第32話 魔塔との取引

「概要は分かったわ……。にわかには信じがたい。けど、この魔力の数値は尋常じゃない」


 ヘルガは、呟くように言った。




「ティモシー、つまり、王子様の殺害事件って事でいいんだな?そして、王妃様も亡くなったと……」


 ダービルが念を押して言った。さっきからこればかりだ……。




「いや、でも、そんな事……」


 デルタは普段、それ程熟考する質じゃない。だが今回ばかりは、「ふうん、そうなんだ」とは行かないようだ。




 三人と俺は、この国のS級魔導士だ。国に五人しかいないS級のうちの四人で、この四人で分からなければ、その魔法についてはお手上げというメンバーだ。




「いいか!何度も言ってるだろ。あのままなら、王妃と王子が同時に亡くなっていた。魔塔の薬師でも解毒出来ない毒を使われて、王妃は魔力を王子に注ぎ込んで、暴走して心臓が止まったんだ。」




「犯人は、本当に王様なの?実の息子だよ?」


 デルタはこの中で一番若い。純粋に疑問に思うのだろう。




「寵愛している側室が産む子が可愛いってのも、あるかもしれんな……」


「何が寵愛だ!あんな側室のどこがいい!」


 ダービルが言った言葉に、また俺の怒りが込み上げた。俺が死ぬ気で諦めた女を、何だと思っているんだ。あの人殺しめ!




「ティモシー、分かってると思うけど……この禁忌を冒した点は、見過ごせない。協会から今回の魔力の原因照会が来ると思うわよ」


 ヘルガが言った。


「もちろん、分かっている。俺の罰はどうなってもいい。とにかく王妃と王子を救わないといけない。力を貸してくれ!」




 三人は顔を見合わせて、頷いた。


「……分かった。この魔塔は国を守るためにあるんだからね。王妃と王子の殺害は謀反だわ。全力で敵を暴かないと。」


「魔塔の名にかけて」


 ダービルとデルタが声を合わせて言った。この言葉は、魔塔の魔導士の誓いみたいなものだ。正直俺一人では心もとなかったが、この三人がいれば必ず出来る。




「それと、今思いついたんだけど、いい案があるんだ」


 ヘルガが言った。


「何だ?」


「ティモシー、あんたの禁忌、帳消しにしてやってもいいかも……」


「え?」


「さっきから感じてるんだけど、あんたの体中から複数の次元の魔力が溢れてるんだよね」


「ああ、僕も感じた」


 デルタも言う。




「どういう事だ?」


「あんた、時間を全部引き連れて戻ってきたみたい……多分魔力の残滓ざんしだと思うんだけど」


 時間を引き連れて戻る?どういう意味だ?




「私は、魔力の微細な違いを感じ取る能力がある……知ってるよね。あんたの体から色んな時空の覗き穴というのか、他の時間を感じるのよ。んーなんと言えばいいのか、あんたを通じて明日の時間が、覗けるみたい。さっき、あんたを揺さぶった時……明日の私が見えたのよ……」




「は?俺にはよくわからない……」


 どういう意味だ?




「おそらくだけど、あんたに触れると時空を覗けるの。多分座標軸を設定すれば、ピンポイントでその時間を見る事ができそう……そもそも、時間を行き来するのは禁忌なんだよね。でも、あんたに触れると時間を戻したり進めたりしなくても、その時間を見る事ができる」




「だからさ、ティモシーに触ると、遠見が出来るって事!」


 デルタが言った。なぜヘルガの話がわかるんだ?優秀だな。遠見とは未来を見る事だ。




「あんたが戻って来る時通った時間すべて、遠見が出来るんだよ?」


「そうしたら、その紹介の儀までに、犯人を捜して対策が立てられるって事だな?」


 ダービルが上手くまとめてくれた。さすが最年長だ。




「だが、それと、俺の禁忌の罰と何の関係が……」


「ふふ。魔塔の存在意義は、国家守護ともう一つ。何だっけ?」




「研究だ」




「そう、あんたを通じて遠見と、時間戻しの研究が直に出来るんだよ!胸が高鳴るじゃないか!」


 ヘルガが高揚して言った。そうだった。ここは魔塔だ。研究バカの集まりだった。だが……いいのか。俺は禁忌を冒したのに。




「禁忌って言っても、伝説魔法だからね。魔法協会に聞かれてもそんなの出来る訳ないって、言ってしまえばそこまでだよ。秘密にしてやるよ。その代わり、私たちの研究材料になってもらう!」


 エレンデール国の魔法協会は魔塔の親組織だが、そこに嘘の報告をするって事か?




「研究でちょっと、やらかしちゃいましたーって言えばいいよ」


 デルタが気楽に言う。




「とにかく!時間がないんでしょ?さあ、ティモシー。王妃様と王子様を救うために作戦が必要だよ」


 ヘルガが請け負ってくれるなら、もうどうでもいい。俺は魔法協会なんか怖くないからな。俺が怖いのはソフィアを失う事だけだ。




「ああ、それから。一つ確認したいんだが、王子の治療に当たった魔塔の薬師が、国王から『リンデル』の匂いがするって、言っていた。ダービル、何か知らないか?手がかりになるかもしれない。もう存在しないって言っていたのが気になったんだ」


 ダービルは薬草学のエキスパートでもある。




「リンデルっていやあ、あれだな。魅惑の魔術で使う北方の魔法草だ」


「ああ、僕も聞いた事がある。でも、あれはもう絶滅したんでしょ?」




「ティモシー、リンデルは滅んだ異民族の使う魔法草だ……。研究用にちょっと魔塔にも残ってるけど、栽培していた民族は滅んだんだから、もう誰も栽培してないぞ」


「どの民族の話だ?」




「北方のドルテア族。五年前北方の領土争いの時、滅んだと聞いたが……」


「ああ、そうだったな」


 ドルテア族と言えば、魔法草の栽培を主にする、赤い髪と菫色の瞳の数民族だ。薬も作るが軽い麻薬、媚薬を流通させるので、どこの国からも嫌われているんだったな。




「何でそんな草が宮殿で……?調べてみる必要があるわね」


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