第30話 若旦那様の秘密と身請け
そのきれいで品の良い男は、最初は商人の跡取りだと言った。つやつやなプラチナブロンドに青い瞳。同じ客なら醜い年寄りの男なんかよりずっといい。暫くこちらに滞在するというので、私は彼を大切に扱った。一晩中の時間を買ってくれるので楽だもの。
「あなたのような素敵な男性は見た事がないわ」
「そうかい?君みたいな若くて美しい女性なら、言い寄る男もさぞ多いだろう」
「そんな事……私は人見知りだから人気がないの。上手く話す事も出来ないもの……」
男は
「フローリア、また君に会いたいな。もし、君もそう思ってくれるなら……」
「もちろんよ。でも……あなたはもうすぐここを離れるのでしょ?」
「またきっと来るよ!君に会いたいからね……」
どうせ嘘だと思った。男は皆同じような事を言う。こんな娼館の娼妓に心を残す事はない。商売で訪れているのだから、商売が終われば帰っていく。また商売で訪れる事があるかもしれないが、それがいつになるのかなんて分からないし、その時には私の事など忘れているだろう。
だが、その男が帰った後に男の部下だという人が訪れた。
この男も私を買うのかと思ったが、思いもかけない事を言い出した。
「あなたは、これからお客を取る必要はありません。”若様”がまたこちらに訪れます。それまでは、仕事をせずここで待っていて下さい」
私は十三歳の時にこの店に売られてきた。お金持ち専門の娼館で、待遇が良い方ではあるが所詮は娼館だ。本能的に受け入れられないような男に買われても文句は言えない。一晩中、苦痛に耐え忍び、もう死んでしまいたいと思った事もあるが、それでも三年もここにいる。
もう、ここで死んでいくのか、いつかお客がつかなくなったら追い出されるのか、いずれにしてもいい事なんて自分には起きないと思っていたのだ。
でも、もう客を取らなくていいと言われた。あのきれいな若旦那様が、お金を払ってくれたそうだ。娼館の主人は私に、運がいいと言った。
そのきれいな男は、約束通りまたやって来た。
「フローリア、会いたかった」
「私もよ。また来て貰えるとは思わなかった……」
それは本心だった。
きれいな若旦那様は、来れない間にお金を置いて行ってくれただけでなく、沢山のドレスや化粧品も送ってくれた。都会の令嬢が着るようなやつらしい。でも都会も令嬢も見た事がないから、どれ程の物かわからない。
とにかく私は、若旦那様のお陰で、娼館からも大切にして貰えるようになったし、お客の相手をしなくてよくなったのが何より嬉しかった。
「ウィルはどうして、こんなに良くしてくれるの?」
素朴な疑問を投げかけた。
「君を愛しているからだよ……」
うっとりと潤む瞳で、私にそう囁いた。
(愛している?)
私はその若旦那様がいつまで来てくれるのか、信用していなかった。せっかく嫌な仕事をせずに、お金が稼げるのだ。今のうちにお金を貯めて、ここを自力で出て行きたいと思っていた。せいぜい、それくらいの気持ちしかなかった。
だけど、若旦那様は毎月やって来た。娼館の中では、このまま身請けされるのではないかと噂になった。
ある時、あの若旦那様の部下がまたやって来た。
「フローリア様、あなた様を若旦那様が身請けされます。そのおつもりでいてください」
若旦那様の部下は二人いて、何かあれば自分に言ってくれといい、私を”フローリア様”と呼ぶ。まるで、どこかのお嬢様になったような気分だ。噂通り、若旦那様は私を身請けしてくれるようだ。でも……私は若様がどこの人か良く知らない。
ある日、若旦那様がやって来て、私に大切な話があると言う。
「フローリア、僕の妻になってくれ」
「……妻?」
「ああ、僕の妻だ。僕には妻が三人いる。君は四人目になるんだが、僕は君をきっと大切にして守ると約束するよ……」
若旦那様は私を抱きしめて、私に口づけた。
私は四人目の妻になるらしい。でもそれは、妻って言えるのだろうか?私にはよく分からなかった。
そして、ある時別の若旦那様の部下がやってきた。オルターさんというらしい。いつも来る人はマクレガーさんだ。オルターさんは言った。
「フローリア様、今日でこの娼館は出て頂きます。ドット子爵の邸にお部屋をご用意いたしました。そちらで、ご結婚までお過ごしください。行儀見習いや簡単な勉強もして頂きます」
行儀見習い?勉強をする?なぜ結婚するのに、そんな事をしないといけないのだろう?オルターさんにそう言うと、困ったような顔をしてこう答えた。
「フローリア様は、これから若旦那様の奥様になられます。ですから、色々と身に着けて頂かないといけないのです」
正直に言うと、なんだか面倒くさいと思った。早く奥さんにしてくれればいいのに、なぜそんな回り道をするのだろう。実は娼館でも色々と学ばされた。お客さんがお金持ちばかりで貴族もいる。歌やダンス、そして手紙を書くための読み書きはきちんと出来るまでやらされた。だから、これ以上勉強なんかしなくても、それでいいじゃないかと思ったのだ。
オルターさんに領主様の邸に連れて行ってもらってから、私は領主様のお邸で若様を待つ生活になった。実は、領主様も私のお客さんになった事があるが、それは秘密にしておけと、領主様に言われている。
私は何から何まで特別待遇をされているような気がした。領主様のお邸でもそうだ。私専用の召使いがついて、領主様は「お義父様」と呼ぶように言った。
次に来た時にその理由を、若旦那様が説明してくれた。
「驚かないで。フローリア。僕は国王なんだ……君は僕の三人目の側室になって、後宮で暮らすんだよ。だから、ドット子爵の養女になって僕と結婚するんだ。」
私は驚いたが、何となく若旦那様は商人ではないと思っていた。だから、どこかの貴族のお坊ちゃまではないかと、疑っていたのだ。
(でも、まさか王様だなんて……この人が?)
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