第49話 王女の恨み
フローリアの尋問で、王は壊れてしまったのか退出してしまった。このまま閉廷かと思われたが、次の被告人の尋問が続けられた。
王室側の席には、ソフィアと王太后だけが残った。
もう一人は……なんと先王の娘、リディア王女だった。バークレー夫人の三女で、ガーランド伯爵夫人の妹だ。ウィリアム王にとっても、異母妹となる。リディア王女は、年はウィリアム王より若いはずなのに、ずっと老けていて、まるで年嵩の未亡人の様だ。
これには、王太后が驚愕の表情を示した。かつて排除した女とその娘である。今頃なぜこの王女が出て来たのか。
夜会の夜、フローリア以外にも、青く光ったもう一人の人物がいた。地味な衣装で、誰かの侍女のように見えた。一体何をやらかしてくれたのかと思ったら、毒を運ぶ仲介となっていたのだ。それは後日、当日の会場内をすべて記録の魔術具に記録していて分かった事だ。
記録の魔術具は珍しくない。会場内の数か所に魔導士たちが仕掛けておいた。公式な場に仕掛ける時は、許可を取らねばならないが、今回はフォースリア公爵が魔塔に全面許可を出してくれた。
その映像には、グラスを持って、控えているフローリアが映った。するとそのもう一人の青く光った女が、通りすがりにそれを受け取った。暫く会場内を歩いたと思ったら、絶妙なタイミングで、給仕にそれを渡し、ソフィアに渡す様促しているように見える。次の瞬間には、もう姿はなかった。
地味な装いなので会場のどこに行ったのか、映像では探せなかった。だが、結局マーキングの可視化で、部屋の隅にその姿を見つけた。
リンドバーグ侯爵は言った。
「あなたは、なぜフローリア妃から毒を受け取り王妃様に渡したのですか?」
「毒など存じませんわ。フローリア妃のお顔も存じません。私は長くバークレー領に引きこもっていて、今回は王子様の紹介の儀があるというので、八年ぶりに王都に参りました」
「でもあなたは、毒を受け取っていた」
「誰かからお酒を取って頂いた気がしましたが、慣れない夜会で人に酔ったようなので、給仕にグラスを返しただけですわ」
「フローリア妃はあなたの姉上がご支援している方です。何か聞いていませんか?」
「お名前、くらいは聞いたかもしれません。ですが、田舎に籠りきりなので、情報にも疎いですし、聞いてもよく分からない事ばかりですから。それに。姉はずっと前に領地に療養に帰ったそうで、王都では会っておりません」
それは事実だった。調べると、紹介の儀のずっと前に息子を連れて領地に帰っていた。体調が優れないので、療養しているらしい。ガーランド伯爵も、その頃から隣国に商売の買い付けに行っているそうだ。
(夫婦で、逃げたな……!)
「恐れながら、異母兄の王子が王太子になられるので、陰ながらお祝いしたいと思って駆けつけただけです。それをこんな……罪人のように……酷いですわ」
リディア王女は、泣きながら王太后をじっと見つめた。
「バークレーでは、母が臥せっております。私が帰らないと、誰が世話をすればいいのでしょう」
王太后を見つめる目が、とがった刃物のように鋭かった。王太后は、黙って目を伏せた。
確かに先の王女三姉妹は、王太后によって時代の隅に追いやられたのだ。このリディア王女などは、心を病んだ母について、デビュッタントもせずに領土に引き籠った。そして今も未婚で暮らしている。
「早く、領地に返して下さいませ。何の証拠もないのに、先の王女をこのような扱いをするのが、王室裁判なのですか!」
王女の言い分は通った。フローリアもこの王女を知らないと言うのだ。
後からグラスを受け取った時の様子を確認したが、二人は目を合わせていない。それでも、どういうカラクリか知らないが、確かに毒入りグラスをソフィアに届けている。
王女は解放されるとすぐに、バークレー領に帰って行った。
「やはり、王都など来るものではないですわね」
と捨て台詞を残して行ったそうだ。
フローリアは未遂とはいえ、王家の血筋の三名の殺害を行った事が確実となり刑が確定した。
そして、お腹の子は流れたそうだ。
三名が亡くなっていれば、廃妃となり処刑される。だが判決は、三名とも無事だったので処刑は免れ、廃妃となり荒野の修道院に生涯幽閉となった。隙間風の入る極寒の地での幽閉は死ぬより辛いと言う人もいる。
(正直に言うと、俺は処刑されるべきだと思う。俺が戻らなければ、三名は確実に命を落としたのだ)
この先、何かの禍根を残さないとも限らない。ここで始末をつけておくべきなのだが……。
フローリアは数日後には、幽閉先の修道院に行く。ウィリアム王に面会の意思を尋ねたが、何も言わず首を振るばかりだったそうだ。
***
ウィリアム王は、本当に心が壊れてしまったそうだ。何を言っても禄に反応せず、離宮で王太后に守られて暮らしているようだ。自分の寵姫が正妻と二人の子供を手にかけ、その寵姫は悪びれもせず、お前がが悪いと罵ったのだ。自業自得と俺は思う。
ほどなく、ウィリアム王の退位が決まった。表向きの理由は、病気だ。先王と同じ病名を使った。
そして、紹介の儀で正式に王太子となった三歳のエドワード王子が、即位した。摂政は祖父のフォースリア公爵だ。そして、とてもショックな事が続いたソフィアには言えないが、俺には朗報が入って来た。
「ウィリアムとは離婚する事になったの。王太后様の方から、申し出があったのよ」
「あの王太后から……」
「ええ。エドワードが即位した日に。私は王妃ではなくなったのだから、もう婚姻はお互い必要ないでしょうって。ウィリアムがあんな事になって、思う所があったのかしら。王太后様も退位されるから、ウィリアムと実家の領地に帰る事にされたらしいの」
「そうか……、それで、君は?」
「私は国母として、摂政家の人間として、エドワード陛下の養育に関わるので王妃宮に留まる事になったわ」
「でも、君はまた、ソフィア・デ・フォースリアに戻るんだね」
「ふふ。父もやっと娘が帰って来たなんて言うのよ。もう苦労はしなくていいって」
「そうだな、もう苦労なんてしなくていいよ。六歳の頃から苦労し通しだからね」
「後宮も解散でしょ?二人もウィリアムとは離婚する事になったわ。アリアドネは実家に帰って稼業を継ぐんですって。逞しいでしょ?ビアンカはデイジー王女を残していけないから、私の侍女にならないかって勧めてるの」
「これから、王宮も変わっていくな……」
「ねえ、ティムはお父様から養子の話があるんでしょ?何て返事するの?」
公子が今は魔塔にべったりなので、俺にフォースリア公爵家を支えてくれないかと話しがあった。
俺は、ちょっと思う事がある。だから、返事を保留にしている。
「ソフィア、海辺の館に療養に行かないか?君と陛下の体調管理の魔導士として勧める」
「……そうね。行こうかしら?」
ソフィアが明るく答えた。最近は俺の勧める話もよく聞いてくれる。もう、王妃様らしくする必要はないからだそうだ。
「ふふふ。また皆で行きましょうか!」
(ソフィア、俺は君にどうしても言いたい事があるんだ)
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