第34話 後宮の生活
初めて王宮を訪れた日、私は義父のドット子爵と一緒だった。オルターさんやマクレガーさんがご挨拶の仕方を教えてくれた。
「とにかくお教えした通りにして下さい。後は陛下にお任せ下さい」
「わかりました」
「緊張なさらなくても、大丈夫ですよ」
マクレガーさんはいつも気遣ってくれる。
実は私は緊張はしていない。別に来たくて来た訳ではないし、陛下が私に会いたくて連れて来たのだ。陛下のおかげで少しはお金も貯まったので、一人で薬草を扱う店の商いをしてもいいと思っている。だから、最近は陛下に捨てられる心配はしていない。
「あなたを歓迎します」
きれいな王妃様がそう言った。こんなにきれいな女の人は見た事がない。私も美しいと言われるし、自分でもそう思うが、こんなお姫様のような美しさとは違う。村を焼かれて逃げて、娼館で男に買われた私は、美しくても、この王妃様とは違うのだ。
ちょっと、心がピリッとした。
(王妃様は、そんな思いをした事はないものね……)
ご挨拶は簡単だった。後は陛下が後宮に連れて行ってくれた。とても嬉しそうだった。
「フローリア、これでそなたは私の正式な妻だ」
私の部屋は領主様のお邸よりも、さらにずっと豪華で美しかった。
同じ後宮に、あと二人の奥さんがいるそうだ。だけど、挨拶はしなくていいと、陛下もマクレガーさんも言っていた。
私の侍女になった人は、貴族のご令嬢と未亡人らしい。そんな高貴な方たちが私にフローリア様と言って、お世話をしてくれるのは不思議な感じがした。こんな生活がこれから続くのかと思うと、陛下は本当に私が好きなんだろう。
たまに私の宮に、他のご側室の女性が姿が見える時がある。ご挨拶はしなくていいと言われたので、こちらからは声をかけない。でもあちらも何も言って来ない。茶色いサラサラの髪の、私と同じくらいの年の人だ。あの人がアリアドネ様だろう。
きっと私が気になって仕方がないのだろう。
そんな時、お手紙が届いた。お茶会に来てくださいと。
王妃様とご側室さんが、私に何の用があるのだろう?
「行かないといけないですか?」
「フローリア様、これはお断りできません」
侍女のレント子爵夫人が言った。陛下は、面倒な事はしなくていいと言ったので、少し不満だったが一度くらいは顔を合わせてもいいのかもしれない。
でもやはり、無駄な時間だった。豪華な衣装の貴婦人たちが、何やらお話をしているけど何を言っているのかよく分からなかった。ぼうっとしていると思われたらしく、レント子爵夫人がしょっちゅう肘でつついてくるのが煩わしい。
あんまり退屈なので、思い切ってわざと意地悪な事を言ってみた。
「王妃様が怖いと聞いていたけど、皆さんお優しいんですね」
と。叱られたらどうしようかとも思ったが、言ってしまったものは仕方ない。
皆が驚いた顔をするので、私の方がびっくりした。これくらいの事で驚いていては、娼館ではとてもやって行けない。最初は偉い貴婦人たちに気後れしたけれど、「なあんだ」と思った。
そう思ったら、何だかこの貴婦人たちに気を遣うのが、馬鹿馬鹿しくなってしまった。
お茶会の事を聞かれて、陛下には、こう言った。
「王妃様や皆さんが怖かったです……」
「フローリア、可哀そうに……」
お茶会でも貴婦人たちが陛下に気を使っていたけれど、一体何をそんなに気にしているのだろう。どうせ、陛下は嘘を言っても、本当の事を言っても区別がつかないのだ。こんな人の事をいちいち気にかけて、本当に馬鹿みたいだと思った。
ここの生活に慣れてくると、色んな事がどうでもよくなった。皆小さな事を気にして生きている人たちなのだ。ご飯が食べられないとか、村が焼かれるとか、娼館に売られる事を思えば何でもないではないか。
お茶会の後、陛下がお姉様を紹介してくれた。伯爵夫人だそうだ。私が社交界で上手くやっていくのを、助けてくれるらしい。この方も美しいけど……ちょっと他の貴婦人とは違う感じがした。気品があるので全く同じではないが、娼館の意地悪なお姐さんみたいな雰囲気がある。
誰かを虐めたくて仕方がない人が持つ雰囲気だと、私は知っている。
でも、王妃様よりは怖くないかもしれない。王妃様は表面は優しいけれど、きっととても怖い人だと思う。
ある時、このガーランド伯爵夫人が言った。
「ドット子爵とは懇意にしているの。私の亡くなった妹の恋人だったのよ」
「お義父様の?陛下のお母様に結婚を反対されたんですよね?」
「そう。あの人のお陰で、母や私たち姉妹は田舎の領地に引っ込んで、好きでもない人との縁談を持ち込まれたの」
「伯爵夫人も結婚したくなかったのですか?」
「……私は誰とも結婚なんかしたくなかったわ」
私と同じだと思った。私も陛下にどうしてもと言われて王都に来た。王都に憧れていた訳ではない。だけど娼館の主人の言う事を聞くしかないし、この結婚を断る権利はなかったのだ。
「フローリアきっと大切にする。側で支えて欲しい」
陛下は優しくそう言ったが、私の気持ちを聞いてくれたりはしない。自分で決めて、部下のマクレガーさんたちに言って私を自由に扱うだけだ。
私と陛下のお姉様は、どこか似ているのかもしれない。私は、この王宮に来てから初めて話が合いそうな人を見つけた。
「フローリアさん、いい事を考えたの。王妃様がいない間にお披露目の夜会をしましょう」
「王妃様に叱られませんか?」
「構わないわ。面白いじゃないの」
「夜会なんて……私、出来るでしょうか?」
「あなたは、ウィリアムとダンスをしていればいいのよ。ふふふ。万事私にお任せなさいな」
(やっぱりこの人は、私の思った通りの人みたいだわ)
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