第45話 作戦開始

俺は翌日また公爵邸に行き、魔塔で見た事を公爵様と公子に告げた。




「まさかと思うが、控えの間のクローゼットに籠って、陛下に毒入り菓子を渡したというのか?」


「はい、公子。そう見るのが自然だと思います。何の他意もないのに、あんな姿で入り込むはずがありませんよ」




「召使いに化けるとは……陛下も何をお考えなのだ!」


 普段温厚な公爵が本気で怒っている。幼い頃から支えた王が、自分の孫を害しようというのだから当然だ。




 だが、公爵様や公子にとってはこれから起こる事だが、俺は一度経験している。ウィリアム王とフローリアには吐き気がする。自分の子供を故意に害したとは考えたくなかったが、あのフローリアの姿を見ると、王も全くの無関係ではないという事だ。




「公爵様、あのクローゼットには、事前に魔導士を配置しておきましょう」


「ああ、そうしてくれ。こちらもフローリアには監視を付ける」


「場所を中心にした警備を想定していたが、変装して忍び込まれるとは思いもしなかった……。あの側室、どういうつもりなんだ?」


 忌々しそうに公子が言う。


 その通りだ。我々はフローリアを警戒はしていたが、こんな風に行動するとは思いもつかなかった。




「ドルテアの生き残り」「魔法草」という要素は危険な毒に繋がった。だが、実際に手を下していたのはウィリアム王だったはずだ。同僚の娼妓に毒を盛るような女だと知ってはいても、何となく、フローリアの毒を誰かが悪用しているように考えていたのかもしれない。




 しかし、これでフローリア自身が王子を狙っているのは、明白になった。




「公爵様、ソフィアに伝えましょう。内密に機会を作りたいのですが、ご協力頂けますか?」


「……それでは、ローレンに概要だけを伝えておく。王子に警備上の危険があるので、ティモシーが公爵家に協力すると言っておこう。ローレンが話す時間を作るだろう」




「ありがとうございます」




 ソフィアに事を伝えるのは正直気が重い。だが、久しぶりにやっと彼女に会える。一目顔を見たいと何度思った事か。




(ソフィア、今度は必ず俺が守るよ!)




 ***




 紹介の儀の当日になった。




 魔法陣を王宮全体に及ぼすために、魔塔所属の魔導士三百人が、数日前から総出で取り掛かった。


 そして、公子の基本式にデルタがさらに複雑な数式を追加していた。




「公子は排除の式でマーキングした物質を異空間に飛ばすって言うけど、それだと証拠が消えちゃうじゃない。ちゃんと、空間ストレージに格納しなくちゃ」


 デルタは俺の負担を考慮せずに言う。




 宮殿を覆う魔法陣を座標の設定だけで上空に展開して、地面には直接魔法陣を書いて回った。これが結構大変だった。しかもすべて秘密裡に行わなければならない。魔塔のメンバーが使用人に化けて、各所に書いて回った。




 今は宮殿中に、騎士や使用人に変装した魔導士が散っている。




 この大魔法は魔塔にとっては国家守護だが、裏の意味では実験みたいなもので、そのせいか皆異常に真剣に取り組んだ。俺は……死ぬ覚悟でこれを起動しないといけないと思うと、背筋が寒くなったり、歯の根が合わなかったりして、ソフィアには見せられないような緊張状態だった。




 俺は宮殿を見渡せるように、宮殿の裏庭に位置どっている。


 既に招待客は宮殿内の夜会の会場に入場している。




「ティモシー、大丈夫かい?」


 公子が俺の様子を見に来てくれた。


「……公子、俺はきっと生きてやり遂げますよ!」


 俺は悲痛な表情にならないように気を付けて言った。だが、少し引きつっていたかもしれない。




「やだなあ。大丈夫だよ。私とデルタで省力化するために、結構改良したんだよ?」


 公子は飄々としている。この方は、仕事が大きいほどこんな感じになるのだ。




 今日は夜会の紹介の儀に参加するので、公爵家嫡男らしくめかし込んでおられて美しい。こんなに変わり者でなければ、令嬢方が放っておく事はないだろうな。白い衣装に金色の髪が映えて、まばゆい程だ。




「ティム……」


 ソフィアだ。光を散りばめたようなブルーの衣装で、王妃らしく結い上げた金髪にティアラを付けている。これ程美しいソフィアは久しぶりだ。


「どうしたんだい?こんな所に。中にいないといけないだろう?」


 俺は動揺を隠すように言った。




「ええ。でもティムが大きな魔術を使うって聞いたわ。相当な魔力を使うんでしょう?」




「ははっ!俺はS級だよ?こんなの何でもないさ。時間を戻した男だからね。君は心配しなくていい。公爵様や公子や魔塔が万全の警護をしているからね」


 公子が俺をチラッと見て、強がりをプッと笑う。




「確かに、今日はずっと、お父様がエドワードにつきっきりで抱いて離さないの」


「はは!そうか。でもそれが一番安心かもしれない。フローリアも公爵様には近づく口実がないからね」




「ウィリアムがずっと、嫌な顔をしているわ……」


「ふん。あいつは……陛下は、先代の公爵様に手を繋いでもらったんだろ?文句を言う筋合いじゃない。それに……いいかソフィア、あいつは絶対信用するな」




「わかってるわ、ティム」


 ソフィアが寂しそうな顔をして言う。夫が息子に毒の菓子を含ませたと聞いて、平静ではいられないだろう。それと、少しはウィリアム王を信じたい気持ちがあるのかもしれない……。




「さあ、ソフィア。そろそろ会場に入ろう。紹介の儀の式典が始まる」


 公子がソフィアをエスコートして会場に向かった。二人の背中を見送って、俺は覚悟を決めた。




 さあ、エドワード王子をお守りするんだ。




 俺は深呼吸をし、全身のマナを両手の先に集中させた。少しずつ体内のマナを回転させ、指先に集めた。マナは指先で魔力となって、火花を散らせた。バチバチと音がする。魔力の火花は熱くない。




 跪いて大地に両手をつき、短い詠唱を始める。


「悠久の時の流れを経て大地に広がる地脈の熱よ、地下に滾る熱き力を解放せよ」


 地面がドンっと振動し、俺の中のマナを掻きまわす。




「大気を揺らし地上を渡る風よ、わが身に集まりその揺らぎを貸せ」


 風がざわざわと音をたてて樹木の葉を揺らす。俺のローブが地上からザっと音を立てて舞い上がる。体中のマナが膨張していく。




 次の瞬間、地上に張った魔法陣に魔力が吸い出され、地上全ての魔法陣が起動した。片手を上にかざす。




「天空を駆ける雷よ、光と共に冷たきほのおとなりて我が元に集まれ」


 空に光が走った。


 天空高く掲げる手に、天と大地と風のエネルギーを集めマナを強化する。バチバチと魔力が音を立てる。




「天地自然のことわりよ、我らがエレンデールの小さき太陽にその座標を刻め。大いなる力をもって、いかなる害意も近づけず、その身を損なう全てをあるべき所に収め、その太陽の登る空と沈む大地の力を持って、かの王子を包む盾となり守り給え」




 大地の魔法陣と天空に輝く魔法陣が呼応して、王宮全体を包んだ。俺の体からもの凄い勢いで魔力が魔法陣に吸い出される。




(これは、想定以上……!くっ!)




 魔法陣の全てに俺の魔力が行き渡り、魔法陣の敷かれた場所の全てを掌握した。




 次の瞬間、俺の意識が空間を駆け抜け、王宮全体に及んだ。隅から隅まで、全て同時に一瞬にして感知できる。すべてが見えた。




 今、紹介の儀の式典が始まる。

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