第33話 一族の魔法草

私がお客をとるようになって一番先にしたのは、媚薬を作る事だった。花を乾燥させて粉にする。ありきたりな香油と混ぜて炊いて、部屋を花の香で満たす。




 お客の気を引くためじゃない。


 お客の気持ちを私から、もっと言うと私の体から逸らすためだった。




 本当は誰にも触られたくなかった。


 私に少しでも気持ちがあれば、あまり乱暴な事はされないだろうと、試してみたのが始まりだった。




 私の生まれた家は薬を調合するのが仕事だった。風邪だとか、頭痛だとかそんな薬と一緒に媚薬やら、軽い麻薬を調合していた。辛い仕事や悩みを忘れて、ほんの少し気持ちを楽にするだけのものだ。体を悪くするものじゃないのに、私たちの仕事は嫌われていた。




 予想は当たった。媚薬を炊いて、優しい言葉で慎ましくしていれば、色んな事が早く終わる。嫌な事を嫌だと言っても、あまり強くは責められない。




 これはちょうどいいと思った。




 娼館の他の娼妓は一晩中寝かせて貰えない場合も多いが、私はほんの小一時間で解放される事が多かった。楽な仕事をしていると揶揄されたけど、誰だって嫌な仕事は早く終えたいはずだもの。




 私は別に悪い事をしているわけじゃない。




 若旦那様にももちろん使った。事を終えても帰らないのが不思議だったけど、きれいで優しい人なので、そんなに悪い気はしなかった。




 領主様のお邸でも、若旦那様にも領主様にも使った。若旦那様が来ない日は、時々領主様が部屋に来た。いい気はしなかったけど、若旦那様に言うわけにもいかない。仕方なく強めに媚薬を炊いて、なるべく早く帰ってもらうようにしていた。




「ここに来ると落ち着く……」


 領主様はよくそう言った。


「でも、陛下に知られると領主様も困るでしょう?」


「黙っていれば、わからないさ。もう少しだけここに居させてくれ」




 若旦那様が王様だと分かってから、陛下とお呼びするようにとマクレガーさんに言われた。




 領主様は、陛下を嫌っていた。陛下のお母さんがいなければ、好きな人と結婚出来たらしい。


「あの女さえいなかったら……今頃は彼女は私の妻だった」


「陛下のお母さんのせいで、亡くなったのですか?」


「そうだ。あの女は貧しい伯爵家にエリスを嫁がせようとした。一回りも年上の……」




 媚薬を炊くと人はよくしゃべるようになる。色んな事を話してくれた。


「可哀そうに……」


「お前は優しいな」


 男は言葉一つで、女を優しいと言う。




 領主様はお金持ちだったけれど、好きな人より身分が低いので結婚を邪魔されたらしい。貴族は結婚するのに王室のお許しがいるそうだ。




 私はそんな怖い人が義理のお母さんになるのはご免だ。






 陛下も媚薬を使うと、色々とよくしゃべってくれた。




「王妃は冷たい女性なのだ……君とは違う」


「でも、高貴できれいな方なのでしょ?」


「確かにな。だが、それが鼻につく。そして私にきつく当たるんだ……」


「ウィルはこんなに優しいのに……」


「優しいな……フローリアだけが私の心の支えだよ」


 陛下はそう言って、私の胸に顔を埋めた。




 それから他の二人の奥さんの事も悪く言っていた。なぜそんな人たちと結婚したんだろう。




 私は別に奥さんにならなくても良かった。


 ここでお金を貰って、時々会いに来てくれるので十分だった。陛下は確かにきれいな男の人だが、別に好きな訳ではない。




 でも、オルターさんやマクレガーさんは、陛下があまり王都を離れるのは良くないと言っている。陛下が私に会いたいなら、私が王都に行くしかないのだろう。




 出来たら、宮殿とかではなくて、王都のどこかにお家を買って住まわせてくれればいいのに。




 宮殿に行く準備も忙しくなった。王都から仕立て屋が来て、沢山の衣装を仕立てると言って毎日仮縫いに忙しい。そんなに服を沢山作っても仕方ないと思うが、必要だとマクレガーさんが言った。




「フローリア、愛してるよ。早く一緒に暮らしたい」


「……私もよ、ウィル」


 自分の奥さんを平気で悪く言う男の言葉は、信用出来ない。いつか私に飽きて捨てるかもしれない。




 そして、娼館に居た私は”死んだ事にする”と、オルターさんが言っていた。


「フローリア様は、陛下のご側室になるので……」


 確かに、王様の側室が娼妓では外聞が悪いのだろう。




 私の生まれた村は、五年前の北方の戦で全滅した。隣の国との領土争いに巻き込まれたからだ。私たちは嫌われた民族だったので、国境で細々と暮らしていたのだ。薬草を栽培して、薬を作って町に売りに出る。ただそれだけの小さな村だった。




 村に火が放たれて、両親は何とか私を逃がした。私は異国の血が入っているので、一族と髪の色が違っていたから、逃げる途中でこの国の人だと間違われて保護された。それからは娘を亡くした酒場のおかみが、同情して私の面倒を見てくれた。




 でも、酒場のおかみが亡くなると、酒場の借金のために娼館に売られた。それから地獄のような毎日が始まった。あの時、私は死んだも同然だった。




 戦がなければ、まだ村で両親と暮らしていただろう。こんな事になったのは、国が戦争を始めたからだ。


 陛下は、五年前と今回と二回も私を殺したのだ。




 それなのに、そんな人を私が愛せる訳がない。




 村から逃げる時に、母が薬草の種を持たせてくれた。私の財産はそれだけだ。村で覚えた薬草の知識と種だけが、娼館でも私を守ってくれた。




 きっと、宮殿でも私を守ってくれるはずだ。陛下なんかより、ずっと頼りになると信じている。


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