ、大きく息をついた。解毒薬が当たったみたいだ。




「ダービル、一発で効かせてよ。ちょっと苦しかったよ……」


「すみません……。いや、これ一発殺害レベルの毒ですな……」

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