第19話 内緒の夜会

 海辺で過ごす日々は想像よりずっと楽しかった。エドワードにとっては初めての遠出なので、最初は疲れていたが段々と日差しの中で遊ぶ事を楽しむようになった。少数の側近と召使いだけで、プライベートな時間を楽しむのは貴重な時間だと思った。




 ローレンやマチルダ嬢、シンクレア夫人にも良い休暇となったようだ。皆ですっかり海辺の暮らしに慣れて、ずっとこのまま暮らしたいなどど、ローレンが口にするようになったくらいだ。




 エドワードは少し日焼けして、子供らしくなった。こんなに長い時間私が側にいる事がないので、事あるごとに甘えてくる。子供が可愛いのは王宮の中でも変わらないが、私自身も素直に感情表現する息子の姿に癒されているようだ。




(エドワードも、今まで我慢していたのかしら?)




 時々、ティムが入り江で言った言葉を思い出す。正直、どう受け取っていいかわからない。フローリアは会話を成立させるのも難しい状態だし、彼女に夢中のウィリアムは、私の話も聞かない。どちらも王室の未来にとって、危険な要素が満載であるのは事実だ。




 だが、ドット子爵はどうしてだろう。王宮入りの時に同伴したくらいで、あれ以来領地に籠っていると聞く。オートナムの収益が高いので領地経営は順調であるはずだ。本来なら、多少王都のタウンハウスで過ごして社交に励むのも悪くないはずだが、彼はそうしない。フローリアを口実に、もう少し中央に勢力を伸ばす事も出来ると思うが、そういう人物ではないと評価されている。




 ただフローリアが側室になっても、父のフォースリア公爵はまだドット領を含めたフローリア周辺への監視は続けているようだ。


 フローリアやドット子爵と、政治がどうしても結び付かないがティムの言葉もある。私も暫くは注視した方が良いという事だろう。




 海辺で過ごして半月程経った頃、ティムが馬車で王都から訪れた。名目は王子の診察だ。


(魔法陣で一瞬で移動出来るくせに……)




「王子様は大変お元気になられましたね。見違えるようです」


 ティムが請け合ってくれたので、皆安心した。




「そうそう、遅くなってすみません。後宮のアリアドネ様からお手紙を預かっております」


 診察の後、おもむろに手紙を出してきた。何だろうか。側にいた侍女たちも不思議がった。アリアドネと私は仲が悪い事はないが、旅先に手紙を送り合う仲でもない。




 自室に戻り手紙を読んで、私は驚愕した。手紙はビアンカとアリアドネの連名だった。




「五日後の夜に、夜会が開催されます」


(私の留守中に夜会ですって?)


 一瞬何が書かれているのか理解できなかった。




 もちろん、後宮で私的な夜会を行う事もある。それは必ずしも王妃が出席するものではない。だが、問題はその夜会の場所だった。




「王妃様、王妃宮のボール・ルームで夜会が行われます。マクレガー子爵と、ガーランド伯爵夫人が采配を振るっておられます。ガーランド夫人がフローリアさんの介添え人シャペロンを務めるそうです。私たちも、昨日招待状が届きました。至急お戻りになられますように」




 主の不在中にその宮のボール・ルームを使う事などあり得ない。手が震えてくるのが分かる。不在中に夜会を行ってもいい。ボール・ルームも貸し出してもいい。でも、なぜ一言の断りもなく、不在中に黙って行おうとするのか。


 側室たちにも、こんなに急に招待状が送られるなど、これもあり得ない。衣装の準備や他の夜会の調整もある。領地から出かけてくる人もいるのだ。招待状は普通、三週間前には送られるのが通例だ。




(ウィリアムは何を考えているの?)




 言いようもない怒りが体を駆け抜ける。半月分の休養など吹き飛ぶ程だ。




「王妃様、何かありましたか!マナが急激に増加しました」


 あわてたティムが部屋をノックする。




 ドアを開けるとティムとシンクレア夫人が立っていた。




「ウィリアムが、五日後に王妃宮のボール・ルームで夜会を開くそうです……」


「何ですって!」


 シンクレア伯爵夫人が私の手を取って言った。


「王妃様、お気を確かに。そして、明日王都に戻りましょう」




 ***




 私たちは翌朝早くに館を発った。急な出立だったので、エドワードがぐずったが、飼っている子犬がさみしがると言い訳して納得させた。夜遅くに王宮に到着し、翌朝早くに側室二人を王妃宮に呼んだ。




「王妃様!」


 アリアドネはすっかり元気を失っていた。


「ビアンカさん、アリアドネさん、お知らせ下さってありがとう」




「王妃様、もう私どもではどうしていいかわかりません……」


 明るく、どちらかというと気が強いビアンカがそんな事を言うとは思わなかった。




 私はお茶を一口飲んで、心を落ち着けた。


「それで、何があったのですか?」




「突然、夜会の招待状が届いたのです。五日後に開催されるのも驚きでしたが、王妃様が不在なのに王妃宮を使うというではありませんか。何がどうなっているのか全くわからず、マクレガー子爵を呼んだのです」


 アリアドネが泣き出した。ビアンカはアリアドネの背中をさすっている。何があったのだろうか。




「子爵は事の仔細を話してくれました。陛下がフローリアさんを紹介する夜会を開きたいとおっしゃったそうです。フローリアさんはまだ社交が無理ですので、介添え人として陛下のお姉様のガーランド夫人が指名されたそうです。それで、マクレガー子爵とガーランド夫人が全て取り仕切って、王妃宮のボール・ルームを使う事にしたそうなのです」




(何て事!)


「陛下は王妃宮を使う事は、ご存じなのですか?」


「……陛下がそうお命じになったそうです」


 とにかく私は、一旦深呼吸をした。息が止まってしまいそうだ。




「その上、陛下から厳命が下ったのです。リッチパール夫人のドレスと、ピンクのドレスは着てはならないと!」


 アリアドネは号泣した。それはそうだろう。彼女のドレスのほとんどがピンクで、今若い女性に流行りのドレスは、リッチパール夫人の店のものだ。着ていくドレスがない。しかも五日後の夜会では新しく仕立てる事もできない。




「フローリアさんが言ったそうなのです。アリアドネさんと、ドレスが被りそうで心配だと……」


 ビアンカまで悔しそうだった。




 フローリアの言動でアリアドネが夜会から弾かれるというのか。それに、その前に王妃の私こそがこの夜会から弾かれている。確かに招待状は届いていたが、王妃宮宛だった。旅行中に受け取れないのを承知の上で送ったのだ。




(これは、本気で対応しないといけないかもしれないわ……)

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