第25話 ガーランド家の新しい事業

私は毎日エドワードと多くの時間を過ごすようにした。父の言葉があったからだ。この間に、エドワードは三歳の誕生日を迎えた。家族だけのささやかなお祝いをして、時の過行く速さに驚いていた。




 ウィリアムともあまり接点を持たないようにしていたが、この時だけはお祝いの言葉と贈り物でエドワードを祝っていた。でも、私は何だかそんな彼に、父親としての現実味を感じていなかった。




 フローリアの事、ウィリアムの変化について父は何かを知っている。ティムがそのために動いているのかもしれない。ただ、私が知る事は少ないので、一日一日を静かな緊張感の中で過ごしている。




(でも、ぼーっとしていては、いけないという事ね)




 結局『夜の帳よるのとばり』は宝物庫に戻ったが、この噂はあっと言う間に貴族社会に広がった。平民から出世した側室の物語として、平民にも面白おかしく広がっているらしい。




 ウィリアムは堅実な治世を行ってきた王だった。即位したての頃は私の祖父や父の助けを借りて、保守的だが堅実に生きて来たはずだったのだ。こんな愚鈍な王として、蔑まれるような人ではなかったはずなのに。




 ウィリアムは私の尊厳を傷つけ、「妻ではない」とまで言った。だが、それでもエドワードの父親であり、エドワードは次代の王としてウィリアムの全てを受け継ぐのだ。まだエドワードが王太子としても将来が見えない今、ウィリアムに問題を起こしてもらう訳にはいかない。




「王妃様、ガーランド伯爵からご面会の依頼が入りましたが、どうなさいますか?」


 リッチモンド男爵夫人から、予定を確認された。




「ええ。予定に入れて頂戴」


(なぜガーランド伯爵が?伯爵夫人ではなく?)




 その理由はすぐにわかった。


「ガーランド伯爵が事業をされるそうですわ」


 ローレンがどこからか噂を聞きつけてきた。




「ドット領とバークレー領は隣合わせなのですが、バークレー領は細工物が盛んなのです。それでオートナムのくずダイアを買い取って、細工物として売り出すらしいです」




「くずダイア?」




「ええ。今までオートナムでは原石の買い付けが主だったので、宝飾品に使えないような小さなものは。放置されていたらしいのです。それをガーランド伯爵が買い取って、バークレーで小物に細工して売り出すそうです」


「あら、素敵」


 美しい物に目がないリッチモンド男爵夫人が言った。




「そうなんです。実は従弟がバークレーの細工物を扱う事業をしていて、そのダイアの石がついたペンを手に入れたのです。私も見せて貰ったんですが、素晴らしかったですわ。身に着ける石よりずっと小さいのですが、それを上手く細工であしらっていて。身の回りの小物にすると、とても豪華に見えました」




(いい事を思いついたものね……)




「で、そこで問題なのですが、その案を思いついたのがフローリア妃らしいのです。王妃様にもお目にかけたいと言っているそうです」




(フローリアが?まさか……!)


 私は男爵夫人と顔を見合わせた。




「どういう事なのかしら?」


「はい。ガーランド伯爵夫人が介添え人シャペロンをしていた時に、フローリア妃からそんな使い方の提案をされたらしいのです。バークレー領は夫人のお母様のご実家ですから、そこからドット領から買い付けてバークレー領で細工をと、とんとん拍子で話が進んだとか」




「でも、ガーランド家はこれ以上事業をする必要もないほどですのにね?」


 ローレンの言う事は最もだ。それに、オートナムとガーランド家の組み合わせが私を不安にさせる。






 ***




「王国の月、王妃様にアラン・ガーランドがご挨拶申し上げます」




 彼は、貴族というより商人のような面持ちの人だ。ガーランド領は、田園地帯でエレンデールの穀倉地帯だ。実り豊かな土地で資源にも恵まれている。ガーランド家は経済的に豊かな上、伯爵は新しい事業にも積極的に乗り出し、彼の代で巨万を築いたと言われる。




 側室腹とはいえ、王女のオードリーが降嫁するに足る家門だった。




 目の前には、ダイアモンドがちりばめられた、鏡、化粧道具、ペン、ペン立てが置かれている。なるほど、ローレンの言う通り美しい。




「これは見事ですわね」


「はい。新しい事業の商品ですが、まずは王妃様に献上させて頂きたくお持ちいたしました」


「素晴らしい事業ですね。いい所に目をお付けになって……」




「はい。妻からの提案でしたが、これも何かの縁かと思っております。ドット子爵とも良い関係を築いていけそうです」


「とても良い事ですわね」




「それに最近は、陛下から妻を頼りにして頂く事も増えました。やはり実のご姉弟ですから、気が置けないのでしょうか……。我が家としてはとても誇らしく思っておりますよ」


「ええ、フローリア妃の事はお世話をおかけしておりますわ……」




(フローリアの話をここでしてどうするのかしら?)




「王妃陛下、私も妻も国王陛下の治世が安らかである事を、何より大切に思っております。先日の評議会での事も、ご心痛でございましょう。私どもに出来る事がありましたら、何なりとお申しつけ下さい」




(どんなに親切心を前に出しても、狡猾にしか見えないのは私の心のせいではないわよね)




「ありがとう。そう言っていただけると安心です。頼りにさせて頂きますわ」




「はい、もちろんです。それに……エドワード殿下も、もう三歳におなりとは。時が経つのは早いものです。末の息子のオリバーは今年六歳になりました。恐れながら、殿下とはお従弟の関係。何かの折には、ぜひお遊び相手にでもご指名頂ければと夢をみておりますよ……」




(ガーランド伯爵……、あなた何を企んでいるの?)


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